四回裏、二死満塁

 初球、大きく振りかぶって投げた。

 四回裏、ツーアウト満塁のピンチ。ここが今日の正念場。

 引っ掛けずに真ん中に真っ直ぐ投げた球がミットに収まる。球審が高らかにストライクを宣告する。

 返球を受けながら息を整える。シーズンの終盤戦、ゲーム差は1。万年Cクラスのこのチームも、今季は二位という好成績でここまで来ていた。絶対に負けられない。

 その緊張が伝わったのか、次の球はストライクゾーンを大きく逸れた。相手取るのは五番の高村。強烈なクリーンナップの最後で、一発があるため下手な球は投げられない。三塁をちらと見る。相手の二番は俊足だ。警戒しなければ流れごと持っていかれてしまう。

 三球目。投げたカーブがややコースを逸らしたらしい。アンパイアは微動だにしなかった。ワンストライクツーボール。次は何処に投げる。高村が得意とするのはアウトコースの直球。ならば、“インコースに変化球を”。頼れる正捕手のグラブも其方を指す。

 四球目はホームを掠めて飛んで行った。これでスリーボール。深呼吸をする。先程の投球に明らかな力みが見られた。重圧。高校の頃、砂塵舞うマウンドの上で感じたあの感覚。あの時は力及ばず負けてしまったが、その二の舞にはさせまい。

 五球目はストレート。あえてアウトコースで直球勝負。バットが掠めてファウルとなった。少しの安堵を溜息とともに吐き出した。力みは抜こうとするほど抜けないもので、意識とは裏腹に肩に力が入っている。……と、ここでタイムが宣告された。ふうと息を吐く。なんとしてもここは抑えなければならない。マスクを外したキャッチャーが近付いて来る。どんな指示を与えられたのだろう。

 と、その笹森に背中をどんと押された。三年の間バッテリーを組んできて、こんなふうにされたのは初めてだ。きょとんと立ち尽くしていると、次に彼は耳打ちをした。

 たった一言言い残して、彼はマスクを被り直した。そしてミットを構え、此方をじっと見つめる。位置は真ん中、直球勝負のサイン。肩の力は程良く抜けている。大きく頷き、ボールを握り込む。左足を振り上げ、正面を見据える。

「らしくねえ球投げてんじゃねえっすよ」

 ボールがミットへと真っ直ぐ飛ぶ。その後すぐ、ドーム中に歓声が響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る