【KAC20216】仮想世界の見知らぬ君は、剣より強い武器を持つ(お題:私と読者と仲間たち)
ミナミさんから「今晩、ゲーム内でお時間頂けませんか?」というメッセージが届いたのは、仕事を終えた帰り道だった。
彼女はVRMMO〈
俺たちが再び、同じ世界を共に歩く日は来るのだろうか――そんな不安は白い溜息へと変わり、師走の街へ溶けていった。
すっかり過激派扱いの俺たちも、元々は対人戦など興味もなく、ギルドはボスモンスター討伐やコンテンツ攻略を目的とした集まりだった。ベータテストから攻略プレイを続け、テスト終盤に行われたレイドボス〈
その武器を欲しがるバカ共のせいで、俺たちの日常は崩壊した。
三ヶ月前の大型アップデート当日、
そんな俺たちを何かの形で支援すれば、そのプレイヤーも標的になる。サーバー内で孤立するのはあっという間だった。
不本意ながら、殺し合いの日々が始まった。
手を引かせる為には、相手の心を折るしかない。互いに死亡ペナルティを与え合い、キャラクターの経験値を下げ合い、落としたアイテムを奪い合う日常。不毛だ。こんなふざけた騒動に巻き込まれるプレイヤーは、一人でも少ない方がいい。
俺は〈月竜武器〉を持たないメンバーをギルドから除名して、ミナミさんとも縁を切った。俺の誘いでギルドに加入していた彼女は、本来ならば狙われる筋合いのない後発プレイヤーだ。
だけど結局、俺たちは繋がり続ける道を選んだ。仮想世界の中だけの恋人、それだけだったはずなのに――離れたくないと、願ってしまった。
この騒動が終わるまで、スマホのメッセンジャーだけで繋がることにしたのに、何故か「ゲーム内で」時間を作れと言う。
余程の理由があるのだろうと理解して、俺は了承の返事をした。
◆
ログインした俺たちは、村の宿屋で会う事にした。俺の所有する邸宅は、人の出入りを監視されている可能性が高い。
ミナミさんが先に宿屋へ行って個室を借り、俺は時間をずらして宿屋に入る。
受付で部屋番号と合言葉を伝えて、彼女の部屋へ入った途端、ミナミさんがぎゅっと抱き付いてきた。
彼女は甘えるように、スザクさん、と俺のキャラクター名を呼んだ。
「会いたかった……!」
「俺も、ずっと会いたかったよ」
「あ、俺って言った……本音なんですね、ふふっ」
ネトゲ内で口調を変えている俺は、普段は自分を「僕」と呼んでいる。
身体を離し、部屋の片隅にある木製の椅子に腰掛けると、ミナミさんは真剣な表情になった。
「とても大切な事なので、きちんと顔を見てお話したくて……私、自分にできる事をしようって、やっと覚悟を決めたんです」
「何をする気?」
余計な事はしなくていい。何を言われても、そう伝えるつもりで聞いた。何が飛び出すか構えた俺に、ミナミさんは予想もできないような事を言った。
「実は私、漫画を描いてるんですけど」
「……え?」
「
自分の口が開きっぱなしなのに気付いて、慌てて閉じた。
ずっと不思議に思ってはいたのだ。彼女は学生でもなさそうなのに、仕事へ出かけている様子が全く感じられなかった。勤め人でないというのは、納得だ。
「ゲーム攻略サイトの依頼で、初心者視点のプレイ日記を描いています。さすがに正体は明かせないので、漫画は〈
ミナミさんが苦笑する。仕事が絡んでいる以上、ゲーム内の人間関係と繋げたくないのはわかる。もしも〈若葉〉がミナミさんだと広まれば、普通のプレイはできなくなるだろう。
そんなミナミさんが、やろうとしている事とは……まさか?
「俺たちの事を、描くつもり?」
「そうです。ギルド抗争について、描きます」
その言葉を聞いた俺は、ものすごく強い力を得たような気分になった。
プレイヤーに影響力のある〈若葉〉が〈
しかし、仕事としてはどうなんだ?
俺に業界の知識はないが、そんな題材を扱っても構わないのか?
