第45話【 脱出 】

その頃、時雨しぐれ連雨れんうは・・・。


 時雨しぐれは、連雨れんうとその弟をかついで屋敷の外へと逃げのびていた。すると、そこへ1羽カラスがやって来る。小波さざなみだ。一度、抱えていた連雨れんうをそっと地面へと下ろすと、連雨れんうに赤ん坊を任せる。そして膝に手をついて息を整えるよう試みる。


はぁ・・・はあ・・・はぁ・・


小波さざなみ

「カァー!」


 小波は、地面へ降り立つと時雨を見上げて鳴いた。


時雨しぐれ

「・・・なるほど、あそこの塀を越えれば、一平いっぺいが糸を張っているのか・・・。」


 逃げ道は、分かった。後もう少し・・・。時雨は体を起こそうした。しかし・・・。


   ・・・くっ・・・。


 ゲホッゲホッゲホッゲホッゲホッ・・・・・・・・・激しくむせ、手で口を覆う。


小波さざなみ

「カァーーーーーーーーーーーー!!」


 小波さざなみがけたたましく鳴いた。

 

時雨しぐれ

「はぁ・・・はぁ・・・大丈夫だ、小波さざなみ・・・。はぁ・・・はぁ・・・」


 手を見れば、むせた時に出た血がベッタリとついていた。時雨はギュッとその手を握りしめる。



 ・・・出血が酷い。目の前はかすみ、足も思うように動いてはくれない。だが、いつ敵に襲われるか分からない、この敵の陣地で休んでいる訳にはいかない。時雨しぐれは自分を奮い立たせる。



 そんな中、連雨れんうは親を失った悲しみと共に、大きな罪の意識にさいなまれていた。時雨しぐれの背中からは、おびただしい量の血が自分と弟を抱え、走る度に流れ落ち時雨の命を削っていた。いつ敵が襲ってくるか分からない状況で、自分は自分をたすけてくれた恩人を傷つけただけではなく、ただ身を任せ、担がれるしかないお荷物状態。涙が溢れる。


連雨れんう

「にぃちゃん。もういい。俺を置いて行ってくれ・・・。・・・でも、ごめん。弟だけは、弟だけは・・・。」


時雨しぐれ

「・・・それ以上言うな・・・連雨。お前が、面倒をみてやるんだろ?父上と母上がしてやりたくても、出来なかったことを、お前がしてやるんだ。だから、もう泣いてはダメだよ。・・・分かったかい?」


 時雨しぐれは、笑顔で連雨れんうに語りかける。


連雨れんう

「うん・・・。」


 しかし・・・


時雨しぐれ

「ぐはっ!」


 後ろから何かが肩に刺さる。見れば、時雨しぐれの右肩には、吹き矢をが刺さっていた。時雨しぐれはとっさにその矢を引き抜く、するとその吹き矢には、糸がくっついていた。体の力が急に抜けその場に膝をついた。屋根の上からこちらを見る、17才くらいの少年・・・。


八雲やくも

「俺は八雲やくも・・・。お前を捕らえにきた・・・。吹き矢につく、糸より、強力なしびれ毒をお前の体名内に入れさせてもらった・・・。もう、一歩も動けないだろう・・・?まぁ・・・大人しくしていることだ・・・。」


時雨しぐれ

「はぁ・・・はぁ・・・。はぁ・・・。本当によく効く薬だ。だから・・・大人しくしていたら、本当に捕まってしまいますね・・・。なら・・・」


 時雨しぐれは、クナイを取り出した。師匠から教わったこの術は・・・まだ、完璧にできるわけじゃない・・・。でも、ここで使わないで、どこで使うんだ?・・・時雨はクナイに移る自分の目を見た。


