【KAC20219】仮想世界の見知らぬ君が、現実の僕へ手を伸ばす(お題:ソロ〇〇)
俺はVRMMO〈
ベータテストからプレイしている俺と、正式サービスからプレイを始めた彼女は、知り合って一年が経った今もレベル差に悩まされていた。一緒に遊べない事はないが、対等な立場でコンテンツを楽しむ為には、もう少しレベルを上げて貰いたいところだ。
仮想世界の「暮らし」を楽しんでいるミナミさんを、今日はピクニック感覚でフィールドに誘ってみた。
少し前までの俺は、所有しているレア武器を欲しがる
こんなのどかな時間も、悪くない。
しばらく草原でウサギ型のモンスターを狩り、彼女の
フィールド上に点在する
ポーションを飲みながら他愛もない話をしていると、そういえば、とミナミさんが手を打った。
「明日から、イベントが始まりますね!」
「ああ、宿屋の悪霊退治?」
彼女が話題に出したのは、明日から二週間行われるソロ専用イベントだ。
イベントクエストを受けると「宿屋の客室に出没する悪霊を退治する」という設定のミニゲームがプレイできて、イベント報酬は得点ランキングの最終順位によって変わる。期間内なら何度も再挑戦できるし、キャラクターの職もレベルも問わない為、誰でも高額報酬が狙える仕様になっている。
「いいイベントだよね、あれならミナミさんも、ランキング上位を狙えるよ」
「そうでしょうか!」
軽い気持ちで言った台詞に、ミナミさんはキラキラと目を輝かせた。こういう時にやたらと謙遜せず、素直に喜ぶ彼女の事を、俺は本当にかわいいと思う。
「ミナミさんは動きがいいし、普段ソロで戦えないのは職業のせいだから、今回のイベントは十分いけるんじゃない?」
「じゃあ……スザクさん、私と勝負をしませんか? ランキング順位で負けた方は、勝った方の命令をひとつ聞くなんて、どうでしょう!」
思いもよらない事を言われて、俺は即座に反応できなかった。
確かにこのイベントだったら、俺たちの条件は同等だけど……あのミナミさんが、この俺に勝負を挑むだって?
「俺に勝つつもり?」
「やるからにはもちろんです! ソロプレイのイベントだと、こんな勝負でもしないと、一緒に遊んだ気にならないですしね!」
なるほど、目的はわかった。
面白い、やってやろうじゃないか。恋人だろうと容赦はしない。どのみち俺はランキングの上位を狙っていくのだから、手加減などしている場合ではない!
「手加減はしないからね」
「望むところです!」
ミナミさんは楽しげに笑っている。ゲーム内でパートナー契約を交わしていて、
「どんな命令でも、ちゃんと聞かなきゃダメですよ?」
曇りのない笑顔で、彼女は言った。完全に後者だった。
一年前はVR操作すらマトモにできなかった彼女が、ネトゲ中毒の俺を相手に、すっかり勝つ気満々だった。
◆
俺も彼女もイベント期間中は宿屋に篭り、延々とミニゲームを繰り返した。ハイスコアだけがランキングに反映されるので、プレイ回数は多ければ多いほどいい。
イベントクエスト専用のスキルを使い、客室に出没する悪霊をひたすら叩いていく。
ソロイベントは苦手だ。MMOなのに他人との接触が無いという時点で気分が乗らない。操作感もリズムゲームに近いし、正直言って好きじゃない。元彼女のハルと遊んでいたゲームを思い出してしまう。もう忘れてしまいたいのに、こんな些細な事でもハルは出て来るのだ。
嫌気が差しながらも、止められなかった。現在のランキングが怖い。上位ランカーはベータテスト時代からガチでプレイしてる連中ばかりなのに、俺と対して変わらない順位にミナミさんがいる。
彼女の何が恐ろしいって、
このまま負けたら、俺はいったい何を命令されてしまうんだ?
