第2話 義弟に目覚めさせられました
私がおじさまの養女になって、早五年。
十五歳になった私は、今もまだ別邸で暮らしている。
「ルーシー様、今日はうんとかわいくしましょうね」
メイドのリンは、同い年の女の子。茶色の髪に黒い瞳、凹凸のない顔つきは異民族の血筋だからだそうだ。
おじさまが私のために雇ってくれた世話係である。
器用なリンの指先が、私の腰まで伸びた銀の髪をするすると幾つもの束に分け、素早く編み込んで豪華めなハーフアップにする。
「緊張してきたわ……!いよいよ会えるのね……!」
おじさまの一人息子であるジュード様は、私の二つ下の十三歳。一応、義弟にあたるけれど本家のご子息様である彼は別格だ。軽々しく弟だなんて言っていい相手ではないと思っている。
リンはあははと軽く笑い飛ばし、私の緊張を和らげようとしてくれた。
「大丈夫ですって。あの公爵様のご子息ですよ?絶対に愛らしくていい子です」
「そうよね?そうよね?天使かと思うような美貌だって噂だもの、きっと中身もかわいくて優しくて素敵な男の子に違いないわ」
この五年間、手紙でしかやりとりをしていない。
おじさまから私を引き取ったと聞かされたジュード様は、領地とここを行ったり来たりしているおじさまに手紙を託した。
――お姉様ができるなんてうれしいです。どうか、お勉強がんばってください
まさかお手紙をもらえるなんて思っていなくて、しかも歓迎してくれているような雰囲気で、令嬢教育にめげそうになっていた私は飛び上がるほど喜んだ。
あのときはまだ八歳だったけれど、今では私と同じくらいの身長でかっこよくなったとおじさまからは聞いている。
寄宿学校に入っていて、今年からはこの街にある貴族学院に通うらしい。
だからここへ挨拶に来るんだけれど、初めて会う義弟に私はずっと想像を巡らせていた。
午後になり、すっかり準備が終わった私が待ち疲れてうとうとしていた頃、いよいよ義弟が乗った馬車が到着した。
「ルーシー様!ご到着です!!」
「ようやく……!!」
領地からは、船と馬車を乗り継いで十日間の道のり。
子どもにはとても耐えられない道のりだから、これまで私たちが会うことは一度もなかった。
おばさまには半年に一度お会いして、そのたびに数えきれないほどのドレスや装飾品をいただいた。「お買い物は楽しいのよ」と教わったけれど、今のところとても疲れるイベントだということだけがわかっている。
義弟の到着を知った私は、いそいそと小走りで階段を下りて行った。ドキドキしながら、初対面のときを待つ。
大きな扉が開くと、まずはおじさまがいつもの笑顔で入ってきた。
「ルーシー。ただいま。いい子にしていたかい?」
幼子に話しかけるようなおじさまは、出会って以来変わっていない。
「おかえりなさい、おじさま。いい子にしておりました」
この五年間、猛特訓した淑女の礼は格段にうまくなった。
屈んでも頭の位置がふらふらしないように、随分と特訓したもの。
「ジュード、この子がルーシーだ。かわいいだろう?」
視線を横に移すと、栗色の髪を一つに結んだ端整な顔立ちの男の子がいた。
身長は私と同じくらいで、きりっとした眉に碧色の瞳、クールでかっこいい美少年が。
「はじめまして、ルーシーでございます。お目にかかれて光栄ですわ」
「…………」
一世一代の晴れ舞台のように、私は笑顔で挨拶をした。
けれどなぜだろう、何一つ返事がない。
「「…………」」
沈黙が重い!
どうしたの!?
なんで何も言ってくれないの!?
おじさまも使用人たちも、何が起こっているのかときょとんとした顔つきで私たちを見つめている。
まさか、まさか……!
こんな姉で幻滅した!?
茶会では「かわいい」「きれい」「羨ましい」なんてお世辞をたくさんもらうけれど、あれはすべて公爵家に気遣ってのことで、実はみんな嫌々褒めていたの?!
知りたくなかった真実に胸を痛めつつも、私はジュード様の顔色を窺うように小首を傾げる。
「なっ、なっ……!」
「どうなさいました?」
真っ赤になってプルプル震えだした美少年は、儚げでとてもかわいく見えた。
今にも抱きついて撫でまわしたくなる衝動を必死で堪え、口元に笑みを浮かべる私に向かって彼は言った。
「こんな女が姉だなんて、絶対に認めない!!」
「!?」
あまりの言葉に、私は絶句して蒼褪める。おじさまもぎょっと目を見開いて、衝撃的なものを見るような顔になっていた。
けれど、私が傷ついた顔になった瞬間にジュード様は言った。
「い、いやその……。まだ、認めないというわけで、この先どうかは……」
目を逸らし、ぶつぶつ呟くようにそう言ったのだ。
「ジュード様……」
この瞬間、私は何かとてつもない光を浴びたような感覚になる。
神々しい光がジュード様から放たれたような気がしたのだ。
どうしよう。
これってアレでしょう!?
リンが言っていた「ツンデレ」という性質でしょう!?
困ったわ。
私、どうやらツンデレという性質が好きだったみたい……!
かわいすぎてお腹が痛くなってきた。
今すぐ部屋に走って、ベッドにうつ伏せになって「かわいいいいいいい!!」って叫びたい!!
あぁ、でもそんなことしたらおかしな義姉だと思われてしまう。
必死に笑顔を作って耐えた。
「ふふっ、ではジュード様に認めてもらうためにがんばりますね」
「!」
義弟との初体面で、自分の思わぬ内面に気づかされてしまうのだった。
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