 そして、もの凄い勢いで、そのクナイを八雲やくも目掛けて投げつける。すると、八雲やくもは驚きのあまり、一瞬、時雨しぐれから目を離してしまった。 


 その隙に時雨しぐれは、素早く連雨れんうと赤ん坊を抱えあげると、塀を飛び越える。


八雲やくも

「まさか!もう動けないはずだ!」


 しかし、八雲やくもは、クナイを投げる前、時雨しぐれがクナイに写る自分の目を見ていたことを思い出す。


八雲やくも

「なるほど・・・自分自身に暗示をかけたのか。しかし、それも、わずかな時間しかもたぬまい・・・。」


 時雨しぐれは、塀を飛び越えると一平いっぺいのかけた糸の上を走る。


 後から追いかけて来た伊賀の忍達が、空中を走る少年を見て、一瞬、戸惑う。


八雲やくも

「惑わされるな!糸の上を走っているだけだ。見えない糸・・・それもかなり強度の良い・・・。だが・・・俺の糸に比べれば、こんなのただのタコ糸止まり・・・。」


 そういうと八雲やくもは、刀を糸目掛けて投げつける。刀は、まっすぐに見えぬ糸へと投げつけられる・・・。


 堀の向こうにいる氷雨は、とっさに手を伸ばした。


氷雨ひさめ

時雨しぐれ!飛べー!!!!」


 時雨しぐれは、糸が八雲やくもに切り裂かれる前に最後の力を振り絞って堀の向こう側へ飛ぶ・・・。


 すると、氷雨ひさめは、ものすごい勢いで、突っ込んできた来た時雨の腕をしっかり掴んで引き上げた。しかし、引き上げる時には時雨は意識不明で体温がかなり下がっていた。


氷雨ひさめ

時雨しぐれ!おい!しっかりしろ!」


 飛びうつった時に離れてしまった連雨れんう一平いっぺいが、最後に飛んで来た赤ん坊を泡沫うたかたが抱き止めた。


【ホタル】

時雨しぐれ様!酷い怪我・・・。」


 ホタルが駆け寄る。


泡沫うたかた

「再会して色々と思うところがあると思うがそれは、後回しだ!」


 時雨しぐれが来た堀の向こうを見ると無数の伊賀の忍がこちらを見ていた。その中には、師走しわすの姿もあった。


 それを見た一平は、生唾を飲み込んだ・・・。


一平いっぺい

「に、20人はいるか・・・。」



 すると、うたかたは冷静に言う。



泡沫うたかま

「・・・50人だ。一平いっぺい・・・。」


 泡沫の言葉に、一平いっぺいは、顔を真っ赤にする。


師走しわす

泡沫うたかた、そいつを渡せ。そいつは、お前には手に余る代物だぞ・・・?」


 すると、泡沫はため息混じりに言う。


泡沫うたかた

「元々、どっかイカれてるやつだと思っていたが・・・やれやれ、完全に頭がどうかしちまったようだな。俺にはどこにでもいる貧弱なガキにしか見えねぇーよ。」


 すると、泡沫は氷雨達の方を見て、静に言った。


【泡沫】

「お前ら、多勢に無勢だ。逃げるぞ」


 全員が無言で頷く。

 

泡沫うたかた

「ホタル。蛍火の術を使ってあずまの里まで先導するんだ。時雨しぐれのあの怪我は早くしないと手遅れになるぞ。だから、里の場所を悟られぬよう遠回りすることは出来ない。なんとしても、途中であいつらを巻く。」


 全員は了解するとホタルは、懐から、式紙しきがみを出し東と書き、6回破りると印を結んだ。


【ホタル】

「蛍火の術!」


 一つの黄色い光が、真っ直ぐと東の国に目掛けて飛ぶ。


 泡沫うたかたは、ホタルに赤子を預けると後方へと回る。ホタルの後ろには時雨しぐれを抱えた氷雨ひさめがつく。


氷雨ひさめ

「おら、しっかりしろ時雨しぐれ。ホタル、俺の近くにいるんだ!後ろは心配するな。俺がなんとかする。」


【ホタル】

氷雨ひさめ様・・・。はい。よろしくお願いします。」


 氷雨ひさめは、時雨しぐれを背負うが時雨しぐれの意識は、完全に失われてしまっていた。ホタルは氷雨ひさめに言われた通り、近くに寄る。


連雨れんう

「にぃちゃん!!!」


 一平いっぺいに抱えられた連雨れんうが叫ぶ。


一平いっぺい

「大丈夫!時雨しぐれは貧弱で病弱なやつだが、強い男だからよ。そらよっと。」


 一平いっぺいは、連雨れんうを左腕に抱え走る。


一平いっぺい

「良いか。大人しくしてるんだぞ。オイラが守ってやるからよ。ネネ、こっちだ!」


 一平いっぺいに呼ばれ、ネネは一平いっぺいの近くへと寄る一平いっぺいに続いて東の国へ向かい森の奥へ奥へと走り抜ける。先頭には、赤ん坊を抱いたホタルが木の上を飛び移りながら走り、その後ろを時雨しぐれを背負った氷雨ひさめが続き、そして氷雨のすぐ後ろを連雨れんうを抱えた一平いっぺいとネネ、そして一番最後に泡沫うたかたが来る。


一平いっぺい

「ネネ!」


【ネネ】

「分かってるわ!」 


 ネネは、森中のあちこちにクナイを飛ばす。すると・・・


 ドッカーーーーーーーン!バーーーーーーン!!!


 投げたクナイで森中に仕掛けた罠のかせを外し、敵に向かって炮烙火矢ほうろくひやを飛ばしたのだ。しかし、伊賀の忍は全くこれにおくさなかった。


 泡沫うたかたは、不意に走る速度が遅くなる。一平いっぺいは、不思議に思って、泡沫うたかたの方を振り向き表情を見た。すると泡沫うたかたの目は、今まで見たことがないくらいに冷たい目をしていた。


 印を結ぶ手の動きは一辺の歪みもなく滑らかで、何やら不穏な動きをしていた。何が起こるのかは分からない。しかし、一平いっぺいは感じていた、伊賀の忍全員、目の前にいるこの一人の忍によって殺されると・・・。泡沫うたかたは、迷いのない手つきで背に背負う忍刀を引き抜く。


一平いっぺい

「師匠!!!!ダメだ!!!人を殺しては!!!!」


 時を同じくして、連雨れんうは前を走る氷雨ひさめの背に背負われた時雨しぐれを見ていた。


 時雨しぐれは微動だにせず、全身から完全に生気を失っているように見えた。しかし、泡沫うたかたが印を結び、刀を抜く寸前で、瞳が一瞬大きく見開かれ、赤く光ったように見えた。すると、突然、


     ゴロゴロドカッン!!!!!


 大きな大木に雷が落ち、燃えながら倒れ、伊賀の忍の行く手を塞いだ。そして、突如として辺り一面真っ白になるくらいの大雨が振りだす。


 先頭を走っていたホタルが足を止めると同時に東の忍び達は、足を止めた。


一平いっぺい

「一体・・・これは・・・?」


【小波】

「カァー!カァー!」


 カラスがやって来て、時雨しぐれの上に止まった。泡沫うたかたは、手に持っていた刀をしまう。


泡沫うたかた

「・・・この雨なら、痕跡も残らないだろう。今のうちだ。早く行くぞ。」


 泡沫うたかたはいつものように淡々と言った。泡沫うたかたのその様子を見て、一平はふぅーと息を吐き、一安心した・・・。



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