【KAC20217】仮想世界の見知らぬ君に、僕の本気を贈らせて(お題:21回目)

 今日もダメだったあぁ、と嘆きの声が聞こえる。

 最新VRMMO〈FantasticDays!ファンタスティックデイズ〉で、攻略系ギルド〈Mistletoeミスルトゥ〉のマスターをしている俺は、今日もギルドメンバーとボス討伐に勤しんでいた。

 目の前には、たった今討伐したばかりのフィールドボス〈白百合の女王〉の亡骸が横たわっている。討伐成功と同時に女王が撒き散らドロップした報酬アイテムの中には、レアアイテムと呼べるものはひとつも混ざっていなかった。


 これで二十回目だよ、とのえるが呆れた。

 五パーセント割ったか、とルードが屈み込んだ。

 マジでここまで出ないのかよ、と内藤くんが天を仰いだ。

 武器が出ないのはわかるんだけどね、と星さんが溜息をついた。

 ワンモアワンモアまた次回、とタマゴが跳ねた。


 想定の範囲内ではあった。フィールドボス〈白百合の女王〉のレベルは四十八で、俺たちのキャラクターレベルは五十五から六十の間。討伐対象よりレベルの高いプレイヤーがいればいるほど、レアアイテムのドロップ確率が低くなっていく仕様だ。

 それでも俺たちは、他に入手方法のない〈白百合の髪飾り〉という装飾品アクセサリーを、どうしても手に入れたかった。プレイヤーPキラーKが活発に活動をしているこのゲームでは、フィールドボスの討伐はあまり盛んではないので、ボスのドロップアイテムがマーケットに流れる事は滅多にない。俺たちには「だからこそ挑んでいる」という面もある。


「スザク、これ次回はどうする?」


 サブマスターのルードに問われた俺は、また土曜に頼む、と頭を下げた。女王の再出現リスポーンはおそらく三日後、週末の夜になると思われた。

 俺たちはもう二ヵ月も、この美しい女王を討伐し続けている。


 俺がゲーム内パートナーの「ミナミさん」へ贈り物をしたいと考えたのは、バレンタインにゲーム内で〈ほろにがショコラタルト〉を貰った時だった。

 これはサブ職業〈調理師コック〉のレベルが高くないと作れないアイテムで、製作に必要な素材も時期的に高騰していたはずだ。後発プレイヤーで金策下手な彼女にとって、大奮発だったのは間違いない。仮想世界とはいえ、ここまで気合の入ったチョコレートを貰ったからには、それに見合った物を返したい。

 それに、俺はミナミさんに支えられてきた。彼女の存在は俺の世界を拡張し、見ている景色を豊かに彩ってくれた。〈Mistletoeミスルトゥ〉がPKギルドに宣戦布告をされた時には、彼女の聡明さが俺たちを救ってくれた。おかげで俺の日常は戻りつつあるし、離脱したメンバーを呼び戻すこともできた。

 受けた愛情と恩義に釣り合うような、形に残る何かを贈りたかった。

 しかし俺は、女性への贈り物を本気で選んだ事などなかった。十代の頃ならばまだしも、大人になってからは本当に無縁の行為だ。

 大学進学で上京する時、幼馴染の恋人と別れた俺は、他の誰にも本気になれなかった。なので大学以降は「告白されたから付き合ってみた」程度の軽い関係しか経験がなく、しかもネトゲが原因でサクサク振られるので、記念日のたぐいともほとんど縁がなかった。

 いったい何を贈ればいいのか、ひらめきも知識も持ち合わせない俺は、恥をしのんでギルドメンバーに相談してみた。

 すると全員が全員「スザクがそんな事を言い出すとは思わなかった」と、腹を抱えて爆笑した。どいつもこいつも容赦ない。やかましいわ、という返しは無視された。

 そのまま全員でさんざん俺をからかった後、ミナミさんと同じ〈聖職者クレリック〉でプレイしているのえるが、ボスドロップがいいんじゃないの、と言った。


「ギルド〈Mistletoeミスルトゥ〉のマスター・スザクが見せる本気って、ボス狩り以外に何があるのよ?」


 のえるがからかうように言い、みんなも笑いながら同調した。俺も。

 そんなわけで、ボス討伐しか入手経路がなく、〈聖職者クレリック〉向きの性能を持ち、見た目も女性に好まれるようなアイテム――〈白百合の髪飾り〉を贈る事にしたわけだ。

 しかし出ない。わかってはいたが、本当に出ない。

 女王が再出現リスポーンする度に倒し続けて早二ヶ月、ホワイトデーにあげるつもりが間に合わず、当日は普通にマーケットで買ったクッキーをあげてしまったのだが、もはや意地もあって討伐は続いている。

 しかし、二十回もハズレとなると、さすがにやり方を変えなければならないな。

 討伐中のPK奇襲を考えると〈レベル調整ポーション〉で適正レベルへ下げることはためらわれた。そもそも適正レベルにしてしまうと、今の人数で倒すのは無理だ。うちのギルドメンバーは現在六名で、パーティー編成上限の八名にすら満たない。適正レベルでの討伐には人を集めなければならないが、募集をかければPKにも予定が漏れてしまう。

 俺は考えた末、編成の中に「PK迎撃パーティー」を組み込んだ討伐イベントを立案した。

 PK連中はもちろんのこと、ミナミさんにも知られないよう、友人のレグルスがマスターを務める大手ギルド〈清風の輪舞曲ロンド〉と合同討伐の形で話を進めた。ドロップは全て参加者オークションで売却、髪飾りだけは俺の買い取り、売り上げは俺を除く全員で均等分配、参加人数制限とレベル下限は設けない、という条件で受けて貰った。

