六弦、鳴らして錆びしい音

 誰に聴かせるでもない下手っぴな歌声は、風に乗って窓の外へと逃げ出した。

 安物買いのギターは、もう暫く弦を交換していない。押弦していた左手の指からは鉄の匂いがする。あの時楽器屋で見た十数万円のギター、かっこよかったな。結局続かないだろうと思って安いのを買っちゃったけども。

 誰もいない部屋で掻き鳴らす途切れ途切れな演奏は、何かを生み出す訳ではない。別に音楽を生業にしようとしている訳でもないし、いつか誰かに聴かせるために牙を研いでいる訳でもない。ただ、普通に歌うより楽しいから、わざわざ自分で伴奏を付けている。それだけ。

 でもまあ正直なところ、誰かの前で歌うことに憧れはある。いつかのあの蒸し暑いドームの中で、さらに昔の僕を音楽に引き込んだあの歌を唄っていたバンドマン。優しげに、楽しそうに、でも力強く心を掴むあの声に、あの日の僕は高揚を隠せなかった。それよりずっと前から、人生の片隅にはずっと音楽があった。あの日愛したあの歌が、今も雨に打たれたあの日を思い出すトリガーとして作用している。そんなふうになりたい気持ちは、ぼんやりとではあるが確かにここにある。残念ながら具体的な努力はしていないので、このままささやかな憧憬のままで終わるのだろうが。

 目を閉じる。イメージ。数千の瞳が自らの一挙一動に注がれる。鼓膜が爆ぜる程の歓声に包まれて、僕ははち切れんばかりの笑みを浮かべている。……所詮空想であるが、それぐらいは自由にさせてもらいたい。

 酸化した金属の溜まった弦を、再び鳴らす。

 六弦から寂しい響き。

 開かれた世界で、その音色は誰にも聞こえぬままに雑音へと溶ける。叶わない夢は夢とは言わない、らしい。

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