青春のゴールを決めきる男
さばりん
青春という名のゴールを決めきる男
『皆さんご機嫌いかがでしょう。ジョン・キブリです。本日のマッチは、イングランドリーグディビジョン1、第二十九節。タインサイド対ウィアサイド。伝統のダービーマッチをお送りしてまいります。解説はご存じ南澤さんです』
『よろしくお願いします』
某サッカーゲームから聞こえてくる解説の音を聞きながら、
ゲーム内で圭輔自身がチームの監督となり、選手を他チームから獲得する。
獲得した選手たちを使用して、自らコントローラーでサッカーの試合にも勝利していき、頂点を目指していくというゲームモードだ。
このサッカーゲームがルーティーンになっているというのは、圭輔自身が明日実際にサッカーの試合があるため。
いつもこうして、サッカーゲームでいいイメージを持ってからリアルの試合にも臨むというのが、圭輔にとってのモチベーションの上げ方になっていた。
『ゴール! 先制、タインサイド!』
『決めたー! 追加てーん!!』
『決めた! 三点目!!!!』
次々とゴールを決めていく圭輔。
実際の試合でのシュミレーションも兼ねているので、モチベーションも上がって行く。
『試合終了。スコア3-0。タインサイド、見事勝ち点三を手に入れました。リーグ首位をキープ』
ゲームの試合では圭輔は3-0の圧勝。
ちなみに、CPUは『レジェンド』モードという一番強いモードで戦っている。
「ふぅ……」
勝利したという安堵と試合同然の緊張感が抜けたため、ため息が漏れ出る。
ゲームを終了して、コントローラーとゲーム機を丁寧に仕舞う。
そのまま部屋のベッドに倒れ込もうとしたところで、正面の窓に人影を見つける。
向かいの家にある部屋の窓から、こちらへひらひらと手を振る華奢な身体つきをした一人の女の子。
圭輔は、ドアのかぎを開けてガラガラと窓の扉を開く。
それを見て、向かい側の女の子も同じように窓を開けた。
「よっすー!」
軽い調子で手を上げて挨拶を交わしてくる女の子の名前は
小さい頃からのお隣りさんで、同い年の幼馴染。
「おう……」
それに対して、圭輔は素っ気ない声で返事を返す。
「どうしたの、緊張してるん?」
「いやっ……別に」
「そっか。流石エースストライカーは違うねぇ!」
「やめろ。プレッシャーをかけるな!」
「なんだ。やっぱり緊張してるんじゃん」
「そりゃまあ、負けたら終わりだからな……」
明日の試合は、高校生活最後の大会。地区予選決勝。
もしこの大会で負ければ、圭輔のサッカー人生にピリオドを打つことになる。
勝つことが出来たなら、まだサッカーを続けることが出来る大事な一戦。
「大丈夫。絶対勝てるって。なんせ明日は、私が応援に行くんだから」
そう言って、高らかに腰に手を当てながら胸を張る
亜弥もこの前までバスケ部として部活動をしていたが、先月の地区予選で敗退して、現役を引退した。
引退してから、『女の子らしくなりたい』という理由で、彼女のショートだった黒髪も、今は肩のあたりまで伸びてきている。
「亜弥が俺の試合を応援しに来てくれるなんて、初めてかもな」
「そうだね。私もずっと部活で忙しかったから、なかなか試合見に行く機会なんてなかったし」
「それもそうか」
今まではお互いに部活動に全力で取り組んでいたので、土日も練習三昧で、他の部活の応援など行ったことがない。
だから、明日は亜弥が応援に来てくれるだけでも新鮮味があって、どこか圭輔もそわそわしていた。
「なぁ、これ覚えてるか?」
話題を変えるように誤魔化して、圭輔は左足を上げて足首を指差す。
そこには、水色とオレンジで編まれたミサンガが結ばれていた。
「もちろん。忘れるわけないでしょ」
すると亜弥も片足を上げて、足首のあたりを指差した。
目を細めてみれば、亜弥の足首にも、同じお揃いのミサンガが結ばれている。
このミサンガは、二人が高校入学時に亜弥から編んでくれたもの。
『高校生活、二人共幸せなものにしよう』
という想いを込めて。
それから三年。
今思えば、あっという間の三年間。
様々な青春を過ごし、様々な喜怒哀楽を経験してここまで過ごしてきた。
だからこそ、その集大成に圭輔はとある計画を立てていた。
「なぁ……亜弥」
「ん、なに?」
「もし明日の試合、俺のゴールで勝てたらさ……」
「うん」
独り言のように呟いていた言葉を、圭輔は途中でぐっと呑み込む。
「いやっ……やっぱりいい」
「なにそれー! もったいぶらないでよ。気になるヤツじゃん」
圭輔の煮え切らない様子を見て、ぷくりと唇を尖らせる亜弥。
けれど、圭輔が言いかけていた言葉は、自身に保険をかけるようなもの。
今言うべきことではない。
「明日、俺のゴールで勝つから、絶対に期待しておけよ」
だから圭輔はその代わりに、自信たっぷりにそう宣言してやった。
「うん、期待してる」
返ってきた亜弥の優しい声音は、圭輔の脳裏に突き刺さり、明日へのモチベーションへと変換された。
◇◇◇◇
迎えた試合当日。
