第17話「奢り奢られ、振り振られ」

 

「じゅるじゅるじゅる……」


 まったく、不思議な感覚だ。


 これから春の桜まつりに行くというのに、その前にラーメン屋で麺を啜っているのだからお腹いっぱいにならないのかが心配だ。大体、隣で啜って頬を赤くする御坂なんて身長150㎝代の華奢な女子なのに、そんなに食って大丈夫なのか不安だ。胃袋が四次元ポケットでもないと可笑しい。


「……ん、ふぁに?」


「口に入れながら喋るなよ、飲み込め」


「————ん、ぱっ、どう?」


「はいはい、分かったから食事中に口の中を見せるなよ……」


「んへへっ、だって美味しいんだもん!」


「なんだよ、その理屈」


「くへへっ、葵論あおいろんと言いたまえよ、少年っ」


 自慢げに語る彼女。唇を油で光らせているがそれも案外悪くはなかった。それに、唇の端の方には海苔がびったりと付いていたが、当の本人はそれにも気づかずにかりと笑っていた。


 くそ、可愛い。


「ほんと、なんだそれ? トレンドなのか?」


「うーん、なんかね、ドラマ見てハマったかなぁ」


「ドラマ? 最近、テレビなんて見てたか? 御坂は」


「隼人が出かけてる間によく見てたよ、おもっしろいんだ~~、クラークの大志を抱け警察!」


 なんだよそれ、少し面白そうじゃねえか……。

 

「変なドラマだなっ」


「うわっ! 見てないのにそういうこと言うなぁ!」


 スープを掬った蓮華レンゲをバシりと藤崎の顔目掛けて向ける。おかげで、びちゃっと飛んできて目に入る。刹那の間に目に激痛が走り、藤崎は咄嗟に手で押さえた。


「ッちょ、前——」


「あ——」


「ったぁ……め、目に入ったし……」


「ごめ——だ、大丈夫……っ?」


 目を抑えて俯く藤崎の肩をトントンと叩く御坂。さすがにやり過ぎてしまったものを自覚したのか、顔が梅のようにくしゃりとしぼんでいた。こういう時は笑わないんか――とツッコミを入れたくなるが、正直、目が痛すぎて気にする暇もなかった。


「これ使って——、ごめん、今、水——っ」


「いや、だ、大丈夫だから座ってろ——」


 気のせいか隣に座っている客もこちらに視線を向けている気がして恥ずかしかった。何とか痛い目を擦って誤魔化したが目が赤く腫れあがっていたらしく、結局御坂が飲料用の水で濡らした紙ナプキンを優しく目元に当てた。


「ごめん……」


「大丈夫だって、気にすんな」


「うぅ……」


「はぁ」


「っごめん!」


 藤崎が呆れて溜息をつくと、彼女は怯えて頭を下げる。少し視線を感じて振り向くと、カウンター越しの店主が凄まじい目をして睨みつけていた。


「っ——ちょ、やめろ……別にそういう意味じゃねぇからっ」


「……ぐぅ、ほ、ほんとぉ?」


「ほんとだ、だから涙浮かべながら箸立てるのやめろ、あぶねえ——ていうかもう刺さってる!」


「うわっ、ほんとだぁ——」


「ほんとだぁ、じゃねえ! あぶねえって……!」


「——えへへっ、ごめん」


 目を細めて苦笑する御坂を見て、頷いた藤崎。

 そんな表情を向いて、何を思ったのか、力を溜めに溜めてデコピンを広い額に食らわせる。


「——っあいた!」


「おら、聞いたかよ?」


「な、何するの⁉ 急に——!」


「おかえしだ」


「こんなに強くやってないじゃん! 私もっと、緩めて殴ったよっ?」


「緩めて、殴った?」


「あ」


 一文字漏らすと御坂は一気にスープを飲み干して、バックと上着を持った。


「え、おい」


「じゃ、あ、あとはよろしくっ————‼‼」


「は⁉」


「先行ってる~~‼‼」


 に、逃げやがった……。

 しかも、バレた? みたいな顔してやがるし、あいつまじ——俺に何奢らせようとしやがっ——!


 一瞬、呆然と座りつくしていたが店主の鍋を叩く音に驚いて、目が覚めると藤崎も後を追い駆けるように立ち上がった。


 そして、サッカー部時代の俊足を活かせる時が来たか——と思った矢先。


「おい、君?」


「は、はい……?」


「金、払わないで出ていく気なのかな?」


「え——いや、その……連れがちょっと……」


「出ていく気なのかなぁ?」

 

 やべえ、めちゃめちゃ怖い。この店主のおっさん。


 料理で鍛えられたメロンみたいに大きな剛腕に、重機のような肩。そして、鷹と蛇を足して二乗したかのような目でこちらを睨みつけている。さすがに逃げ場がなく、藤崎は泣く泣くレジへ向かった。


「えーと、味噌ラーメン大盛、替え玉三つ、チャーシューマシ、ネギマシ、温玉二つ、チャーシュー丼、炒飯、餃子十二個、小籠包三つ、塩ラーメン大盛、温玉、ネギ味噌丼とミニラーメン……の14点で3900円でございます」


 たけぇ。

 てか、御坂の奴どんだけ買ってるんだよ……。


「ハイ丁度ぉ、あざしたーっ!」


「ごちそうさまでした……」


 店を出ると、外はすっかり暮れていて、オレンジ色に光り輝く夕日が藤崎を照らす。まったく、それが不思議で馬鹿にされている様で、どこか気まずくて悔しい気持ちに襲われた。


「畜生……懲らしめてやる……」





<あとがき>


 なんとなく、自分の中でも一章は過去との決別を軸にしたかったのでここらへんで終わるかもしれません。まあ、そこからは二章が始まるので皆様が退屈しないようにスリルと甘さが取り柄の小説を書いていこうと思ってます。よろしくお願いします!


 

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