 本音を言えば、俺の個人的な事情の為に、ここまで大掛かりな事はしたくなかったのだが……二十回ハズレ、という事実が重く圧し掛かる。もはや形振り構っていられなかった。


 週末、俺たちは二十一回目になる〈白百合の女王〉討伐を開始した。

 適正レベルのパーティーでも、そんなに難しい討伐ではない。俺は迎撃パーティーの一人として周囲を警戒しながら、慣れない参加者たちへ指示を飛ばしていく。

 レグルスは今回の討伐を、後発プレイヤーの金策イベントとしても利用していて、参加者には初期装備の人も多くいた。

 たくさんの雛鳥たちを見守っている気分になって、ミナミさんと知り合った時の事を思い出す。VRの操作すらロクにできなかった彼女と出会って、もうすぐ一年が経とうとしている。仮想世界の中だけだと割り切っていた、飯事ままごとみたいな恋愛ごっこに、こんなにも本気になるなんて……あの頃は、想像もしてなかったな。

 ゴチャゴチャのお祭り討伐でも、二十分もすると女王が地面へ倒れ伏した。ずっと盾役タンクとして攻撃を受け続けていた〈暗黒騎士ダークナイト〉の内藤くんが、足元に散らばったアイテムをすべて拾っていく。


「レア出てるぜー! 外套ローブと髪飾り!」


 参加者がわっと盛り上がり、やったな、とギルドメンバーの声がする。ああ、やっと出やがった――安心して座り込んだ俺の背を、ルードがぽんぽんと叩いた。

 全員無事に街へ戻って、神殿横の広場でドロップアイテムのオークションを行う。髪飾りと同時に出た〈白百合の外套ローブ〉は、のえるが結構な金額で落札していた。銀糸で刺繍の施された白い外套ローブは、上品な花嫁衣裳のように見えた。


 諸々の雑事を済ませてから、自分の邸宅に戻った。いつも邸宅で俺を待っているミナミさんは、今日は早目にログアウトしたようだった。

 髪飾り、いつ渡そう。ホワイトデーのつもりだったのに、もう四月も半ばを過ぎてしまった。このゲームの正式サービスが始まって一年、俺とミナミさんが知り合って一年……記念日のお祝いとして渡すのも、いいかもしれない。

 なんとなく、手のひらの上で髪飾りを転がす。このアイテムには〈女王の祝福〉という特殊効果が付いている。カオティックPKカウント1以上でない〈聖職者クレリック〉は祝福により護られ、冒険者が止めを刺す事は不可能になる――これを身に付けて貰えれば、ミナミさんがPKされることはない。俺がログインしてない時でも、彼女の事を護ってやれる。

 ぼんやりしていると、邸宅の呼び鈴が鳴った。訪問者はのえるだった。

 ミナミさんがいない時に入室させるのは気が引けたが、のえるがわざわざ邸宅に来るのは珍しかったし、俺たちの関係が誤解されるとも思えなかった。


「わざわざどうしたんだよ」

「ちょっと、渡したい物があって」


 のえるは現実リアルと変わらない表情で笑うと、キッチンカウンターのスツールへ腰を下ろし、自分の鞄から〈白百合の外套ローブ〉を取り出した。


「これ、ミナミちゃんに。ギルドのみんなでお金を出し合ってる。今日、外套ローブが出たらそうしようって決めてたの」

「いや、でも……」


 そんな義理はない、とは言い切れなかった。今のミナミさんはギルドを抜けているけど、気持ちは今でも〈Mistletoeミスルトゥ〉の仲間だ。

 しかし、分不相応な装備品を貰って喜ぶような性質たちでもないのだ。彼女にはまだこの外套ローブは早い……と、俺は思う。やんわり断ろうとした俺へ、のえるは一気に畳み掛けてきた。


「この外套ローブのデザインがウェディングドレスみたいだから、パートナー契約の時に着て欲しいなって思っただけなの。システム実装の時、ミナミちゃんと契約の約束してたの、トラブル続きで流れちゃってたよね? 結局あのまま契約してないんでしょう?」


 パートナー契約、いわゆる「結婚」の約束を、俺も忘れていたわけじゃない。

 PKギルドの布告を受け、彼女との約束が流れてからの半年間、ずっとトラブル続きの日々だった。ミナミさんと一緒に過ごす時間も減っていたから、特に「パートナーテレポートが欲しい」と思うような事もなかったし……だけど、彼女はどうだったろう?

 彼女が何より喜ぶものは、アイテムなんかじゃないかもしれない。

 そう思ってしまうのは、俺の自惚れなのだろうか。


「もう一度、プロポーズしてあげなよ。こっちの都合で振り回しちゃったんだから、仕切り直しもスザクがしないと駄目だよ?」


 俺は頷いて、のえるから外套ローブを受け取った。やわらかな黒髪に白銀の百合を着け、純白の外套ローブに身を包んだ彼女は、世界中の誰より綺麗だろう。


「プロポーズも二十一回、なんてことにならなきゃいいけどな」


 そう言って茶化してはみたけれど、断られるビジョンは見えなかった。

 きっと彼女はふんわりと笑って、こう言うのだ――よろしくお願いしますね、って。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る