第10話「じゃあ耳かきとかしてあげてもいいけど?」


 翌日、何もなかったかのように二人は授業を受けていた。

 何もなかった――と言えば少しだけ語弊がある。


『……っ⁉』

 

『すぅ……すぅ……』


 朝起きると、隣には寝息を立てる御坂がいて、久々にドキリと胸が熱くなった藤崎。結局、その顔に見とれて小一時間はずっと隣で眺めていたらしい。


 まったく、付き合っていないのなら私たちにもよこしてほしいくらいなのだが二人ほど長い時間を過ごしていれば信頼関係が出来て普通にあるようだ。


 いやしかし、昨日の話はどうなったのかというと、疑問に持つ人もいるだろうから先に言っておく。


 藤崎的には——きっぱりと言いに行くと決めたようだった。


 御坂に言われた通り、藤崎も佐藤鏡花こいがたきに一言言ってやらなければ納得しないと自負していた。まあ、研究室に出向くために大学に行くのは来週だし、とりあえずは気ままにこの時間を楽しむことにしよう。


 ——といきたいところだったが、オンライン授業も中々暇である。


『——それで、この二階積分で注意するのは絶対値でここのぉ————』


「……はぁ」


 時間は午後三時半。

 もう数十分で四コマ目の講義が終わるところで、藤崎は眠気と疲れで溜息を漏らす。


「なぁに? お疲れさん……?」


「ん、あ、あぁ……少しなぁ」


「なんか、最初と違ってるわね」


 すると、御坂は苦笑して、PCを眺めている藤崎の後ろに座った。


「そうかな?」


「うん、あ、ほら……肩出して」


 そして、彼の肩を掴んだ御坂は肩もみを始めた。


 彼女が親指でうなじの横をグッと押し込むと藤崎は顔をしかめる。どうやら、かなり肩を凝っているらしい。工学部でさらに電子科なら当然だがPCを常に触らなければいけないこのご時世で凝りが重くなる。


「——っっ、ありがとぉ」


「いえいえ、どうも……こちらこそですよ~~」


「っ……ははっ、こんなことされるとなんか昔を思い出すな」


「昔? 私たち、昔なんかあったっけ?」


 昔の彼女にされた。中学時代の話だが、相手は確かに御坂ではない。

 そして、満面の笑みの御坂。女子の笑顔は時に怖いこともあるらしいがきっとそれが今だろう。


「——んぐ、そ、そこまで根に持ってるのか……?」


「根に持ってる? 何をかな、かな、かなぁ?」


 眼力と親指の圧が凄まじい。


『お前な、渚みたいな女はな、絶対に怒らせていけないからなっ!』


 お袋にこめかみを押され、涙目で訴える親父の顔が過ぎる。

 女を敵にしてはいけない――父親からの受け売りはどうやら正しいらしい。


「っ……すまなかったよ、許してくれ、仕方ないだろ中学生の頃だったんだし」


「中学生……? 私、そんなちっちゃい時なんかあったの?」


「——そ、そうかよ……変に触れて、悪かったよ」


 御坂の形相に、さすがに参ったのかばつが悪そうに俯いた。

 すると、横から乗り出すように顔を出す御坂が耳に息をかける。


「……ふぅ」


「——っぁ、なん、なんだよっ⁉」


 彼は叫ぶが、しかし同時にPCが甲高い機械音をあげた。


「あ」


 どうやら、マイクがオンになっていた。

 気づいたときにはもう遅く、画面を見ると二階積分について語っていた教授もあっけらかんと目を見開いている。


「っぷぷ……」


 横でニヤニヤと笑っている御坂を横目に彼は急いでマイクを消し、すぐさまチャットにて謝罪の文を送る。送った瞬間から現れる既読の数、10,20,30とどんどん増えていき、いつの間にか70ほど付いていった。


