賽の河原
かなたろー
地獄にいる男の話
ここは地獄のような場所だ。いや、地獄だ。まぎれもなく地獄だ。
地獄なのだ、だから賽の河原で石を積む。
私はもう結構な歳だ。妻もいるし子供もいる。
でも、まだまだ赤ん坊だった。地獄に来ると赤ん坊になる。
私は地獄にいる。だから賽の河原で石を積む。
♪
♪
そう、声を張り上げるのだ。声をふりしぼるのだ。
手を振り上げて、声をふりしぼり、看守の鬼のご機嫌をうかがうのだ。
ご機嫌をうかがい、石を積んでいくのだ。
看守の鬼は、思いの外チョロい。ちょっとおだてればすぐに油断する。
だからホイホイと石を積み上げることができる。
そして、石を十枚積み上げると、私はこの地獄から抜け出せる事ができる。
そう、石を十枚積み上げると、私は、この地獄から開放されるのだ。
ただ、大抵は七、八枚積み上げたところで、石をくずされる。
悪事がバレて、石をちゃぶ台返しのごとく、くずされる。
私ひとりなら、石を十枚積み上げるの事など、造作もない。
だが、私の周囲には、鬼がいた。看守に付き従った鬼が五人もいた。
青鬼は下世話で下品な話ばかりする。そしてよく犯罪を犯す。
赤鬼は小物の小心者で、貧乏人だ。そしてまったく仕事をしない。
黄鬼はいつもボケーっとしている。自分が何をすればいいのか、しょっちゅう忘れる。
厄介なのは紫鬼だった。
私の向かって右にいる、紫鬼だった。
紫鬼は本当に意地が悪い。常にイジワルに私のことを向かって右で見張っている。
私は、新入りの赤ん坊だから、そこらへんの事情はあまり知らないのだが、どうやら看守になり損ねたらしい。
看守になれなかったものだから、ひねくれた性格が、さらにねじ曲がってしまい。もう取り返しのつかない、ひねねじ曲がった性格になってしまったらしい。
わたしはこの、ひねねじ曲がった紫鬼にそそのかされて、ついつい悪事を働いてしまう。そして、それが看守にバレて、積み上げた石を崩されてしまうのだ。
そして、そんな紫鬼よりも、もっとやっかいなのが、だいだい色の鬼だった。
紫鬼の向かって右にいるだいだい色の鬼は、愉快な鬼だ。
子供にとても人気がある。とにかく人気がある愉快な鬼だ。奇声を発したりモノマネをしたりするのが、人気なのだ。
だが実は、このだいだい色の鬼が一番怖い。
なぜなら、だいだい色の鬼はとてもふざけた鬼だからだ。
だいだい色の鬼のおふざけに、私はいつも巻き添えをくらう。巻き添えをくらって、せっかく積み上げた石を、まるでちゃぶ台返しのごとく台無しにされる。
普段なら、一、二枚、石を崩されるだけで
地獄なのだ。とにかくここは地獄なのだ。
だが、そんな地獄から、どうやら抜け出せそうだ。今回は、どうにかこうにか抜け出せそうだ。
青鬼と、赤鬼と、黄鬼と、ひねねじ曲がった紫鬼と、おふざけがすぎる、だいだい色の鬼を出し抜いて、十枚の石を積み上げることが出来る。
私は、千載一遇のチャンスを逃さない!
私は、勢いよく手をあげた!!
看守は、言った。
「はい!
わたしは、このご時世にぴったりマッチした、渾身の大喜利を放った。
観客席は、静かだった。
でも大丈夫だ。放映時は、歓声が足されているはずだ。
このご時世は、観客を殆ど入れることができない、だから、あとから編集で、歓声が付け足されているハズだ。笑い声が付け足されているはずだ。
「いいね!
座布団一枚あげよう!!」
メガネをかけた白い看守が、ほがらかに叫んだ。
真っ赤な下働きの鬼は、座布団のような石を運んでくる。
「おっ! これって……」
紫の鬼がつぶやいた。つづけざまに看守の鬼が、石の数を数える!
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十!
おお、
・
・
・
私は機嫌がよかった。とても機嫌よく、収録を終えて家路いついた。
家路についたら、妻がやさしく出迎えてくれた。
そして、今日の収録で、座布団を十枚集めて、ゴールテープを切ったことを誇らしげに語った。
誇らしげに語っていると、我が子が無邪気に近寄ってきた。
そして、無邪気にこう言った。
「お父さん、dボタンで座布団渡すやつ、今日もお父さんは0枚だったよ!
紫の人は一万枚、だいだい色の人は一万五千枚になってたよ!」
日曜の夕方は、地獄のような場所だ。いや、地獄だ。まぎれもなく地獄だ。
私にほんのちょとたまった座布団を、どこぞのだれかが、dボタンで、たちどころに減らしてしまうのだ。
まるで賽の河原の石の如く、たちどころに崩されてしまうのだ。
その様子を、みんな楽しんでいるのだ。お茶の間で楽しんでいるのだ。我が子までもが楽しんでいるのだ。
私は笑顔で、そっと我が子の頭をなでた。
賽の河原 かなたろー @kanataro_
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