第47話【・・・髪・・・】


氷雨ひさめ

「忍術にもそう、沢山種類がある・・・。時雨しぐれは師匠が教えた精神身体型忍術せいしんしんたいがたにんじゅつで自分や他人に暗示をかける術を少しずつできるようになってきてるけど・・・俺と一平いっぺいはまだまだだよな・・・。でも、そしたらどうして、ホタルやネネは妖術ようじゅつが使えるんだ?」


泡沫うたかた

妖術ようじゅつに関しては、俺は、巫女みこじゃねぇーから、教えられねぇー。だから、二人は偉大な巫女がいるやなぎの里で修行しているんだ。それで、お前達三人は俺が最初から変わらず俺が教えているわけだが、一平いっぺい氷雨ひさめ!・・・お前等二人は、あまりにものみこみが遅い。今すぐ修行を続行する!と、言いたいところなんだが・・・・・・氷雨ひさめ一平いっぺい、それに時雨しぐれ。お前達にある城から、仕事の依頼が来たぞ。」


時雨しぐれ

「任務ですか、、。」


 時雨が聞くと泡沫は頷く。どうやらついさっき、小波さざなみが、あずまの里の近くにある里に設置した任務依頼箱から、依頼書を持って帰って来たのだ。


泡沫うたかた

「任務日は、明後日。今日明日でしっかり、支度しておけ。悪いが、俺は少し用事がある。そして、ネネ、ホタルには違う任務が入っていて、同行は出来ないが・・・大丈夫だな?」


 泡沫うたかたが言うと、一平いっぺいは不思議そうな顔をした。


一平いっぺい

「どんな任務なんだ?」


泡沫うたかた

「ある城に、毎夜毎夜、何者かが忍びこんでいるから、捕まえて欲しいと、その城の城主からの依頼だ。」


氷雨ひさめ

「忍びこんでる?」


泡沫うたかた

「あぁ。毎晩一つずつ部屋が荒らされているそうだ。しかし、荒らされているのにも関わらず、何もとられていない。それに、物音がしてすぐにその部屋に行っても誰もいないんだそうだ。」


時雨しぐれ

「・・・状況からして、忍。人が来て即座に雲隠れ出来るんだから、よほどの腕を持っているように思えるけど・・・。」


氷雨ひさめ

「本当に凄腕だったら、部屋を荒らした形跡や、ましてや音を立てて侵入したことを悟られるようなヘマはしないだろう?」


 時雨は静かに頷いた。


一平いっぺい

「そいつの目的は、なんなんだろうな?」


 一平いっぺいは首をかしげた。しかし泡沫うたかたは冷静だった。


泡沫うたかた

「さぁな。まぁーとりあえず、明後日の任務が終わり次第、お前達は、また、山に戻って修行の続きだ。話はこれで終わりだ。」


 泡沫うたかたは、そう言うと部屋を出て行った。一平いっぺい、ネネ、そして氷雨ひさめは、明後日の任務のための忍具が小屋にあることから、一度山に行くと言って出て行った。ホタルもかわやへと部屋を出る。部屋には、時雨しぐれ連雨れんうが残った。連雨れんうの背では(冷雨)がよく眠っている。


時雨しぐれ

れん、悪いんだが、ワタシ達が留守中、はく小波さざなみの面倒を少し頼めるか?れいの面倒で大変だと思うから、無理はしなくて良いんだが、たまには二人にもかまってやってあげてくれ。」


 時雨しぐれはそう言って笑うが、連雨れんうは困った表情で、何か言いたげだった。


連雨れんう

「にぃちゃん、オレ・・・。」


 連雨れんうが何か言いかけた時、小波さざなみが鳴いた。


小波さざなみ

「カァー!!!カァー!!!」


時雨しぐれ

「ダメだ。小波さざなみ!お前、また、そんなこと言って。」


 連雨れんうは驚いたように言った。


連雨れんう

「にぃちゃん?小波さざなみの言ってること、分かるの?」


 すると、時雨は頭をかく。


時雨しぐれ

「・・・あぁ。実は、生まれつき動物の言葉が分かるんだよ。今は、小波さざなみは、自分が置いて行かれることにご機嫌斜きげんななめだ。」


 時雨しぐれは困ったように笑う。連雨れんうは思った。あぁ・・・師走しわすの言っていたにぃちゃんの不思議な力とはきっとこのようなことを言っていたのだろうと・・・。


小波さざなみ

「カァー!!!!」


 小波は激しく鳴いた。


時雨しぐれ

「いやいや、最近は、お前にはの芦立あしだて城の葉姫ようひめに、師匠と共にこの間の任務の報告をしてもらったり、さっきだって、東の里の場所をバレないようにと、他の里に頼んで置かせてもらっている、忍びの任務の依頼箱まで行って、仕事の依頼が入っているか、見て来てもらっちゃたし、忙しく働かせてしまっているだろう?・・・だから、少し休んでもらいたいんだよ。それに、里に何か起こった時にすぐに知らせてもらうためにも、な?分かっておくれ。」