 しかし、もしもこれが本当の対面講義だったらと考えると素筋も凍る。

 頭を押さえ、息を吐きだしてから藤崎は右へ振り向いた。


「っふ、ふぅ……くそっ、マジで何してくれてんだよ‼‼」


「い、いやぁ……す、少し面白くて……っっ!」


「み、御坂ぁ……てめぇよくも」


「あはははっ、か、可愛い~~‼‼ だってもう、『ひゃぁ!』だって、聞いた⁇ もう可愛すぎだよぉ~~」


 高笑いを始める彼女。まったくもってウザいし、いたずらが過ぎるがいつものことと言われたらその通りだった。昔からと言って、そのいじり方は変わっていない。何度言っても止めない彼女を見て、藤崎は再び溜息を漏らした。


「……まったく、ほんとに勘弁してくれ」


「えへへへ、でも可愛いよ今のぉ」


「可愛いとか、そういうのじゃなくてなぁ……友達いないんだからこういうのをするのはやめてくれよ」


「友達いるでしょ~~?」


「いないって、まだ」


「え、ひどいなぁ……ここにいると思わない?」


「え、ここって——」


 振り向くと頬を赤らめながらこちらを見つめる御坂葵、その距離は残り数センチ。少しでも動いたら唇が彼女の額に当たりそうな近さだった。しかし、その距離感に動揺した藤崎の視線は泳いでいた。


「……ここ、だよ…………見えない、かな?」


「っえ……」


 戸惑いが襲う。

 ただ、御坂は止まらない。右手を掴んで自らの胸に押し当てる。


「——きこ、える?」


「……んっ⁉」


 ゴクリと生唾を飲み、手を少し後ろにつき直す。


 わずかだが、自らの頬が赤くなるを感じた。


「どう?」


 真剣な眼差し、静かに見つめられた藤崎は苦笑しながら誤魔化した。


「——ど、どうって、まぁトクトク言ってるけど……なんだよ、ど、どうしたんだ?」


「私、要るじゃん? ほんとは、友達以上になりたいんだけど、友達でしょ?」


「——、そ、そうだけ、ど……」


 おろおろと下がっていく藤崎を見つめ続けたが彼女はパッと表情を明るくさせ、クスクスと肩を揺らした。


「っっ……」


「え、なに」


「ぷぷぷっ……と、友達、友達だって……! あはははっ、面白いっ面白いっ‼‼」


「——え」


「いやぁ……冗談だよ、冗談! まったく隼人も隅に置けないなぁ……こんなので動揺してたらあれじゃない? すぐ騙されちゃうんじゃない⁉」


 掴んでいた右手を離して、立ち上がった彼女。

 にししと笑いながら、馬鹿にするように見下ろした。


「……い、いや、なんで急に」


「急じゃないよぉ~~、まぁ試そうと思っただけだけどねぇ」


「っく、そうやっていじってさ……」


「はははっ、面白いなぁ……ありがとね、ほんとに!」


「……そ、そう思ってくれたのならいいけどさ」


「うんっ……」


 ニコッと笑った彼女、しかし、何かを思い出したかのように再び藤崎に近づいてしゃがんだ。


「そうだっ――――疲れてるようだし、耳かきでもしてあげようか?」


「え」


「どうするの?」


「じゃ、じゃぁ……お願いします」


「なんで敬語なのよっ——」


 頬を赤らめた藤崎をジト目で見つめる御坂はくすりと笑った。



<あとがき>


 こんばんは、歩直です。

 結局はこうい、あまーーーーーーーい回が一番ですかね。彼女さんとこういう日々を過ごせたら最高っすね……。


 ちょっと宣伝ですが、Twitterでヒロインの御坂葵ちゃんを描いてみました! じつは高校一年生まではイラストレーター目指していたので多少は絵を描けるんです!笑


URL→https://twitter.com/fanao77fanao77/status/1387656039047176193?s=20


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 本当に夢ですが、「とらドラ!」みたいな作品を書きたいです。

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