キャプテンマークを巻いた圭輔は、先頭でピッチへと入場していく。
メインスタンドの観客席のある方へ視線を向けると、右側の応援席の一角に、亜弥の姿を見つけた。
お互いに視線が数秒間交わった後、コクリと頷いて手を上げてみせる。
亜弥もそれに応えるように、ぐっと握った手を前に突き出して圭輔を鼓舞してくれた。
こうして始まった地区大会決勝戦。
試合は、一進一退。
お互いに決定的チャンスが訪れぬまま、中盤で激しい攻防が続く。
試合はあっという間に進み、後半残り時間5分。
両チーム疲れが見える中で、圭輔は相手の背後に隠れて視界から外れると、一気にゴール前へとダッシュ。
味方から放たれたパスは、オフサイドギリギリで飛び出した圭輔の元へドンピシャに繋がる。
迎えたゴールキーパーとの一対一の決定機。
圭輔は、得意の右足でコースを見定めた。
しかし、そこでふと頭の中に昨日の光景が蘇る。
それは、向かいの部屋から亜弥が見せてきた、左足に巻いたミサンガ。
一瞬、視線を下に向ける圭輔。
亜弥と同じ水色とオレンジのミサンガは、今もしっかりと足首に巻かれている。
もう一度顔を上げた圭輔は、瞬時に身体を捻り、無理矢理左足でボールをすくい上げるようにゴールへ向かって蹴り込む。
ゴールキーパーの頭上を通り抜けたボールは綺麗な放物線を描き、無人のゴールネットへと吸い込まれた。
結果、このゴールが決勝点。
圭輔は、地区予選決勝で優勝という結果を飾り、見事全国への切符を手に入れた。
◇◇◇◇
表彰式が終わり、試合会場のスタジアムから出ると、そこには見覚えのある顔があった。
圭輔がにっこりと微笑むと、亜弥は瞳を潤ませながらこちらへと駆け寄ってくる。
「圭輔……おめでとう」
「ありがとう亜弥。お前が応援しに来てくれたおかげで、俺の現役生活はもう少し続きそうだ」
「何言ってるの。私のおかげじゃなくて、圭輔が今までの努力してきた成果だよ」
そう言ってくる亜弥に対して、圭輔は首を横に振る。
「シュートを打つ瞬間、頭の中に思い浮かんだんだ。亜弥が昨日見せてくれたミサンガを……。それで俺は、利き足じゃない左足でシュートを打つ選択をした。だから、あのゴールは亜弥のおかげ」
「……試合中に何考えてんのよ馬鹿。それで外してたら、どう責任取ってたのよ」
「さぁな。分かんねぇよそんなの」
苦笑しつつも、圭輔は一歩前に歩みを進めて、亜弥の肩をそっと掴んだ。
いきなり肩を掴まれ驚いたように目を見張る亜弥。
「そのぉ……今まで言えなかったんだけどさ……」
胸の鼓動が高鳴る。
そう、圭輔の決定機は今なのだ。先ほどの得点のゴールではない。
「もしよかったらなんだけど。俺とその……付き合ってくれませんか?」
圭輔は、亜弥に向かって、恋のシュートを打ち放ったのだ。
今まで秘めていた気持ちがぶわっと溢れ出る。
シュートを受け止める側となった亜弥の反応はというと――
「えっ……えっ!?」
驚きと羞恥からか、頬を真っ赤に染めてあたふたとしていて落ち着きがない。
けれど、この決定機を逃すまいと、圭輔は手に力を込めて、さらに強く亜弥の肩を掴んだ。
「ずっと亜弥のこと幼馴染としてじゃなくて、女の子として好きだった。だから、俺と付き合ってくれないか?」
今度はさらに、意志の強い口調で圭輔は言い切る。
その言葉に、亜弥は――
今にも茹で上がりそうなほどに顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。
「……そ、その……私、全然女の子らしくないよ?」
「そんなことない。少なくとも俺にとっては、亜弥は素敵な女の子だよ」
「もう……いまそう言うこと言わないで。めっちゃ恥ずいから」
そう言いながら、顔を背ける亜弥。
しばしの沈黙。
二人の間を感じ取ったように、雲に隠れていた夕日が顔を出す。
そして、ようやく亜弥がゆっくりと顔を圭輔の方に向けると……
「わっ、私で良ければ、どうか末永くよろしくお願いします」
と、それはもう愛おしいほど華奢な可愛らしい反応で、亜弥はOKを出してくれた。
「末永くって……どういう意味だよ」
「そ、そりゃだって! 圭輔とは昔からの仲だし、すぐには終わらんだろうから……」
そんな可愛らしいことを言ってくる彼女が愛くるしい。
圭輔はたまらず、彼女の背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「ちょっと圭輔! 人めっちゃいるし恥ずかしいよ」
「いいじゃん別に。気にするなって」
「私が気になるんだっての!」
こうして圭輔は、無事に恋のゴールを決めきった。
ずっと心の中で蟠っていた気持ちが、すっきりと報われた瞬間である。
夕日に照らされる中、二人の足元に結んであるミサンガがしゅるりと地面に落ちた。
青春のゴールを決めきる男 さばりん @c_sabarin
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