第1章:第4話 裏切りのデジャブ
「で?私はいつまでここにいればいいの?」
アリステアの気配りによって少し表情が柔らかくなったファラが訊ねた。
「実はそれは僕達にもよく分からないんですよ。その霊魂の方の人生を精査してから、あなたは生まれ変わる権利=転生権が与えられましたって処分が下る訳で、それは人に拠ってまちまちなんです」
「転生権…ねぇ」
「はっきり言うとねファラさん、あなたはソウルサルベージされた事で、つまり死後も現世に留まり続けた事で天空にやって来る事が大幅に遅れたの。だからいつまで天空にいればいいか、私達にも見当がつかないのよ」
「……」
「言い難い事だと思うんですが、僕達に話してみて貰えませんか?下界に留まり続けた理由を」
ファラは残った紅茶を飲み切って机の上で頬杖を付きながら、さも下らなさそうに語り出した。
「…つまんない話だけど、聞いてくれる?」
「もちろんです」
「いくらでも付き合うわ」
「私、死ぬ前に…婚約してた人がいたの。彼、すごく優しい人だったわ。私の癌の経過が末期で余命数ヶ月って宣告されてもいつも励ましてくれたの。それと、ずっと看てくれてすごく親身になってくれた看護士の人…彼女の存在もあったから、私、一生懸命に病気に抗ったわ」
ティーポットからカップに2杯目の紅茶を注ぐファラの手が少し震えているのをアリステアもエリザベスも見落とさなかった。
「でも、ある日見ちゃったの。あの2人が私に隠れて抱き合ってるのを」
「…それは」
「キツいわね…」
「それからはもう意地ね。2人は私に早く死んで欲しいと思ってるけど、裏切ってる癖に私に優しくして良い人振ってるあの2人を絶対幸せになんかさせないっていう、意地。…でも結局、私は病気に勝てなかった」
「ファラさん…」
「死んで魂だけの存在になって、私の為に泣いている2人を見るのがとても不愉快だったわ。そして悔しかった、これで晴れて2人が結ばれる事が。せめて怨みの念とかが通じればいいと思って、良い人振ってる人でなし共の顔を目に焼き付ける為に絶対に忘れない為に、現世に留まり続けたのよ」
「その強烈な想いがあったから、ソウルサルベージの対象になっちゃったのね…。でもファラさん、こうしてあなたは私達にちゃんと話してくれてる。自分の人生に区切りを付けようとしてるのはとても良い事よ。こんな言い方は失礼かもしれないけど、【ホント、偉いわね】」
エリザベスの最後の言葉に、ファラはやや不機嫌な顔をしながら溜息を付いた。
「エリザベスさん、だっけ?最初にアンタが気に食わない理由が分かったわ。似てるのよ、その看護士の女に」
「え?私が?」
「へ~…その女の人、エゼっぽいんだ。もしかして、理屈っぽかったりしました?」
「相当ね。あーもう止め止めこんな話。もっと違う話にしましょうよ。この天空?の事とかもっと…キャッ」
ファラはうっかり手を滑らせ紅茶を腰に零してしまった。
「あ、ご、ごめんなさい」
「いいのよ、大丈夫?熱かったでしょ。アリス、お手拭きをもっと貰って来て」
「うん」
駆け寄ったエリザベスが自分の濡れた服を拭いてくれてる光景…ファラはそれに強い既視感を覚えた。
まざまざと蘇る現世での記憶。
「…【紅茶と一緒に林檎を食べてた。あの人が…あの女が切ってくれた林檎を】」
「?あー結構濡れちゃったわねー」
「…【あの時もこんな風に私は紅茶を零してあの女に拭いて貰ってた…】」
「ファラさん?【大丈夫?もう…しっかりしなさいよね(笑)】」
「…同じ台詞…!?…【なんで…なんでそんな風に優しく出来るの?】」
「なんでって…当然でしょ?」
ファラの目線がおかしい。エリザベスを見ているようで何か別の者を見ているような虚ろな目線だった。
「さっきまで…私のあの人と抱き合ってた癖に…!」
「え?ファラさん?」
「…ナイフ…【林檎を切ってたナイフ】…」
不意にファラは、エリザベスの左腰に差してある神具の短剣に目が止まった。
そして気が付けばその短剣を抜き、彼女の胸に突き刺していた。
「え?」
ドスッという音は一瞬で、聞き漏らしてしまう位小さなものだった。左胸に変な違和感がある。エリザベスは自分の身に何が起こっているのか分からないまま、自分の傷口を眺めていた。
痛みがじわりじわりと込み上げる。血がぽたぽたと零れる。たまらず彼女は膝を付き倒れた。
「う…!」
「エゼ…どうしたの?…エゼっ!!!」
手拭きを持って来たアリステアがエリザベスに駆け寄る。傷は深そうに見えた。
「…?おい、あいつら…。おい、お前何してるっ!!!!」
ラルフィエルの怒号が部屋中に響き渡り、喧騒が静まる。
刃先が血に染まった神具を持ち呆然とするファラと、その足元に倒れるエリザベス、そして傍で彼女を見るアリステア、という異常な光景。
他の実習生の悲鳴が木霊した。
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