第1章:第5話 消え逝く魂
「この女が悪いのよ…私のあの人を奪うから…」
「何言ってんだこの野郎っ!!」
「キャスカさん!キャスカさん、しっかりして!!」
「エゼ、エゼッ!!!」
倒れたエリザベスの左胸をフローラとアリステアが抑えているが、血は止まらなかった。そして傷口から煙のような物が立ち込めてきた。
「これって…!?」
「まずい!『強制昇天』よ!」
「どけっ!!」
ラルフィエルがエリザベスの傷口に向かって手をかざすと光が漏れだした。そして煙が一瞬収まった…かに見えたが、直ぐに再び噴き出した。
「くそっ!おいエリザベス!しっかりしろっ!!エリザベスっ!!!」
「う…わ、わたし…ど、どうなるの…?」
「エゼ、しっかりしてっ!目を閉じちゃ…閉じちゃダメだよっ!」
「あ、アリス…」
エリザベスは身震いしたままアリステアの顔に手を当てた。その背後にいる自分に凶刃を突き立てたファラに目をやり、そして懇願した。
「あ、アリス…助けて…」
「うん、助けるよ!だから、しっかりしてエゼっ!」
「ち、違うわ…あ、あの人を…ファラさんを、助けてあげて…」
「エリザベス、お前…!」
「ラルちゃんっ!キャスカさんが…!!」
エリザベスの傷口から発する煙は、エリザベスその者の形になり、彼女の身体から分離しようとしている。
「『遊離化』する…!ちくしょうっ!!」
「アリス…」
「エゼ…!ダメだよ、まだこれからなのに!アカデミー卒業して僕と一緒に働くんじゃなかったの!?諦めないでよっ!」
「アリス…あなたなら…大丈夫だよ…きっと」
「なにが大丈夫なんだよ!?エゼ、エゼっ!僕を置いて行かないで…行かないで!!行かな――――」
アリステアは引き留めようと必死にエリザベスを抱き締めていたが、急にがくんと彼女の身体から力が抜けた。
魂が、昇天したのだ。
「…そんな…エゼ…」
エリザベスの亡骸を抱き締めたままのアリステアは瞳孔を開かせ、ぶつぶつと彼女の名前を呟いている。
そしてじわりと涙が零れ、泣き叫んだ。
「…てめー…今自分が何をしたか分かってんのか!?」
「私は…悪くない、悪くないのよ…」
「悪いに決まってるでしょ、いいから神具を渡しなさい」
アリステアの悲痛な泣き声が木霊する中、怒りの余りドスの利いた低い声のラルフィエルとフローラがファラを糾弾するが、彼女は頭を振るだけで虚ろな目のまま神具を離そうとしない。
「…駄目だなこいつは…。フローレス、他の奴等を避難させてくれ」
「分かったわ。皆、こっちへ!その人から離れて!!」
フローラの誘導で他の実習生やリフジーズがファラから距離を取りつつ会議室の入り口に避難した。皆、今起こっている事態に戦慄を覚えつつ、アリステアに抱かれたエリザベスの亡骸を一瞥して、ある者は同じ実習生の胸元で泣きじゃくり、ある者はショックの余り呆然と立ち尽くし、ある者はそれを慰めた。
「ラルちゃん、応援呼ぶわよ?」
「あぁ、頼む」
ラルフィエルはファラの様子を窺いながら、素早くジャケットの内ポケットから煙草を取り出し火を付け深く吸った。
すると煙草は煙を伴って光り輝き、ナイフの形になった。
「あんまり神具なんざ使いたくねーんだけどな…」
ナイフを握り直すラルフィエルがファラとの距離を詰めていく。
そしてその後ろではフローラが会議室の内線電話で連絡を取っていた。
「司令部、こちらレナ棟第6会議室。『AAA(Angel's Accident Ascension=天使の事故昇天)』1名。第3警戒レベル。直ちに人を寄越して下さい」
「【司令部、了解。『コード・ティエルス』発令。速やかに非ゴーストワーカーを退避、当該エリアを封鎖されたし。セキュリティ到着まで現状維持に務めるように】」
「了解。皆、早くここから出てちょうだい!」
凶行の起こった現場から足早に立ち去っていく実習生とリフジーズ達。
そしてフローラは未だエリザベスを抱き締めて嗚咽するアリステアにも退避を促した。
「ガイルークさん、あなたも早く」
「…まだこんなに…こ、こんなに温かいんです…エゼ…エゼ…」
親友をこんな形で喪った彼女の悲痛さは分かるが、この場に居させる訳にもいかない。
「ここは危険だから、ね?」
「エゼ…僕に言ったんです…管理課でフローレスさんの下で働きたいって…。ま、まだ何もしてないのに、まだこれからなのに…」
「私の下で…?…キャスカさん…」
「ぼ、僕…怒られる事も…お、多かったけど、エゼに助けられてばっかりで…。でも僕は…エゼを助けて…あげられなかった…」
もう物を言わないエリザベスの顔を擦り、頬を寄せ苦悶するアリステア。
貰い泣きしたフローラは覆い被さる様に彼女の肩を抱き締めた。
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