第16話「お花見で奢ろうか?」


「なぁ、御坂?」


「何?」


 翌朝、藤崎は御坂に声を掛ける。

 寝起きでぼさぼさになった銀髪を指でいじるその姿は少し新鮮だが、小学校の時の癖もそんなだった気がする。


 いやしかし、昨夜はラーメンをおごってやるとか何とか、言ってしまったことを覚えているのが生憎悲しいところだ。忘れたことにしてすっとぼけるという選択肢が台無しだ。


「——っぱ、なんでもない」


「いや、なんでっ——言ったからにはちゃんと最後まで言ってよ……」


「なんでもないのはなんでもない」


「うわぁ……そういうのは少し、悲しくなるなぁ~~」


「かなっ——だって、なんでもないんだし……」


「乙女心……分かってないわ?」


「なんでそうなるっ。いいだろ、本人がやっぱりいいっていってるんだからさ」


 押され気味に言い返すと、御坂は目を擦りながら起き上がる。

 すると、彼女は藤崎のお腹を突っつきながらジト目で言った。


「——男に二言はないんじゃないの?」


「なんだよ……ていうか、だれがそんなこと言ったんだ? お偉いさんか? 法律か?」


 くすりと鼻で笑って藤崎は冗談を漏らす。

 そんなふざけた顔に「へーん」と含みのある笑みを浮かべてきた。


「な、なんだよ?」


「罪悪感」


「ざ——え?」


「これからは私に尽くしてくれるんじゃないの? これまで何にもしてくれなかったから——」


「っ……」


「ずーぼしっ」


「ち、ちがうっ」


「図星じゃん、ほら! 顔、はっ! てなってたよ?」


「……なってないからっ」


「——ほら」


 流石にばれていたがそれでも信じたくない藤崎は振り返ってそっぽを向くと、トントンと肩を叩かれた。


「証拠」


 見せつけられたのは御坂のスマホ、そして藤崎の写真だった。


「——いつ撮ったんだよ?」


「今に決まってるじゃん」


「見えなかったぞ、てかあれか。遂にストーカーにでもなったんか?」


「うわぁ……乙女心まるで分ってないね、ほんと!」


 藤崎からは彼女の顔はふざけているようだったが、どこか必死にしているようにも見えていた。しかし、罪悪感を感じてるのも事実。一生寄り添うこの感情に苛まれるのも嫌だ。


 少し間を開けて、溜息を漏らした。


「はぁ……すまん、悪かったよ、言えばいいんだろ、言えばさっ」


「ふむふむ、それでよろしいぞ若人よ!」


「若人は御坂もだろ……」


「細かいことはどうでもいいのっ!」


 まったく、この情緒は理解できん。切り替えが早いのは羨ましいことだ。数週間かかった藤崎から見たらこの能天気さを見習いたいくらいだ。


「————奢り、今度ある桜まつりでもいいかなって」


「さくらまつり?」


「ああ、あるだろ? 割と人が来るって言う祭り……お花見も行きたいって言ってたし……」


「え、そんなこと?」


「悪いか、そんなことで……」


「いや、っていうか——もっとすごいこと言ってくれるって期待してた」


「俺が凄いことを言うように見えるか?」


「見えるじゃん、頭いいし、ヘタレだし、かっこいいし……」


「相反しているような気がするんだけど?」


「事実」


 それに、容赦もない。まぁ、失恋相手に復讐しよう——だなんて言えるような幼馴染だし無理もないか。こういう人は味方にすれば頼もしいが敵にすれば面倒なタイプだろう。


 加えて、この勢いの良さも見習いたいものだ。


「はぁ……そうかよ」


「それだけ?」


「それだけだよ……?」


「ありがとうは? かっこいいって言ったじゃん」


「おい、対価を求めるな……ヘタレでプラマイゼロだろ」


「幼馴染代でしょ?」


「何だその料金!?」


「ってことで、私から提案っ! ——ラーメンと桜まつりの二つ! これでどう?」


「どっからが提案だ……変に増やしてんじゃねえよ」


「えぇ、だめぇ?」


 藤崎がやれやれと手を振ると、御坂はここぞきた! とにっこりと笑み浮かべたのち、上目遣いでこちらを覗く。さらには、その華奢で小さな手のひらを頬にぴったりとつけてきた。


「んっ」


 圧し掛かるように藤崎の体にくっついて、一寸先の距離で彼女は呟いた。


「——だ、めぇ?」


 これ以上はまずい。

 幼馴染だったとしても、半裸を見たことだってあるし、一緒にお風呂に入ったこともあるくらい仲が良かったとしても——一線を越えてしまいそうだ。


「ま、まて——っ」


 抑えきれなくなった手を理性で留め、御坂の肩を掴んで後方へ押した。それに「うえっ」と素っ頓狂な声を上げて、されるがままにゆっくりと後退していく。


「分かった、分かったから! とりあえず、そういうのはよせっ」


「……いいんだ?」


「え」


「いいんだって……じゃあこれで、取引成立だね!」


「は……ちょっ」


 親指の甲を見せつけながら笑う御坂。

 してやられた——と額に手をつけたが、追撃を加えるように懐にあったスマホを取り出し、録音を再生し始める。


『——分かった、分かったから! とりあえず、そういうのはよせっ』


「……?」


「はぁ……そうだな、分かったよ……」


「よっし‼‼」


 借りを作るとこうなるのか。

 覚えておかないと駄目なんだな。


 そして、藤崎と御坂の二人は明日の授業後に一緒に桜祭りに行くこととなった。



<あとがき>

 お久しぶり、歩直です。

 投稿遅れてしまいすみません。もう一つの方とたいあっぷの方が立て込んでいて、中々上げられませんでした。そろそろこちらの方も第一部完結とさせていただこうかなと思っていますね。あまり長続きしていても、辛いだけですから、まずは二人がカップルになるまで、付き合って頂ければ幸いです。


 では、また。

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