【KAC20216】仮想世界の見知らぬ君は、剣より強い武器を持つ(お題:私と読者と仲間たち)

 ミナミさんから「今晩、ゲーム内でお時間頂けませんか?」というメッセージが届いたのは、仕事を終えた帰り道だった。

 彼女はVRMMO〈FantasticDays!ファンタスティックデイズ〉のプレイヤーで、俺のゲーム内パートナーだ。そうは言っても、今の俺たちが一緒に遊ぶ事はない。俺がマスターを務めるギルド〈Mistletoeミスルトゥ〉は、ギルド抗争の真っ只中だ。

 俺たちが再び、同じ世界を共に歩く日は来るのだろうか――そんな不安は白い溜息へと変わり、師走の街へ溶けていった。

 

 すっかり過激派扱いの俺たちも、元々は対人戦など興味もなく、ギルドはボスモンスター討伐やコンテンツ攻略を目的とした集まりだった。ベータテストから攻略プレイを続け、テスト終盤に行われたレイドボス〈月竜ムーンドラゴン〉討伐イベントで貢献度トップを叩き出した俺たちは、全員が報酬である〈月竜武器〉を所有している。現時点での最強武器だ。

 その武器を欲しがるバカ共のせいで、俺たちの日常は崩壊した。

 三ヶ月前の大型アップデート当日、プレイヤーPキラーKギルド〈アウトレイジ〉が、俺たちの〈月竜武器〉を全て奪うと宣言したのだ。全員が死亡ペナルティで武器を落とすまでの間、常に襲われ続けるというわけだ。

 そんな俺たちを何かの形で支援すれば、そのプレイヤーも標的になる。サーバー内で孤立するのはあっという間だった。


 不本意ながら、殺し合いの日々が始まった。

 手を引かせる為には、相手の心を折るしかない。互いに死亡ペナルティを与え合い、キャラクターの経験値を下げ合い、落としたアイテムを奪い合う日常。不毛だ。こんなふざけた騒動に巻き込まれるプレイヤーは、一人でも少ない方がいい。

 俺は〈月竜武器〉を持たないメンバーをギルドから除名して、ミナミさんとも縁を切った。俺の誘いでギルドに加入していた彼女は、本来ならば狙われる筋合いのない後発プレイヤーだ。

 だけど結局、俺たちは繋がり続ける道を選んだ。仮想世界の中だけの恋人、それだけだったはずなのに――離れたくないと、願ってしまった。

 この騒動が終わるまで、スマホのメッセンジャーだけで繋がることにしたのに、何故か「ゲーム内で」時間を作れと言う。

 余程の理由があるのだろうと理解して、俺は了承の返事をした。



 ログインした俺たちは、村の宿屋で会う事にした。俺の所有する邸宅は、人の出入りを監視されている可能性が高い。

 ミナミさんが先に宿屋へ行って個室を借り、俺は時間をずらして宿屋に入る。

 受付で部屋番号と合言葉を伝えて、彼女の部屋へ入った途端、ミナミさんがぎゅっと抱き付いてきた。

 彼女は甘えるように、スザクさん、と俺のキャラクター名を呼んだ。


「会いたかった……!」

「俺も、ずっと会いたかったよ」

「あ、俺って言った……本音なんですね、ふふっ」


 ネトゲ内で口調を変えている俺は、普段は自分を「僕」と呼んでいる。現実リアル寄りの態度を示した俺に、彼女は「嬉しいです」と微笑んだ。

 身体を離し、部屋の片隅にある木製の椅子に腰掛けると、ミナミさんは真剣な表情になった。


「とても大切な事なので、きちんと顔を見てお話したくて……私、自分にできる事をしようって、やっと覚悟を決めたんです」

「何をする気?」


 余計な事はしなくていい。何を言われても、そう伝えるつもりで聞いた。何が飛び出すか構えた俺に、ミナミさんは予想もできないような事を言った。


「実は私、漫画を描いてるんですけど」

「……え?」

現実リアルの私は、フリーランスでイラストや漫画のお仕事をしているんです。VRのゲームを始めたのも、最初はお仕事の為でした」


 自分の口が開きっぱなしなのに気付いて、慌てて閉じた。

 ずっと不思議に思ってはいたのだ。彼女は学生でもなさそうなのに、仕事へ出かけている様子が全く感じられなかった。勤め人でないというのは、納得だ。


「ゲーム攻略サイトの依頼で、初心者視点のプレイ日記を描いています。さすがに正体は明かせないので、漫画は〈若葉わかば〉という女の子が主人公で……他の人には、内緒ですよ?」


 ミナミさんが苦笑する。仕事が絡んでいる以上、ゲーム内の人間関係と繋げたくないのはわかる。もしも〈若葉〉がミナミさんだと広まれば、普通のプレイはできなくなるだろう。

 そんなミナミさんが、やろうとしている事とは……まさか?


「俺たちの事を、描くつもり?」

「そうです。ギルド抗争について、描きます」


 その言葉を聞いた俺は、ものすごく強い力を得たような気分になった。

 プレイヤーに影響力のある〈若葉〉が〈Mistletoeミスルトゥ〉寄りの視点で今回の騒動を語れば、俺たちの置かれた環境は大きく変わるだろう。描き方次第では、多くの助力を得られる可能性だって……いや、あいつらをサーバーから叩き出す事さえ可能かもしれない。

 しかし、仕事としてはどうなんだ?

 俺に業界の知識はないが、そんな題材を扱っても構わないのか?


