第44話【紫雲という名づけられた少女】

ーーーーーーーその頃、城の外ではーーーーーーーー



 真っ白な霧の中、あちこちからクナイやら手裏剣が飛んで来る。この霧はかいの忍術によって出されたモノだ・・・。視界が悪く、氷雨ひさめは全神経を集中させて、辺りから飛んで来る忍び具のわずかな音をたよりに、ギリギリの所でかわしていた。


 そんな中、耳元で、ブーンという音がし、氷雨ひさめはその音目掛けて木刀を振るう。すると、何かが地面へと落ちた。


      ・・・これは・・・?


 氷雨ひさめは、海が霧を出してから、一歩も動かずその場にいた・・・。しかし、長時間の緊張からすでに疲れは、ピークだった・・・。


 はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・


 息を切らし、氷雨ひさめは、その場に片膝をつく。そんな氷雨ひさめの様子をまるで嘲笑うかのように霧の中からは、かいの声がどこからともなく聞こえ来る・・・。


かい

「・・・お前、弱すぎて話にならない。何が、で大丈夫だ。この濃い霧の中、怖くて一歩も動けないか・・・?」


 かいか少しずつこちらへ、近づいてくる音がする。しかし、氷雨ひさめは、一歩もその場から動かない。


 とうとう、かいは、氷雨ひさめの真後ろまで来ると、忍刀を真っ直ぐに氷雨ひさめの首につけた。



かい

「これで、終わりだよ・・・。安心しろ、お前の弟も時期に、お前に行くところに行くことになる・・・。」


 しかし、氷雨ひさめは、ニカっと笑い、振り向いてかいを見た。


氷雨ひさめ

「それは、どうかな?・・・」


 氷雨ひさめは、木刀を強く握りなおし、かい目掛けて一刀を振るう。かいは、ほぼ動かずにその木刀を避けた。


かい

「・・・やれやれ、馬鹿の一つ覚えだな。木刀一本で立ち向かって来るとは・・・。お前、大した忍術も使えないんだろう?そんなんじゃ、忍びとしては、クズなんだ・・・。」


 かいは、一歩後ろに下がり体制を整えようとする。しかしその時だった・・・


《キャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!》

 

 霧の中から少女の悲鳴が聞こえる。かいは驚いて悲鳴のした方を見た。


氷雨ひさめ

「・・・よし!」


 氷雨ひさめは、かいが怯んだその一瞬のうちに、かいの手に握られた忍び刀を、手で素早く叩き落とす。そして、がら空きになったかいの両腕をガッツリ掴んだ。


氷雨ひさめ】 

「おらぁ!くらえぇーい!あずまの里、伝統体術でんとうたいじゅつ前面ぜんめん頭突ずつきの術だぁー!こらぁ!」


 氷雨ひさめは、自分の頭を思いっきり、かいの頭にぶつけた。すると、かい脳震盪のうしんとうを起こしたのか、フラッと体が揺れる。氷雨ひさめは叫ぶ。


氷雨ひさめ

「今だぁーー!一平いっぺいーーー!!」


一平いっぺい

「おうよ!」


 一平いっぺいは、何やら目に見えぬ何かを素早く引っ張った。すると、かいの体は、動きを封じられその場にたおれこむ。


かい

「一体・・・何が、どうなっているんだ?」


 霧が晴れる・・・。見れば、近くで一人のクノイチ、紫雲しうんも倒れていた。


氷雨ひさめ

一平いっぺいとネネ特性の見えない頑丈な糸だぜ・・・。かいって言ったなお前。・・・言葉に騙されちゃいけねーよ?単に忍術勝負だけなら、お前の方が全然勝まさっていた・・・。


 見ての通り、俺達は、まだ大した忍術は使えねぇー。お前等みてぇーに、きり出したり、はちを操ったりなんて夢のまた夢だ・・・。


 んだからな、最初からお前達相手に俺一人で戦うわけねぇーだろが・・・。


 一平も一緒に戦っていたんだ・・・。この濃い霧に乗じて、一平はこの辺りに糸を飛ばしていた。俺がほとんど同じ場所にいたのは、この濃い霧で動けなかったんじゃねぇー。動かなかったんだ。この霧じゃ、お互いの場所なんて分かりやしねぇー。動いた先であいつの投げる糸に引っ掛かっちまうってこともあり得た・・・。


 それと、もう一つ・・・。


 さっき、耳元をブンブンと、何が飛んでるのかと思えば、季節外れの蜂だったぜ・・・。 俺は、そこにいるクノイチが時雨しぐれに蜂を放つところを見ていたしな。霧の中には、お前以外にも、敵がいるって分かったよ・・・。


 だから、じっとこいつらの糸にお前ら虫がかかるのを待ってたんだ・・・。」



 氷雨ひさめは、ゆっくりとしゃがみこみ、海と目をあわす。


「良いこと教えてやるよ・・・。忍、剣、体と、とつくものはこの世に沢山あるが、話術わじゅつって言うのも、立派なの1つだ。忍びが使うのは単に忍術だけじゃねぇーんだよ。バーーーーーーーーーカ。」

 

