うさぎとかめのうさぎのリベンジ

柚城佳歩

うさぎとかめのうさぎのリベンジ

歴史は勝者によって作られる。


かの有名な『うさぎとかめ』の物語。

歩みの鈍さを馬鹿にされたカメが、ウサギにかけっこの勝負を挑んで勝ったというお話。


足の速さに自信のあったウサギは、カメの姿がすっかり見えなくなったところで居眠りをしたために負けてしまった。

しかしカメはその間も着実に進み、ウサギよりも先にゴールした。


……と、広く伝わっているけれど。




「何っだこれ!こんな書き方したら、俺たちが慢心して、実力に胡座をかいてたように思われるじゃんか!」


寓話集を地面に思い切り叩き付けたのは、ウサギの茶太郎ちゃたろう


「そうだねぇ。でも、本は大事に扱わなきゃダメだよ」


それをおっとりと宥めるのは友達の白吉しろきち

彼らが見ていたのは、先日行われたカメとの勝負の様子が書かれた一冊の本だ。


旅をしながら各地を巡り、いろいろなお話を収集して本にしているという人間が訪れた際に、カメが「ウサギとカメのかけっこ勝負を話に纏めてみたらどうだ」と提案してきた。

茶太郎は、そんなの勝負にもならないんじゃないかと思ったのだが、自分たちの事が本に残るのは面白そうだと思い、提案に乗った。

カメは更に「せっかくだから、勝者が物語として旅人にその結果を伝えよう」と言ってきたので、どんな風に纏めようかと考えたりもしたのだが。


結果はウサギの惨敗。ずるい手を使って勝利したカメは、審判も兼ねてゴールで待っていた旅人に、その場で語り聞かせた。

茶太郎がゴールした時にはもう旅人の姿はなく、本が出来上がった時に初めて内容を知る事になる。

噂には尾びれ、物語には脚色が付きものだけれど、これはほとんどが作り話、合っているのはかけっこの勝負をした事とその勝敗くらいだった。


「まず、俺はカメたちをのろまだなんて馬鹿にした事はない。あいつらが本気を出せばそれなりに速いのを知っているからな」

「うんうん、初めて見た時はびっくりしたよね」

「それにだ。確かに勝負を挑んで来たのはカメの方だったが、始める時、『お互いスポーツマンシップに則って、正々堂々とこの身一つで頑張りましょう』なんて言ってたくせに、いざ蓋を開けたらどうだ。甲羅に格納式のターボエンジンなんて搭載しやがって」

「あれはルール違反だよねぇ」

「なーにがスポーツマンシップに則ってだ!なーにが『うさぎは途中で余裕ぶっこいて、アホ面曝して居眠りした』だ!」

「さすがにそこまでは書いてなかったよ……」

「俺は決めた。今回はカメのやつらに好き勝手書かれちまったが、正々堂々勝負したら、本当はどっちが勝つかわからせてやる」


こうして再びウサギとカメの勝負の火蓋が切られる事となった。

茶太郎はその日のうちに白吉とともにカメの長の元へ行った。

再試合を申し込んだところ、二つ返事で了承が返ってきた。ただし


「普通に走ったのでは、カメがウサギに勝てるわけがない。だから儂らは前回と同じく、いやそれ以上の道具を使わせてもらうぞ」


確かに普通に走るだけならば、最初に考えたように勝負にもならないだろう。

この条件を呑まないと、再戦はしてくれそうにない。

茶太郎が頷いたところ、空の方から聞き慣れない声がした。


「キミたち、なんだか面白そうな話してるね」


見上げた先、神々しいオーラを纏う、恐ろしく整った顔の美丈夫がいた。


「ワタシはあの山の桜に宿る神。昔から勝負事が好きでね。先日の勝負も興味深く見させてもらったよ」

「神様……!?」


突如現れた珍客に、双方目と口を開いたまま固まった。


「またかけっこ勝負をするのかい?それならワタシが見届けさせてもらうよ。どうせなら何か褒美があった方がいいね。そうだ、勝った方はワタシの使い、神使にしてあげるというのはどう?」


神使と聞いて、茶太郎も白吉も、そしてカメの長までも勢いよく頷いた。

野良の動物と神使とでは全くもって格が違う。

こんなチャンス、そうそう与えられるものではない。


「じゃあ決まり!当日、それぞれに札を授けるから、その札を先にワタシの元へ持ってきた方の勝ちとする。ゴールはあの山のてっぺんの桜の木。勝負は三日後だ。さぁ、早速準備に取り掛かるといい」


