第4話 依頼者と会う その1

翌日、柵木祐美子から仕事を依頼する電話がかかって来た。


内容は宇留嶋が話した通り、夫の素行調査をして欲しいというものだった。


社長の日沖はすでに依頼を受けることを決めていたので、上井と冨田は彼女と契約書を取り交わすため、東京都港区白金にある彼女の家を訪れた。


「大きな家ですね」


家の門構えを見て、冨田が口を開いた。


「さすが、ビル管理会社の社長の家だな」


「年収どれくらいあるんですかね?」


「うん千万クラスかな。それに二代目社長だから、蓄えもかなりあると思うぞ」


「羨ましい」


上井はインターフォンを押した。


「はーい」


スピーカーからゆったりとした女性の声が聞こえてきた。


「先日、お電話をいただいたものです」


「はい。少々お持ちください」


しばらくして、玄関のドアが開いた。出てきたのは、柔らかい雰囲気をまとった中年の女性だった。


「どうも、初めまして。柵木祐美子(さくぎ ゆみこ)です。どうぞ、中へお入りください」


「失礼します」


祐美子に促され、上井と冨田は家に上がった。


靴を脱ぎ居間に入ると、そこはシンプルだが高級そうな家具が置かれた20畳以上の空間が広がっていた。


「少々、お待ちください」


祐美子はキッチンの方に向かって行った。


「あっ、お構いなく」


上井はすぐに言葉を返した。上井は祐美子が席を外している間、家の中を観察した。


部屋の中はきちんと片付けられており、収納家具の上に、写真が複数飾られていた。


一番古いと思われる写真を見ると、そこには若い祐美子と夫の誠吾(せいご)のほか、二人の幼い男の子が写っていた。


写真のほとんどは、最近夫婦で撮ったと思われるものばかりで、二人の子供たちの中学、高校の時の写真は飾られていなかった。


祐美子が紅茶とクッキーがのった盆を持って、居間に戻ってきた。


彼女はそれらを机の上に置くと、上井たちと向かい合う形で腰を下ろし、口を開いた。


「改めて、ごあいさついたします。柵木祐美子です」


そう言って、祐美子は頭をゆっくりと下げた。


「初めまして、日沖探偵事務所から参りました上井裕一郎です。こちらは、同僚の冨田です。今回、ご依頼いただきありがとうございます」


上井は名刺を祐美子の前に出した。


「冨田です。よろしくお願いします」


上井に続いて冨田も名刺を祐美子に手渡した。


上井は祐美子が話しやすくなるよう、アイスブレイクトークから始めることにした。


「このソファー、とても座り心地がいいですね」


「ドイツの家具メーカー、ロルフベンツのものです。実はその座り心地のよさが売りなんですよ」


「どうりで。ひょっとしてここに置いてある家具は、すべて同じメーカーのものですか?」


「はい。夫と二人でお店に行き、選びました。シンプルなんですけどおしゃれな所が二人とも気に入って、全部ロルフベンツで揃えたんです」


「はあ。お二人とも趣味が合って、仲もいいんですね。だから、祐美子さんはすぐに誠吾さんの様子がおかしいことに気がついたんですね」


「はい。大丈夫、仕事のことだからと言われたんですけど、ただそれだけのこととは思えなくて」


祐美子は顔を曇らせながら言った。


「誠吾さんは、今まで祐美子さんに仕事の相談をされたことはございますか?」


「ええ。会社で使うイスやカーテンの柄など、そういう小さなことでしたらございます。ですが、会社の命運を決めるような大きなものはございません」


「そうですか。では、家の中で何か問題を抱えたりはしていませんか?」


「家の中、ですか?」


裕美子の表情が強張った。


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