 そう言って、時雨は小波さざなみの頭を優しく撫でる。


小波さざなみ

「カァー。」


 小波は、ふてくされたように鳴いた。すると・・・


【ホタル】

「ふふ、細波さざなみ、納得してくれた?」


 時雨しぐれの着替えを持ったホタルが部屋へと戻ってきた。


時雨しぐれ

「ん?うーん・・・。しぶしぶかな・・・。」


 時雨は苦笑いをする。


【ホタル】

「そっかぁ。・・・ふふ。あぁ・・・。れん卯月うづき様が呼んでたわよ。夜ご飯を作るの手伝って欲しいんだって。」


 ホタルがそう言うと、連雨れんうは・・・


連雨れんう

「あ、う、うん。分かった・・・。」


 連雨れんうは何か言いたそうに、しながら部屋を後にした。


 ホタルは、時雨しぐれの服を畳み終わると、辺りを見渡した。時雨しぐれの枕の横には、水のはった桶があり、その中には顔をふくためのタオルが入っている。


【ホタル】

「・・・もう、熱もすっかり下がったし、片付けちゃうね。」


 ホタルは、桶の中にある自分の顔を見た。そこには、まだまだあどけなさが残るオカッパの娘がいた。


 ある時、村の女の子達が時雨しぐれ様は髪の短い人が好きだと噂していた。なんの根拠もないただの噂話。しかし、その頃からずっと髪は短いまま・・・。伸びてきたなと思うと、切ってしまう自分・・・。バカなことをしているって分かっていたが、ホタルは、髪を伸ばせないでいた。


 いつか、自分はこの人の双子の兄である氷雨ひさめ様と結婚するのに・・・。


 氷雨ひさめ様は、自分のことをどう思っているのだろうか?親同士が勝手に決めた結婚だけど、今の自分の気持ちをあの方が知ったら、あの方は、傷つけてしまうのかな・・・。


 いつか、消えると思っていたこの気持ちは、あの日・・・蛍橋ほたるばしで、共に蛍を見たあの日から、ずっと私の気持ちは変わらないでいる。


 あの日からいくつもの季節をまたいで、何度も蛍を見て気づけばもう13才・・・。氷雨ひさめ様が、雲海うんかいの名を受け継ぎ、あずまの長となるのは、17才。残された時間は後4年・・・。


 もう、この思いをそろそろ断ち切らなければと思う・・・。でも、何故だろう・・・。こんなにも、こんなにも、この人への気持ちを殺すことが辛いなんて・・・。


 そんなことを考えていると不意に時雨しぐれにホタルは呼ばれた。


時雨しぐれ

「・・・ホタル。」


【ホタル】

「は、はい。」


 突然時雨しぐれに声をかけられたため、反応に遅れてしまったが、なんとか返事をする。


時雨しぐれ

「ホタル、ちょっと頭こっちに向けて。」


【ホタル】

「えっ!?」 


 ホタルは、驚いて時雨しぐれの方を見ると、時雨しぐれの手が自分に伸びてきた。心臓がバクバクして、何が起こってるのか分からなくなる。体がまるで石のように固まった。そして、何かが時雨しぐれによって、髪に止められた。


 恐る恐る桶を覗きこむと、水面に写る自分の左前髪の上辺りに美しい桜の髪飾りがついていた。驚いて、時雨しぐれの顔を見ると、申し訳なさそうな表情をした時雨しぐれがいた。


時雨しぐれ

「・・・すまない。ホタル・・・。ワタシが不甲斐ないばかりに、ホタルが姫の影武者をしたと聞いた。本当にすまない。危ない目に合わせてしまった。ホタルに似合うように作ったつもりだったんだせど、どうだろうか・・・。」


 こういう時、一体なんて言ったら良いんだっけ・・・?頭が回らない・・・。恥ずかしくてうつむいてしまう。


【ホタル】

「・・・い、良いの。良いの。あれは、皆で相談してそれが一番良い方法だと思ったし、困った時はお互い様でしょう・・・?そ、それに、氷雨ひさめ様も一平いっぺい様もいたし・・・だ、だから気にしないで。あ・・・で、でも!この髪飾りは、本当に綺麗。・・・ありがとう。」


