ゴーストワーカー ~ボヤきの国のアリス~
黒埼千夜
第1章:第1話 アリスとエゼ
「卒業間近なのに霊魂に対する実地訓練なんて、やっぱりやる意味あるのかなぁ~。はぁ~あ…」
アリステア・ガイルークのボヤきは今日も変わらなかった。
ここは天空の中心部、巨大なエルトゥワース宮殿西のレナ棟の1階ロビー。集められたゴーストワーカーの実習生達は黙って従っていたが、その内の一人アリステアのボヤきはいつも以上に止まらなかった。
「私は無意味だとは思わないけど。この実習を終えてアカデミーを卒業してどこに配属されるにせよ、ゴーストワーカーは霊魂を見守る立場だと思うし」
同期の友人、エリザベス・キャスカが諭してきた。優等生のエリザベスが正論を言うとボヤく事も出来ず、アドバイスを求めているのではなくただ共感されたかっただけのアリステアにとって、しっかりした彼女は少々息苦しい時もある。なので、たまには向きになりたくもなる。
「でもエゼ~霊魂はそれぞれに事情を抱えてるものだし、霊魂の個別カウンセリングだなんてこれからの僕達の役に立つとは思えないよ」
「そうかな?経験は大事だと思うよ。教室での学科だけじゃ学べない事もあるかもしれないじゃない。だから実地訓練の参加希望を出したんでしょ?」
「うん…確かにそうは思ったから希望したんだけど…」
「あ、そうか。怖いんだ?霊魂に直に触れ合うのが」
「…正直に言うとそう。だってさ、自分の人生に対する意識なんて僕達の前で素直に語ってくれるかどうか分からないし…語ってくれても僕達には何もしてあげられない。無力な僕等が霊魂の傷をほじくってしまうかもしれないのは、なんだかさ…」
「アリス…」
思い悩むアリステアに同情するエリザベス。日頃からボヤきは多いがアリステアなりにゴーストワーカーという立場に真剣に向き合おうとしている部分が垣間見えるのが彼女の良い所だ。そして向き合おうとするが故に苦悩する姿は、アカデミー内に於いて学科での成績が優秀だとか教官に対する受け答えの利発さで以って期待されている自分には欠けている資質だと、エリザベスは痛感した。
「羨ましいな…」
「え、なに?何か言った?」
「アハハ…なんでもなーい。あ、教官が来られたみたい。…え、あの人って…嘘…!」
「皆、揃ってるわね。今日の実地訓練を担当するフローラ・フローレスです。よろしくね」
ウェーブのかかった赤いロングヘアが特徴的なその教官の登場に、エリザベスが感激の余り口元を両手で覆っている。普段から落ち着き払った態度や頼り甲斐のある立ち振る舞いが多いエリザベスが珍しく興奮した姿に、視線の先の人物が誰なのかアリステアは直ぐに察した。
「あ~例の推しの教官様って訳だね…。そりゃテンションも高くなっちゃうか」
「高くなる、なんてもんじゃないよ!あーまさかフローレスさんが担当教官になってくれるなんて…ホント、訓練参加して良かった…!」
「そんなにスゴイ人なの?」
「ゴーストワーカーの中でも選りすぐりのエキスパート『レベル・ルージュ』の方なの!私、昔あの人の『転生権概要論』の講義を受けたんだけど、ゴーストワーカーとしての在り様とか色々考えさせられるスゴイ密度の濃い内容で為になったんだぁ…!しかもフローレスさんは上層部の信任も厚くて、聞いた話だと特殊な任務にも従事してるんだとか。はぁ、カッコいいなぁ…!」
「す、スゴイ早口(笑)あの人って、確か管理課の人だっけ?だから配属希望、管理課にしたの?」
「良くぞ聞いてくれました!その通りなの!私、実習終えたらあの人の下で働きたいんだ…ホントのホントに。アリスは?まだ希望を出してないよね?」
「あ~…僕は、うん、まだなんか決めきれなくて」
「なら、管理課にしましょうよ。フローレスさんの下でアリスと一緒に働けたり出来たらそれこそケーキに苺が載ってるようなものだし、最高じゃない。ね?」
「僕を苺扱いしないでよ~。でもちゃんと決めないといけないよね―――」
「こら、そこの2人、お喋りも程々になさいね」
ニッコリと微笑みながら叱るフローラに委縮してしまうアリステア。一方のエリザベスは…叱られただけでも夢見心地で、顔にハートマークが描いてある様だった。
「事前に配布した資料に目を通しているとは思うけど、もう一度説明するわね。これから皆には2人一組で3日前に『ソウルサルベージ(=回収)』された霊魂の個別カウンセリングをして貰います。下界での死後、自動的に天空にやってきた通常の霊魂と違って、ソウルサルベージ対象の所謂『ゴーストリフジーズ(=霊魂難民)』への対応は本来、経験のあるゴーストワーカーが務めるべきだけど、実習の締め括りとして特別に用意して貰ったわ。皆、集中して頂戴ね」
「はいっ」
「エゼ、声大きすぎだよ…」
「後、各自が携行している『神具』の取り扱いは充分に注意する事。例え実習生用でも神具には『強制昇天』の能力はしっかりと備わっています。この点を留意してね。じゃあ、行きましょう」
「神具…まぁ使う事は、ないよね…」
アリステアは自分の左腰に差してある短剣をさすりながら呟いた。一抹の不安を抱えながら…。
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