神様がパンッと手を打ち鳴らしたのを合図に、ウサギとカメそれぞれ準備を始めるべく、そして一族にこの事を伝えるべく走り出した。


茶太郎はすぐにウサギ族の長に伝えた。

長は最初喜んでくれたが、すぐに落ち込んだ顔になってしまった。

理由は技術力だ。カメ族は全体にゆっくりとした動きの者が多いが、皆手先が器用なので、動きの遅さを補うべく様々な道具を開発してきた。

時には商人に高額で道具を売ったりもしているので、資金も潤沢にある。


それに比べて体力自慢が多いウサギ族は、何かを開発する技術はなかったが、これまで道具に頼らずとも特に困る事なく暮らしてきた。

だが前回、その差が勝負の大きな分かれ目となってしまった。


「やつらは今度の勝負、前以上に力を入れてくるだろう。既にあれだけの差がついているのだ。今のままではまた負けてしまう。だがたった三日ではどうしようもない」


長の言う通りだ。茶太郎は何と言葉を掛けてよいかわからず、けれどもやる前から勝負を降りる気は更々なく、立ったり座ったりを繰り返していた。


「……あの。こういうのはどうですか」


それまでずっと黙っていた白吉が、小さく手を上げた。


「要は札を神様の元へ先に届けた方が勝ちなんですから、僕たちは皆で力を合わせて勝ちにいきましょう」




勝負の当日、スタート地点には白吉の姿があった。隣には、見るからに速そうなマシンに乗ったカメがいる。


「なんだ、茶太郎じゃないのか。あいつが一番足が速いんだろうに、お前みたいのじゃ前回以上に勝負にならないな」

「さぁ、それはやってみないとわかりませんよ」

「こちらと違って、ウサギ族は誰も応援にすら来ていないじゃないか。最初から勝負を諦めたか」


彼の言う通り、横断幕まで持って賑やかに盛り上がっているカメ族たちとは反対に、ここには白吉以外のウサギ族は来ていなかった。


「双方、準備はいいかい?」


神様が、それぞに札を授ける。

カメとウサギの形をした、可愛らしい木札だ。


「ワタシはスタートの合図をしたら、すぐに桜の元へ戻って待っている。いい勝負を期待しているよ。それではヨーイ、スタート!」


合図と同時にカメ族のマシンはエンジンの唸りを上げて勢いよく走り出す。

白吉も、強く地面を蹴って駆け出した。


「そんなスピードじゃ追い付けっこないさ。神使の座はもらったぞ!」


マシンはあっという間に先まで行ってしまった。

それでも少しでも前に、少しでも距離を詰める思いで白吉は走った。

足が縺れそうになった時、


「白吉!いいぞ、あと少しだ」


前方から仲間の声がした。

足を高く上げて、再加速した白吉は、勢いはそのままに仲間へ持っていた札を渡した。


「続きは任せろ!」

「うん、よろしくっ」


息を整えながら背中を見送る。

これが白吉の考えた作戦だった。

ウサギ族は体力自慢が多く、足も速い。

そしてそれは長距離よりも短距離で顕著にあらわれた。

だから白吉は、全力疾走が可能な距離間に仲間を配置し、リレー形式で札を届ける作戦を立てた。

準備期間の三日はこの移動に費やしたため、スタート地点には誰も来なかったのだ。


前回、山の麓を目指して走ったのとは違い、今度のゴールは山の頂上。

マシンの性能が如何程かは知らないが、こちらの脚力だって劣っているとは思っていない。

何かマシンにトラブルが起こったり、山の急な傾斜でスピードが落ちれば、勝ち目はあると考えたのだ。

果たして白吉の予想は当たり、カメの乗ったマシンはプスプスと音を立てて止まろうとしていた。


「おいおい何だよ、整備不良か?マシンが完成してから誰も点検してなかったからな。ま、でも最初にあれだけ差が付いてるんだ。工具はあるし、ちょちょいと直せば余裕だろ」


カメ族の青年がボンネットを開き修理を始めた時、後方に小さく影が見えた。

その影は瞬く間に大きくなり、一陣の風を起こして通りすぎていった。


「今のって……、ウサギ!?」


カメの青年は修理もそこそこに慌てて影を追い掛けた。

ゴール間近、アンカーとして待機していた茶太郎は、仲間の足音とマシンのエンジン音をその耳に捉えた。差は然程大きくはないが、僅かにこちらが優勢なようだ。

このまま逃げ切れればウサギ族の勝ちとなる。


「頑張れ、早く来い。最後は俺が何としてでも勝ってやる」


今にも走り出したいのを堪え、仲間の到着を待った。


「茶太郎!行け!」


茶太郎は木札を奪うように受け取ると、仲間の声に背中を押されるように、真っ直ぐ頂上目指して駆け出した。

そのすぐ後ろをカメ族のマシンが追う。

ゴールの桜の木は目前。

抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げた末、勝利したのは。


「おめでとーう!ウサギ族の勝ち!」


ほんの僅かの差、茶太郎が先にゴールした。

神様がお祝いにと辺り一帯に桜吹雪を舞わせてくれる。

前の勝負の時よりも必死に走った気がする。

今度の勝負は神使の座が懸かっていただけでなく、一族皆の想いが乗った勝負でもあったからだ。


「やったね茶太郎!皆で勝ったよ!」

「あぁ、リベンジ成功だ!」


少しして、ゴール地点にやって来た白吉と合流した。周りではウサギ族の面々が飛び跳ねて喜び合っている。

お互いを讃え合い、賑やかな声が響く中、カメ族は静かに麓へ戻っていったのだった。




以来、その辺りでは時々、神様の使いとしてウサギが現れると言う。

運良く出会えた時に願ったならば、足が速くなるとかならないとか。



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