第15話 聖女認定の儀
王都の東側にある女神『アフロディテ』を祀る神殿は、王宮と同じく貴重な白代理石を基調とした、どことなくタージ・マハルを彷彿とさせる造りで、夜霧に包まれたその姿は、荘厳とした中にも静謐な雰囲気を醸し出していた。
「こちらです。どうぞお早く」
カリム神官に案内された大神官の寝室には、神官や魔道士など大勢が詰め掛けていた。そんな中、部屋の中央に置かれた豪華なベッドの上には、年の頃は60歳を越えているだろうか、深い皺が刻まれた顔に苦し気な表情浮かべている大神官が横たわっていた。
「もう我々では手の施しようがなく...」
ここまで案内してくれたカリム神官が、悲し気に顔を伏せる。
「セイラ、頼む」
「おもいっきりやっていいか?」
「あぁ、構わない。全力でやってくれ」
「分かった」
セイラは一度目を閉じ、精神を集中させる。そして目を開けると、
『グランドヒール!』
今までで一番大きな光が部屋中に溢れる。リシャールは目を開けていられない。部屋中に居る全ての者が「おぉっ」と感嘆の声を上げる。やがて光が収まると、
「こ、これは!? 私は助かったのか!?」
大神官がベッドの上で半身を起こしていた。
「大神官様!」「奇跡だ! 奇跡が起こった!」「あの光はなんだ!?」「女神様のご加護なのか!?」などなど、部屋中が大騒ぎになっていた。
「セイラ! 凄いよ! 良くやってくれた!」
リシャールが大喜びでセイラに抱き付く。
これまでならここで「触んな! 変態ローリー!」と突き飛ばされるはずが、セイラの様子がおかしい。
「お、おい、セイラ!?」
慌てるリシャールの腕の中でセイラは、
「スピー...zzz」
と、安らかな寝息を立てていた。それを見て安心したリシャールは、
「お疲れ様。おやすみ。良い夢を」
そう言って優しく抱き締めた。
◇◇◇
神殿の祈りの間には、朝早くから神殿の関係者が多数詰め掛けていて『聖女認定の儀』が始まるのを今や遅しと待ち構えている。
部屋の中央に位置する祭壇には、大きな女神像が設えてあり、聖女候補者はその足元に跪いて祈りを捧げる。女神像が祝福を意味する虹色の光に包まれれば、神に祈りが届いたということになり、晴れて聖女として認められる。
神殿勤めのシスターから、着替えが終わったとの連絡を受けたリシャールは、セイラの居る控え室に入った。聖女の聖なるイメージに合わせて作られた純白のロープに身を包んだセイラは、正に聖女と呼ぶに相応しい清らかな姿だった
「良く似合ってるよ。もう既に本物の聖女様みたいだ」
「そうかぁ!? 動き辛いだけだぞ!?」
緊張してると思いきや、緊張感の欠片も感じさせない平常運転のセイラに、リシャールの顔が綻ぶ。と、そこに誰かが入室してきた。
「失礼致します。お邪魔してよろしいでしょうか?」
入ってきたのは上等そうな神官服を着た老人だった。昨夜とは違い、深い皺が刻まれた顔に穏やかな笑みを浮かべている。
「大神官様!」
「リシャール殿下、セイラ様、昨夜は本当にありがとうございました。大神官に任じられております、ゴドウィンと申します。ご挨拶が遅くなりまして申し訳ございません」
「あ。あぁ、セイラだ。よろしく」
さしものセイラもちょっと押され気味だ。
「セイラ様、私めの命をお救い頂いたこと生涯忘れませぬ。老い先短いこの身ながら、あなた様のために身命を賭して尽くしましょうぞ。では参りましょうか」
ゴドウィンはセイラをエスコートして祈りの間に向かった。
◇◇◇
セイラが入室すると祈りの間に集まった観衆の中からホウっという声が上がった。
(なんと神々しい美しさだ...)
セイラはそんな声に気付かず、ややぎこちない動作で女神像の前に跪いた。
(いよいよだ)
リシャールは緊張した面持ちでセイラを見つめる。セイラは一心に神へ祈りを捧げた。
「おぉっ!」
女神像が虹色に輝き出し、観衆から歓声が上がる。だがそれだけでは終わらなかった。虹色の光は徐々に大きくなり、やがて祈りの間全体に広がって行く。
次第に眩しさを増す虹色の光に全身を包まれ、リシャールが安らかな気持ちで目を閉じようとした時、
(これはっ!?)
リシャールは確かに感じた。誰かに優しく抱きしめられたような感触を。それは暖かく慈愛に満ちていて、懐かしいような切ないような何とも言えない気持ちになって。理屈ではなく感覚で理解したその相手とは、
(女神様...)
「お集まりの皆さん」
ゴドウィンの声でハッと我に返ったリシャールは、虹色の光が既に消えていることに気付いた。
「ただ今をもって、セイラ様を新しい聖女と認定致したいと思います。異論のある方はいらっしゃいますかな?」
居る訳がない。ゴドウィンに手を引かれて壇上に上がったセイラを皆は拍手で迎えた。
(良かった。本当に良かった)
リシャールはやっと肩の荷が下りた...はずだった...
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