「仕事に私情を挟むのは、さすがに止めておいた方が――」

「違います!」


 俺の言葉を遮って、ミナミさんが声を張った。


「中立の視点で描くんです、ちゃんと担当さんに説明して通った企画です!」

「俺とこんな関係なのに、中立だって言い切れる?」

「私は読者を裏切ったりしません! 仲間を庇う為の漫画なら、プライベートの場で描きます!」


 物凄い剣幕だった。こんなにも強く物を言うのは、ミナミさんではない。これは現実リアルを生きる彼女だ――その姿に、俺は無性に惹かれた。


「わかった、君の思うようにして……凄いな、素敵だ」


 現実リアルの彼女に向けて、俺は言った。

 少しだけ躊躇して、それでも我慢できなくて、力任せに抱きしめる。仮想世界の〈ミナミ〉ではなく、その奥にいるひとへ触れたかった。


「きっと〈若葉〉は、みんなの世界を変えられるはずなの……」


 呟きと共に漏れた吐息が、熱い。

 俺と彼女は明け方まで、何度も想いを伝え合った。



 クリスマスイブも、俺はPKと殺し合いをしていた。

 レベル六十前後のモンスターが生息する草原で、近くには他のパーティーの姿もある。

 目の前にいるのは、ギルドマスターの〈狩人ハンター〉キルユと〈祈祷師シャーマンSinnerシナーのペア。この二人は腕のいいプレイヤーで、そして〈剣士ソードマン〉の俺にとっては、キルユが遠距離攻撃職レンジなのも分が悪い。それでも引けないのは、シナーが回復職ヒーラー用の〈月竜武器〉、錫杖スタッフ水月すいげつ〉を持っているからだ。

 滅多にフィールドへ出て来ないシナーを仕留めるチャンスは、多くない。俺ははやっていた。


「返して貰うぜ、のえるの〈水月〉!」


 俺は仲間の名を吠えながら曲刀シミター紅月こうげつ〉を抜刀し、即座にシナーへ切りかかった。

 その途端、俺の脇腹に矢が突き刺さる。

 キルユに〈クイックショット〉を打ち込まれ、現実リアルの俺も一瞬だけ鈍い痛みを覚えた。最悪なタイミングでの〈会心の一撃クリティカルヒット〉、あと一撃食らえば戦闘不能だ。どうか〈紅月〉だけは落としてくれるな――俺が覚悟を決めた時、視界の外から頭蓋骨が飛んできて、キルユの顔面にぶち当たった。〈死霊使いネクロマンサー〉の攻撃魔法〈スカルアタック〉だが、うちのギルドに〈死霊使いネクロマンサー〉はいない。


「うっそぉー!?」

「やっべ、逃げるぞシナ子!」


 あっという間に逃げ出した二人を、俺は追えなかった。むしろギリギリ助かったという有様だ。

 投げられた骨の出所は、すぐ傍で狩りをしていたパーティーだった。全員がギルド〈清風の輪舞曲ロンド〉のメンバーで、ギルドマスターの〈死霊使いネクロマンサー〉レグルスが駆け寄ってきた。


「スザク……大丈夫、ですか……?」


 レグルスは相変わらず、猫背でボソボソと喋る。闇の魔術師ロールプレイらしい。以前はよくボス討伐へ招いていた彼とも、ギルド抗争が始まってからは疎遠だった。


「すみません、レグルスさん。助かりました……ですが、どうして?」


 彼のギルドはかなりの大所帯で、こういう揉め事とは決して関わらないのが方針だったはずだ。それがマスター自らPKめがけて骨を投げたとか、普段の彼からは想像もできないような蛮勇だった。


「……私、若葉ちゃんの連載を、第一回から欠かさず愛読しているわけですが……」

「は?」

「今日の更新で、貴方たちの戦う理由を描いていました……その理由に共感した、それだけの事です……」


 まさかと思っていたことが、起きた。

 レグルスの蛮勇は、ミナミさんの漫画の効果だったのだ。 


「キルユ側の理屈も、描かれていました……九月のアップデート、最強武器は、更新されなかった……それはつまり、誰もスザクたちに、追いつけないという事……誰より強くなる為には……月竜武器を、奪うしかない……」


 それは俺たち自身も感じていた、ゲームバランスの悪さだった。

 ミナミさんは、あえてそこまで描いたのだ。自分を「中立」と言ったのは、俺たちに不利となる事実も描くという、当然の姿勢ゆえだったのだ。


「その理屈も、理解はできます……しかし月竜武器が全て、彼らの手に渡れば……その最強武器を使って、また、うちの子たちを殺すのですね……」


 俺は頷いた。当然そうなる。あいつらは本来、無差別にプレイヤーを殺して楽しむ連中だ。徹底抗戦を決める際、それは大きな理由となった。〈月竜武器〉が「人殺し」の道具になるなんて、許せるはずもなかったのだ。


「そんな事を……見過ごすなど、できませんので……今後、我々〈清風の輪舞曲ロンド〉は〈Mistletoeミスルトゥ〉への支援をお約束致します……」


 レグルスは座りこんでいた俺へ、その細く白い手を伸ばした。


「私と同じように考えたギルドマスターは……多いと思いますよ……あの漫画を読めば……他人事ではないのだと、認識せざるを得ないのです……」


 差し出された手を掴むと、レグルスはニヤリと笑みを浮かべた。


「どうか、一人で抱え込まずに……何かあれば、いつでも……」


 その表情とは裏腹に、彼の言葉は優しく響いた。


 読者へ真摯に向き合う〈若葉〉が、俺たちのいる世界を変えた。

 それはミナミさんから〈Mistletoe仲間たち〉へ贈られた、聖なる夜の祝福だった。


(了)

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