第7話 社長業務

柵木誠吾は会社がある新宿に向かって車を走らせ、途中、どこにも寄らずに駐車場に車を停めた。


そして、そこから歩いて会社に入り、途中、社員たちとあいさつを交わしながら、受付の前を通り社長室に入った。


「失礼します」


程なくして、秘書の石間美樹子(いしま みきこ)が社長室に入って来た。


彼女は今から10年くらい前、柵木が直接スカウトした女性だ。


たまたま入ったレストランで、テキパキと仕事をこなす彼女の姿が目に止まり声をかけた。


以来、彼女は献身的に柵木の側で仕事のサポートをしてくれている。


「おはようございます、社長。今日の予定をお伝えします。午前中は、道本(みちもと)主任と鍛治田(かじた)部長との打ち合わせに加え、会議が2件入っております。お昼はランチミーティングが予定されており、午後からはクライアントとの打ち合わせが3件入っております」


「分かりました。では、さっそく道本主任をここに呼んで来てください」


「はい。失礼いたします」


石間美樹子はすぐに部屋から出て行った。


柵木は待っている間、今日届いた電子メールのチェックを始めた。


2件目のメールを開き、返信のメールを書いていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「失礼します」


入って来たのは、細身でメガネをかけた会計主任の道本青児(みちもと せいじ)だった。


「社長、第三四半期の決算がまとまりましたので、報告に参りました。ご覧ください」


柵木は道本からタブレット端末を受け取った。


「今回の決算ですが、売上高は少し減少しましたが、黒字はきちんと確保しております。売上高の減少は、主にテナント企業が5社倒産したことによるものです。にもかかわらず、純利益があまり減っていないのは、登野城(とのしろ)警備保障との契約を増やしてコストを抑えたことが主な要因です」


「分かりました」


柵木は一通り、決算の内容に目を通した。


そして、タブレット端末を道本に返し、口を開いた。


「道本主任。君は確か中小企業診断士の資格を持っていましたよね?」


「はい」


「直近2年の倒産したテナント企業を調べてもらえますか?」


「倒産した企業を調べるのですか?」


「ええ。何か傾向がないか調べて欲しいんです」


「分かりました。すぐに取り掛かります」


「それと、ここを出たら、すぐに鍛治田部長にここへ来るよう伝えてください」


「分かりました。失礼いたします」


道本は部屋を出て行った。


柵木は最近、テナント企業が複数倒産していることに、何か引っかかるものを感じていた。


会社が倒産することは、よくあることだ。景気や世の中の流行り廃りというものがあるので、仕方がない部分もある。


だが、今までの経験を通して、柵木の心の中には何か引っかかるものがあった。


「失礼します」


社長室に、ちょっと小太りの総務部長、鍛治田益生(かじた ますお)がやって来た。


鍛治田は柵木よりも年上で、柵木の父親の代からずっとこの会社のために尽力してくれていた。


「鍛治田部長。登野城警備保障との契約の件、今どうなっていますか?」


「はい。社長の指示通り、先方とはこのまま延長という形でほぼ話はまとまっております」


「そうですか。では、そのまま進めてください」


「分かりました」


「それと、鍛治田部長」


「はい」


「登野城警備保障のことを、部長はどう見ていますか?」


「そうですね。経費削減を徹底している、柔軟性のある新興企業というのが私の評価です。事務をクラウドで一括管理し、車なども全てレンタルだと聞きました」


「経費を大幅に削減できますね」


「はい。加えて警備員が集まる待機場所なども、頻繁に変えると言っていました。警備会社なので、警備する場所は契約によって変わります。それに合わせて待機場所も移動させるんです」


「本当に徹底しているんですね」


「はい。新興企業らしいフットワークのよさです。そして、それらの要素が安い価格で仕事を受けられる登野城の強みになっています」


「なるほど。大変参考になりました。では、登野城との件、よろしくお願いします」


「はい。では、失礼いたします」


鍛治田は丁寧に頭を下げ、社長室から出て行った。

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