【短編ver.】公爵家の養女になったらツンデレ義弟がかわいすぎて魂ごと持っていかれそうです

柊 一葉

第1話 名門公爵家の養女になりました

「ルーシー、ちょっとおいで」

「なんですか?先生」


両親がなくなって、港町にある孤児院にやってきて早三年。

十歳の私は、この孤児院ではまだ新参者だ。多くの子どもが、赤ちゃんや幼児のうちにここへ来るから、年下であっても皆の方が先輩である。


ボロボロの雑巾で床を拭いていたとき、孤児院を管理するシスターのレイメリア先生が私を呼びに来た。

わざわざ呼びに来るなんて、芋の皮むきの人手が足りないのかな。なんて思ってついていくと、そこは調理場ではなく玄関前の歓談室だった。


「君がルーシーか」


身なりのいい紳士が立っていて、隙間風の酷い孤児院では明らかに浮いている。

もしかして自分の子どもを探しているのかも。

そういう人はたまにいる。


私じゃないんですが、と不安げに先生を見上げると、あまりにうれしそうな笑顔だったので驚いた。


「ルーシー。この方はね、ウェストウィック公爵様とおっしゃって、あなたのお母様のお従兄に当たる方だそうよ」


「母さんの?でも母さんは、食堂のウェイトレスで普通の、どこにでもいる人でした」


よくわからないけれど、この人は貴族のすごく偉い人なんだろう。

淡い金色の髪に緑色の目、いい匂いのするとてもかっこいいおじさまが私の親戚であるわけがないと思った。


疑いの目を向ける、というよりそんなわけがないとハナから期待していない私に向かって、おじさまはそっと片膝をついて目線が合うようにしてくれた。


「はじめまして。私はオズワルド・ウェストウィックといって、君の母上の従兄なんだ。ずっと母上を探していてね、先週やっと君がここにいることを突き止めたんだよ」


「でも、私は」


うれしそうな瞳。

優しそうな人だ。

こんな人をがっかりさせたくなくて、すぐに「人違いです」と言いかけるもあっさりシスターに売られてしまった。


「積もる話は、これからゆっくりなさってください。すぐにルーシーを連れて行かれますか?」


「えっ」


今日!?今から!?

ぎょっと目を瞠る私を放置し、二人は私をおじさまが連れ帰ることで合意してしまった。


会話の内容から察するに、私を世話した礼としておじさまは孤児院に巨額の資金を寄付してくれるらしい。シスターは何が何でも私をこの人に差し出したい、その気持ちがありありと伝わってきた。


まぁ、ボロだもんね。ここ……。

皆のために修繕したいよね……。


私に選択権はなく、一時間後には豪華な馬車に乗せられて三年間過ごした孤児院を後にしていた。




◇◇◇




おじさまに連れられてやってきたのは、港町から遠く離れた貴族のお邸がいっぱいある場所だった。


「さぁ、今日からここが君の家だよ」


「うわぁ……!なんて大きいの……?」


真白い壁にいくつも窓のある豪華な邸は、三階建てで庭も広すぎてどこまでがこの邸の敷地なのかわからないくらい。唖然とする私の手を引き、おじさまはたくさんの使用人に出迎えられて笑顔で中へと入って行った。


途中から、このボロボロのワンピースを着ている私が場違いすぎて、恥ずかしくて俯いて歩いてしまう。

こんなところに本当に私が住むの?


