第1章:第2話 ラルフィエルとフローラ

 「俺は言ったろ!リスクが大きすぎるからあのガキ共にやらせるのは止めとけって!!お前もそれで納得してたのに。なんでそれが一転してやらせる事になってんだよ、おかしいじゃねーか!」

 「ラルちゃん、あなたに言わなかったのは謝るわ。でも、上層部の方々のこれも実習生にとって良い経験になるんじゃないかという意見と、実習カリキュラム自体の見直しの為という意見に押し切られてしまったの」

 

 レナ棟3階第6会議室の前で待っていたアスク・ラルフィエルダとフローラの間の話は、入室しようとしていた実習生達の耳にもはっきりと聞こえる位の言い争いになっていた。


 「カリキュラムを刷新する為にまだひよっ子のあいつらを危険な目に遭わせろと?あのトロそうで鈍そうな間抜け面共が相手にするのは通常の霊魂じゃない、『ゴーストリフジーズ』なんだぞ?それが分かって言ってんのか?」

 「本当にごめんなさい。でも誓うわ、あなたの心配するような事は絶対起こさないって。だからお願い、納得してちょうだい?」

 

 懸命に説得しようとするフローラの姿を目の当たりにしてアリステアとエリザベスは彼女への同情を抱かずにはいられなかった。どうも相手はかなり口が悪く偏屈で頑固なようだ。


 「…なんか雰囲気悪いね?にしても、トロそうで鈍そうな間抜け面って…これ僕達の事、だよね?」

 「…フローレスさんが可哀想…」

 

 エリザベスにとってほぼ一方的に下手に出て相手を宥めているフローラの姿は見たくなかった。自分にとって大切な憧れの存在を、フローラよりも長い少々伸び過ぎの黒髪と煙草を銜えたままで無精髭の見るからに下品で粗野で言動まで荒っぽい汚らしい者が困らせている…。

 彼女の嫌悪感に拠る衝動は抑えられず、2人の間に割って入ってしまった。


 「どなたか知りませんけど、フローレス教官をそれ以上困らせるのは止めて貰えませんか」

 「あ?なんだお前。ガキはすっこんでろ」

 「ガキじゃありません、実習生のエリザベス・キャスカです。それよりも教官にキツく当たるのは止めてください」

 「ちょ、ちょっと、え~とキャスカさん?いいから私に任せて」

 「ヘッ、面白えじゃねーかフローレス、言わせてみろよ。で?なんだってエリザベスのお嬢ちゃん?」


 ラルフィエルが一際大きく煙草を吸い口内に溜めた煙をエリザベスに向かって一気に吐きかけて挑発する。


 「ゲホッゲホッ、な、何するんですか!?」

 「いいから言ってみろよ、フローレスにキツく当たるなって?」

 「そ、そうです。横で聞いてる限りでもちょっと頑固過ぎじゃないですか?教官が、あなたの心配するような事は絶対起こさないって仰ってるじゃないですか」

 「だから、はい分かりましたご自由にどうぞって納得しろと?…はぁ~…お前らみたいなのが本当に今期の実習生の中でも優秀だとはね…。採点、盛ってんじゃねーのか」

 「な…し、失礼じゃないですか!」

 

 ラルフィエルは煙草をもう一度くゆらせた後、廊下に備え付けられた吸殻入れに指で弾き入れた。そして、エリザベス以外にも聞こえる様に一際大きな声で話し出した。


 「いいかガキ共。お前らがこれから相手をしようとしているゴーストリフジーズは通常の霊魂じゃない。ソウルサルベージの対象になった特別な霊魂だ。つまり、死後何らかの理由で現世に計り知れない未練が残り下界に留まり続けた存在なんだ。ゴーストワーカーが転送装置である『アースビジョン』を使って下界に赴き一つ一つ回収せざるを得なかった事情を考えれば、どれだけ曰く付の霊魂かが分かるだろう?お勉強好きなお前らの中には興味本位で個人的に霊魂に接触したのもいるかもしれんが、それとは比べ物にならんという事なんだ。俺が疑問に思っているのはな、訳も分からず天空に連れて来られて自分が死んだ事すら認めたくない霊魂に対して【あなたはこれから人生の裁きを待つ事になります】っていう事を、果たしてお前らがちゃんと納得させられるのか?ってとこなんだ」

 「ラルちゃん…」


 熱っぽく語るラルフィエルから心の底から実習生達を心配している彼の心情を汲み取ったフローラはしばらく押し黙った。

 エリザベスや他の実習生達は【私達なら大丈夫です】と根拠もないまま元気よく反発の声をあげているが、その中でアリステアだけはラルフィエルの言葉を反芻していた。

 

 「そうだよね…現世に未練が残っている人に、ゴーストワーカーだから僕達を信用してください、だなんて言えないよね…」

 

 その神妙な姿がエリザベスやラルフィエルの目に留まった。


 「アリス?この変な人の肩を持つの?」

 「お~少しは話の分かる奴もいるじゃねーか。お前、名前は?」

 「あ、アリステア・ガイルーク、です」

 「アリステアお嬢ちゃん、お前もおかしいと思うだろ?」

 

 アリステアは少し俯き、意を決してラルフィエルに述べた。


 「僕、ずっと考えていたんです。霊魂1人1人が自分の人生に対する意識を僕達の前で素直に語ってくれるのかどうかって。それに語ってくれても僕達には何もしてあげられないし、無力な僕等が霊魂の傷をほじくってしまうかもしれない、そんな事をして何の意味があるのかって」

 「お前…」

 「でも僕は、こう思うんです。【ゴーストワーカーは霊魂に寄り添う存在】だと。それは接するのが例えソウルサルベージされたゴーストリフジーズであっても同じ。僕達が忘れてはいけない事だと思うんです」

 「ガイルークさん…」

 「【どのような人生を歩んできたとしても、天の裁きを待つまでの間は安息の時間が約束されている】…僕達はその安息の時間を守る立場なのを自覚し続けないといけないと思います…」


 アリステアの控えめな主張の締め方に、皆無言になった。

 その空気をかき消すようにラルフィエルがわざとらしく大きく溜息をつき、口を開いた。


 「…フローレス。俺もこの実地訓練に立ち会うわ。それでいいだろ?」

 「ラルちゃん…!?いいの?」

 「なんちゅーか、リスクだけしか見ずに檻の中でお勉強させるだけってのも、良くないのかもな」

 「ふふ、ありがとう。じゃあ皆~、中に入ってちょうだい!」


 ぞろぞろと会議室に入室していく実習生達。そんな中、不意にアリステアの肩をエリザベスが掴んだ。


 「アリス…ありがとね」

 「?いや、僕は何も…。普段から思ってた事を言っただけだし」

 「それがいいのよ。ホント、かなわないなアリスには…」

 「?…あ、そういえばさっきのあのラルさん?って人、エゼは知ってる?フローレス教官と同じ『レベル・ルージュ』の方なのかな?」

 「…いや、多分あの人は…」

 

 アリステアは自分の質問でエリザベスが足を止めた事を不審に思い、彼女の顔を覗き込んだ。


 「アスク・ラルフィエルダさん。…管理課の『レベル・ノワール』の方よ」

 「『レベル・ノワール』…!確か、上層部の大天使の次に位置する偉い立場よね?なんでそんな人が現場にいるんだろう…?」

 「アリス、あの人には近付かない方がいいと思うよ」

 「え?なんで?」

 「…あの人には噂があるの」

 「噂?」

 「そう…【ゴーストワーカーを大量に強制昇天させた】って噂がね…」

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