 ホタルは、心のざわめきを押さえきれず、顔を上げることができない。


【ホタル】

「あ、えっと、私、桶、片付けて来ちゃうね。」


 ホタルは、慌てたように、時雨しぐれの部屋をバタバタと出て行ってしまった。なぜ、あんなに慌てているのだろうか?と、時雨は不思議に思う・・・。


時雨しぐれ

「・・・・・・。葉姫ようひめはホタルにそっくりだった。そう言えば、ホタルは、ワタシを慕っているとかなんとかって言われたっけか・・・。」


 時雨しぐれは、細波さざなみを撫でながらつぶやく。


 まぁ・・・ホタルのご飯が美味しいのはいつものことで、誰に対して作っても、暖かくて優しい味がする。あれは葉姫ようひめが自分のことをからかったのだろうと、時雨しぐれは思う・・・。しかし小波さざなみは、じっと時雨しぐれを見つめる。


小波さざなみ

「カァー!!!!」


時雨しぐれ

「・・・・・・。」


小波さざなみ

「カァー!!!!」


時雨しぐれ

「・・・な、そんなわけないだろう?・・・・。」


 時雨は、小波さざなみにそう言うと・・・時雨しぐれは、伊賀の城にあった隠し部屋から持ってきた巻物を握りしめた。







 夜遅く・・・。私は、目が覚め、かわやへ向かうために廊下を歩いていると、外に誰かがいる気配がして出てみる。・・・すると、井戸の前に、髪を下ろした時雨しぐれの姿があった・・・。


 そして、桶の中に張った水を覗きこんでいる・・・。何をしているのだろう?と、思った時。その桶を頭の上まで持ち上げて、中に入った液体を頭にかけた・・・。突然のことに私は、驚いた。でも、その液体を被った時雨しぐれ様の髪や、服は、真っ黒に変わり・・・。よく見れば、黒髪になった時雨しぐれ様はどことなく、氷雨ひさめ様に似ていた・・・。


 と、思ったのもつかの間、我に返って思う。



 見てはいけないものを見てしまったと・・・。こんな夜中に誰にも気づかれないように墨の入った水を頭からかぶっていた・・・。


 昔から、時雨様は人とは違う自分の髪の色で悩んでいた。そして、今回の件で時雨しぐれ様は、普通の人間ではないことが判明した・・・・・。


 ある時、山賊の一人が時雨様の容姿を見て、化け物だと言ったことがあった。あの時、その場にいた私も氷雨様もそんなことはないと、山賊の言ったことを否定した。けれど、あの出来事以降、こうして時々夜中に桶に張った水に映る自分の姿を見て、悲しそうにしている時雨様を何度か見てきた・・・。しかし、今回は見ているだけではなかった・・・。


 気づかれないうち、引き返そうとした思った。しかし、引き返えそうと足を後ろに出した時、小枝を踏んで、音が鳴ってしまった。


 時雨しぐれ様はゆっくりと、私の方を見た。


時雨しぐれ

「ホタル・・・?」



 月の光が二人を照らす・・・。


 ホタルは、手拭いを持ってきて時雨に渡す。


【ホタル】

「・・・こんな夜遅くに、水浴びなんてしたら、また風邪引いちゃうわよ・・・。」


 私がそう言うと、時雨様は申しわけなさそうに言う。


時雨しぐれ

「いつも、すまないね。ホタル・・・。」


 時雨は、その手拭いで髪についた墨を拭いていく・・・。


時雨しぐれ

「心配ないよ・・・。ホタル・・・。ちょっと、黒髪になった自分を見てみたかっただけなんだ・・・。」


 時雨しぐれ様は、いつものようにどこか人に気を使っているような、遠慮がちな笑顔を見せる・・・。


【ホタル】

「黒髪にしちゃうなんて、もったいないわ・・・。だって、こんなに綺麗な髪してるのに・・・。」


 ハハハッと笑う時雨は、いつものように優しく笑っている。でも・・・。きっと、時雨様は不安なのだろう・・・。自分は普通の人間ではなく、竜に選ばれ、力を与えられている存在だと言うこと。そしてその力は自分でも制御できない程に大きなモノになっているということが・・・。



 誰よりも優しく、里の人思いの時雨浜は、いつか、自分が誰かを傷つけてしまうのではないのかと、きっと不安でいるのだろう・・・。



【ホタル】 

「大丈夫よ・・・。大丈夫。」


 時雨様しぐれは、私の方を見る。


【ホタル】 

「あなたに何かあったら、私が・・・。ううん。私達が、必ずあなたを止めるから・・・。」


 私は、笑った。時雨様の不安が少しでも取り除かれますようにと、祈りながら・・・。すると、時雨様は言った。


時雨しぐれ

「・・・うん。ありがとう。」


 時雨は、笑顔でそう言った。


 あれ?と思った・・・。今、一瞬・・・ 


 驚く私に、時雨しぐれ様はどうしたの?と聞いてきて、急いでなんでもないと答える・・・。


 でも、いつもあの人の笑顔を見てきた私には、分かる・・・。


「ありがとう」・・・そう呟くように発せられた、時雨しぐれ様の笑顔は、優しいけれど、誰かに気を使っているようないつもの笑顔ではなく・・・


 心から安心したような、そんな笑顔だった・・・。


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