「仕事に私情を挟むのは、さすがに止めておいた方が――」
「違います!」
俺の言葉を遮って、ミナミさんが声を張った。
「中立の視点で描くんです、ちゃんと担当さんに説明して通った企画です!」
「俺とこんな関係なのに、中立だって言い切れる?」
「私は読者を裏切ったりしません! 仲間を庇う為の漫画なら、プライベートの場で描きます!」
物凄い剣幕だった。こんなにも強く物を言うのは、ミナミさんではない。これは
「わかった、君の思うようにして……凄いな、素敵だ」
少しだけ躊躇して、それでも我慢できなくて、力任せに抱きしめる。仮想世界の〈ミナミ〉ではなく、その奥にいるひとへ触れたかった。
「きっと〈若葉〉は、みんなの世界を変えられるはずなの……」
呟きと共に漏れた吐息が、熱い。
俺と彼女は明け方まで、何度も想いを伝え合った。
◆
クリスマスイブも、俺はPKと殺し合いをしていた。
レベル六十前後のモンスターが生息する草原で、近くには他のパーティーの姿もある。
目の前にいるのは、ギルドマスターの〈
滅多にフィールドへ出て来ないシナーを仕留めるチャンスは、多くない。俺は
「返して貰うぜ、のえるの〈水月〉!」
俺は仲間の名を吠えながら
その途端、俺の脇腹に矢が突き刺さる。
キルユに〈クイックショット〉を打ち込まれ、
「うっそぉー!?」
「やっべ、逃げるぞシナ子!」
あっという間に逃げ出した二人を、俺は追えなかった。むしろギリギリ助かったという有様だ。
投げられた骨の出所は、すぐ傍で狩りをしていたパーティーだった。全員がギルド〈清風の
「スザク……大丈夫、ですか……?」
レグルスは相変わらず、猫背でボソボソと喋る。闇の魔術師ロールプレイらしい。以前はよくボス討伐へ招いていた彼とも、ギルド抗争が始まってからは疎遠だった。
「すみません、レグルスさん。助かりました……ですが、どうして?」
彼のギルドはかなりの大所帯で、こういう揉め事とは決して関わらないのが方針だったはずだ。それがマスター自らPKめがけて骨を投げたとか、普段の彼からは想像もできないような蛮勇だった。
「……私、若葉ちゃんの連載を、第一回から欠かさず愛読しているわけですが……」
「は?」
「今日の更新で、貴方たちの戦う理由を描いていました……その理由に共感した、それだけの事です……」
まさかと思っていたことが、起きた。
レグルスの蛮勇は、ミナミさんの漫画の効果だったのだ。
「キルユ側の理屈も、描かれていました……九月のアップデート、最強武器は、更新されなかった……それはつまり、誰もスザクたちに、追いつけないという事……誰より強くなる為には……月竜武器を、奪うしかない……」
それは俺たち自身も感じていた、ゲームバランスの悪さだった。
ミナミさんは、あえてそこまで描いたのだ。自分を「中立」と言ったのは、俺たちに不利となる事実も描くという、当然の姿勢ゆえだったのだ。
「その理屈も、理解はできます……しかし月竜武器が全て、彼らの手に渡れば……その最強武器を使って、また、うちの子たちを殺すのですね……」
俺は頷いた。当然そうなる。あいつらは本来、無差別にプレイヤーを殺して楽しむ連中だ。徹底抗戦を決める際、それは大きな理由となった。〈月竜武器〉が「人殺し」の道具になるなんて、許せるはずもなかったのだ。
「そんな事を……見過ごすなど、できませんので……今後、我々〈清風の
レグルスは座りこんでいた俺へ、その細く白い手を伸ばした。
「私と同じように考えたギルドマスターは……多いと思いますよ……あの漫画を読めば……他人事ではないのだと、認識せざるを得ないのです……」
差し出された手を掴むと、レグルスはニヤリと笑みを浮かべた。
「どうか、一人で抱え込まずに……何かあれば、いつでも……」
その表情とは裏腹に、彼の言葉は優しく響いた。
読者へ真摯に向き合う〈若葉〉が、俺たちのいる世界を変えた。
それはミナミさんから〈
(了)
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