必死に悪霊退治を続けたけれど、ミナミさんの順位はどんどん上がっていく。最終ランキングの順位は俺が十五位で、ミナミさんはなんと六位だった。
◆
共有する邸宅で、二週間ぶりに顔を合わせたミナミさんは、全身で喜びをあらわにしていた。
鎧を脱ぎ、カジュアルパーカーを着てソファーへ腰掛けている俺のところへ、イベント報酬のクロネコパーカーを羽織った彼女が駆け寄ってくる。
「本当に勝てちゃいましたーっ!」
ソファーが軋み、やわらかな身体が俺の上に乗る。大はしゃぎで抱き付いてきた彼女を突き放すわけにもいかず、複雑な気持ちで受け止めた。
ミナミさんに負けたのか、俺。
いや、むしろ彼女に勝ったプレイヤーが、このサーバーに五人しか存在しない事の方が衝撃だ。
「ああいうの、得意なんだね」
「ふふっ、リズムゲームみたいで楽しくって! つい張り切っちゃいました、昔はよく遊んでて……」
そこまで言って、彼女はしおれるように黙り込んだ。
俺と同じように、忘れたい思い出だったのかもしれない。
「で、俺はミナミさんの命令を聞くんだよね?」
場の空気を変える為、俺は自ら地雷原へと踏み込んだ。いったい何を言われるのやら、全く予測できないが、そこまでの無茶は言い出さないと信じたい。
ミナミさんは笑顔になって、そうですよっ、と手を打った。
「約束ですからね、ちゃんと聞いて下さいね!」
「わかってる、お手柔らかに頼むよ」
「どうでしょうね、ふふっ」
俺の不安をよそに、ミナミさんが耳元へ唇を寄せてきた。こういう時は甘えているのだ。これはもしかすると、とんでもないお願いをされるかもしれない。
「……ぎゅって、してください」
予想に反して、たったそれだけだった。
あまりにもささやかすぎる願いに、つい拍子抜けしてしまう。たったそれだけの為に、二週間も宿屋へ篭ってたのか? たかがハグくらい、言ってくれればいつだってしてあげたのに――そう言いかけて、俺は随分と長い間、自分からミナミさんへ触れていない事に気付いた。最後に彼女を抱きしめたのは二ヶ月前、パートナー契約を交わした日だ。
この世界でパートナー契約を交わすと、アバターを性的ハラスメントから保護するプログラムがお互い無効になる。つまり俺とミナミさんは、キス以上のスキンシップをする事が可能だ。
それまではハグが限界だった。キスをしたいと思っても、身体を繋げたいと思っても、そういう意図を持って接触する事すらできなかった。だから俺たちは事あるごとに抱きしめ合って、言葉を尽くして想いを伝え合っていた。
しかし、何でもできるようになったからこそ、俺は彼女へ触れなくなった。
俺はハルを忘れられない。それを打ち明けた時、彼女は「私も同じ」だと言った。つまり俺たちは、互いに誰かの代わりでしかない。なのに深い関係を持つなんて、すべきではないと考えた。ミナミさんを好きだという感情も、俺の中には確かに存在するのに、そんな形で彼女を利用したくなかった。
安易に触れてしまえば止まらなくなりそうで、俺から触れる事はなくなっていた。触れられる事を拒みはしなかったけど……寂しい思いを、させていたのか。
「約束……ですよ?」
腕を伸ばそうとしない俺へ、ミナミさんが念を押してくる。
俺に触れられたい、ただそれだけで、サーバー六位というハイスコアを叩き出したのか……拒否などできるわけもなく、言われるままに抱きしめた。
「ごめん、寂しかったんだね」
「寂しかった、です」
「もうひとつ、君の言うことを聞くよ。それで許してくれる?」
ミナミさんは驚いたように身体を震わせ、どうして、と呟いた。
抱えた寂しさを吹き飛ばせるなら、どんな事でもしてあげたかった。今の俺にできる事なら、それがどんなにワガママな願いであろうと、絶対に叶えてあげたいと思った。
彼女が辛い思いをするのは、嫌なんだ。
別々の場所で暮らしているひとりぼっち同士が、仮想世界で
しばしの沈黙のあと、俺から身体を離したミナミさんは、頬を赤らめて俺を見つめた。
「じゃあ……いつか、
そう言った彼女の目は潤んでいて、今にも泣き出しそうに見えた。
俺は即答できなかった。互いの
それでも、君が望むのなら。
仮想世界の見知らぬふたり、ひとりぼっち同士の飯事……そんな関係は、いつか必ず終わらせよう。
「いいよ、きっと会おう。俺の中にいる人の事を、君が上書きしてくれるのならね」
その返事を聞いた彼女は、俺の袖で涙を拭いた後、もちろんです、と言って笑った。
(了)
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