階段を上っている間、だんだんと不安になってきた。


偽物だってバレたら、孤児院より酷いところに売られたり、道に捨てられたりするのかな。

蒼褪めている私を見て、おじさまは心配そうにときおり振り返っていた。


――カチャ……。


温かい部屋。

使用人がすぐに私を浴室へ連れて行き、問答無用でごしごし全身を洗われ、くすんだ銀色の髪に不思議な液体を塗られて丁寧にとかされた。


おかげで絡まっていた髪はツヤツヤになり、用意されていたワンピースドレスを着るとまるで本物のお嬢様みたいになった。

温かいお湯につかったから、頬も指先も血色がよくなって光っているみたいにすら思える。


「これが私?」


鏡の目で、茫然としてしまう。

見惚れていると、おばあさんくらいのメイドさんが涙ぐみながら言った。


「本当にアンジェラ様にそっくりで……!この銀色の髪も、濃茶色の瞳も、小さくて形のいい唇も何もかもお嬢様の幼い頃にそっくりでございます」


なぜ泣いているのかわからず戸惑っていると、彼女は母の乳母をしていたのだと教えてくれた。

ずっとずっと母に会いたかったのだと、助けてあげられなくて申し訳なかったと泣き崩れ、私はどうしていいかわからなかったけれどそっと抱き締めてみることに。


「あぁ、お優しいところもよく似ていらっしゃる……!」


「どうも……」


私の中で、母は礼儀作法に厳しい人というイメージしかない。

優しかったと言われればそうかもしれないが、とにかく厳しかった。そこに愛情があったとはわかっているけれど、思い出すのは色々と口うるさく注意する姿である。


もちろん、今となってはどんなに叱られたとしてもまた会いたいと思うのだけれど……。



きれいに身支度を整えられた私は、おじさまの待つ部屋へと移動する。

待っていたおじさまは、入ってきた私を見てまず驚き、そして喜びがこみ上げるかのように頷いて私を自分の隣に座らせた。


少し緊張して硬くなっていると、おじさまは安心させるように微笑んでみせる。


「ルーシーといったね?君は一人っ子かな?」


「はい。多分」


父は私が生まれてすぐに亡くなったそうで、記憶にはまったくない。

母は女手一つで育ててくれたが、私が七歳のときに病で亡くなった。まだ二十五歳だった。


「君のお母さんのアンジェラはね、公爵家の分家にあたる伯爵家の長女だったんだ。使用人を好きになり、彼と駆け落ちして君を産んだ」


「駆け落ち?」


聞いたことがある。

家族に反対された恋人同士が一緒に逃げるアレね?


自分の両親がそうだったなんて、まるで物語みたいだと他人ごとのように思った。


「君のおじいさんおばあさんは、娘の行方をずっと探していた。もちろん、孫である君のこともね。私は従兄として捜索を手伝っていたんだが、迎えに来るのがこんなに遅くなってしまって本当にすまない」


「いえ、えっと……。おじさまが謝ることでは……。あの、おじさまとお呼びしてもいいのでしょうか?」


公爵様と呼ぶのは、なんだかおかしな気がした。

おじさまは笑顔で頷き、それで構わないと言った。


「アンジェラのことは残念だが、これから先、君には貴族令嬢として暮らしてもらいたい。これまで何もしてやれなかったせめてもの償いをさせて欲しいんだ」


「償い、ですか?でもおじさまが悪いわけじゃないですよね」


そう言うと、おじさまは少し淋しげに笑った。


「アンジェラは私の従妹であり、親戚では一番仲がよかったんだ。本当の妹みたいに思っていた。使用人の男……つまり君のお父さんと彼女が恋に落ちたことも知っていたんだ。誰にも言っていなかったけれど、私にだけは話してくれてね」


懐かしそうに話すおじさまの姿に、私は目が釘付けになる。


「それなのに、私に迷惑がかかるからと何も告げずにいなくなったんだ。協力してもいい、とすら思っていたのに」


「おじさま……」


「だからね、君を育てて守りたいというのは私の自己満足に過ぎない。もちろん、君が今も家族と幸せに暮らしているならば、無理に連れてこようとは思わなかった。だがあまりに孤児院が、ね」


なるほど。あのボロボロで困窮を極めた孤児院を見て、ここよりはと思ったのか。

ここよりは、どころかこんなお邸で暮らせるなんて天国だとしか思えない。


ぼぉっと話に聞き入っていた私に、おじさまは選択肢をくれた。


「ルーシーには、祖父母である前伯爵夫妻のもとへ行くか、私と暮らすかを選んでほしい。ただし、祖父母は君のことをあまりよくは思っていない。娘の子だから引き取る気はあるが、娘を騙して逃げた男の子どもだと考えているようで、一緒に暮らしてうまくやっていけるかは不安が残る」


そのあたりの事情はわかる。

親というものは、子どもに幸せになって欲しいと思うものだとシスター先生が言っていた。いくらお母さんがお父さんを好きで出て行ったとしても、親としては許せないんだろうな。


「おじさまは、私を引き取ってくれるんですか?それでいいんですか?」


おじさまにも家族がいるはず。

じっと目を見て尋ねると、おじさまは「心配ない」と笑った。


「妻と息子は領地にいるんだよ。妻はアンジェラの友人だったから、君が一人だと知るとぜひ引き取りたいと泣いて頼んできたくらいだ。息子は君より二つ下でね、まだよくわからないだろうから君のことはおいおい話すつもりだ。それに、ルーシーには私の娘になって令嬢教育を受けてもらうことになるから、数年はこの別邸で暮らしてもらおうと思っている。二人は領地にいるから、毎日一緒に暮らすわけじゃない」


「そうですか……」


断る理由がなかった。

孤児院に戻ったら、寄付金がなくなるとシスターに泣かれそうだし、祖父母とうまくやっていける自信もないし、おじさまは優しそうだから私のことを酷い扱いにはしないだろうと予感もした。


ただ一つ気になったのは、してもらってばかりで何も返せそうにないということだった。


「ルーシー?やっぱり孤児院のみんなが恋しいかい?」


黙っていると、おじさまが不安げに問いかけてきた。まるで私を引き取りたいみたいに思え、ちょっと胸がキュンとなる。


人から大事に思われるというのは、母さんがいなくなってからは二度とないんだと思っていたから。


「私、おじさまと一緒にいたいです。何にもできないけれど、いつかきっとおじさまの役に立てるように、恩返しできるようにがんばるから、だから……」


そこまで言うと、おじさまは感極まったように顔を歪め、優しく抱き締めてくれた。


「ありがとう。君は今日から私の娘だ」


「はい」


こうして私は、おじさまの娘として名門公爵家に引き取られることになった。


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