 ると、一平いっぺいが叫んだ。


一平いっぺい

時雨しぐれの脱出口も確保出来たぜ。小波さざなみが堀の向こうの木に糸をくくりつけた。後は時雨しぐれがこの糸に気づいて向こうから渡って来てくれれば、作戦成功だ!」


 小波さざなみが誇らしげにカァー!と鳴いた。氷雨ひさめは、海と紫雲を立ち上がって、見下ろす。


氷雨ひさめ

「さぁ、もう、観念するこったな・・・。弟は、返してもらう・・・。」


 しかし、かいは全く動揺を見せずに言う。


かい

「ふっ。バカだね。これで本当に僕を捕らえたつもりか?」


 かいは、全身に力を入れて、体に巻き付いた糸をゆるめなんとか隙間を作り抜け出だそうとする。それを一平いっぺいが必死に糸を引っ張って止める。


一平いっぺい

「くっそ、こいつ。なんちゅーバカ力してやがるんだ。」


 ホタルも必死に糸を掴み、引っ張る。細くて頑丈な糸はホタルの手に食い込み血が滲む・・・。


氷雨ひさめ

「バカはテメェーだ!それ以上抵抗すると、死ぬぞ!!」


 なんとか糸から抜け出そうとするかいの体にも糸は食い込み、体中から血が滲む・・・。しかし突然、海は抵抗するのをやめた。なぜなら、今、まさに自分の首に鋭いクナイが自分の首をかっきろうとしていたからだった・・・。


泡沫うたかた

「・・・動くな・・・。」


 泡沫うたかたの低く冷たい声が、響く・・・。


かい

「・・・戦火せんかおおかみ・・・。」


 かいは驚きのあまり、動けない。すると泡沫うたかたの後ろからひょっこりと、ネネが顔を覗かせた。


【ネネ】

「皆、お待たせ!」


一平いっぺい

「いやぁ~助かったぜ、ネネ!ありがとよ!さっすがオイラの・・・。オイラの・・・えぇっと・・・。」


 一平は顔を赤くして口ごもる。そんな一平を氷雨ひさめは冷たい目で見ると冷ややかな口調で言った。


氷雨ひさめ

「何、自分で言って、照れてんだよ。」


一平いっぺい

「いやぁー。へへへへ。」


一平は、照れ臭そうに頭をかく。すると、泡沫は、厳しい口調で言った。


泡沫うたかた

「お前ら、敵を前にして隙をを見せるな。とっとと、こいつら縛りやがれ!」


 その言葉に、びぐっとした4人は、急いでかい紫雲しうんを丈夫な縄で1人ずつ木に縛りあげた。


 氷雨ひさめは、ホタルの元へ駆け寄る。


氷雨ひさめ

「ホタル・・・。手、見せて見ろ。」


【ホタル】

「・・・大丈夫よ。大した怪我じゃないわ。」


 ホタルはそう言ったが、氷雨ひさめはホタルの手を見る。するとやはり血で滲んでいた。氷雨ひさめは、持っていた手拭いを割いてホタルの傷口に巻いた・・・。


【ホタル】

「ありがとう・・・。氷雨ひさめ様・・・。」


 すると、それを見ていた一平がピューと口笛を鳴らす。


【一平】

「お熱いことで、何よりですなぁ~。」


 一平はニヤニヤと笑みを浮かべて2人を見る。


氷雨ひさめ

「うっせぇーな。」


 一難去ったとホッとしたのか、一同はいつものように軽口を叩きあう。するとそんな中、縛られたクノイチは、今にも消えそうな声で言った・・・。








  ・・・アタイを殺しなよ・・・


 一瞬にして、その場の空気が変わり、その場にいた全員がそのクノイチを見た。


 少女は、物心つく前にこの伊賀の城へと連れて来られ、来る日も来る日も忍術という名の暗殺術を叩き込まれ、7才の時に初めて人を殺した・・・。


 年をとった老夫婦だった・・・。老夫婦が営んできた茶屋に、敵国の忍びや侍がよく立ち寄っていたことが上に知られていたそうだ。老夫婦は、その客達が敵国の者だと知らずに入れていたそうだったが、上はそれを信じず幼い少女と少年にその老夫婦を殺すようにと命令した。


 少女と少年は、両親に捨てられた孤児を装って、近づいた。老夫婦は、二人を引き取るお、2才年上の少年には、八雲(やくも、)そして、少女には紫雲しうんと名づけ、本当の孫のように可愛がった。



 しかし、ある日、紫雲しうんと八雲は老夫婦の飲む茶に毒を入れた。


 黒いアゲハチョウが、老夫婦の亡骸の回りをヒラヒラと、美しく舞う・・・。


 遺体となった二人の老夫婦を前に、少年はただその二人を見下ろしていた。しかし少女は、心に大きな傷を作り、ずっと泣き続けたそうだ・・・。


 その後、少女は多くの人を殺してきた。


 そして、もう、疲れてしまった・・・。



紫雲しうん

「アタイを・・・殺しなよ・・・。情けは、いらない・・・。」


 その場に静寂が落ちる・・・。なぜ自分達とさほど年齢が変わらないであろうこのクノイチの少女が、そんな残酷なことを言うのか・・・。あずまの者達には分からない。


    ・・・しかし・・・


 ・・・おいっ!そう呼ばれ、紫雲しうんは顔を上げる。するとそこには、氷雨ひさめと呼ばれた少年がアタシと目を会わすようにしゃがみこんでいた・・・。


氷雨ひさめ】 

「・・・殺せとか・・・。そんなこと悲しいこと言うなよ。・・・だってお前まだ生きてるんだから・・・。」


 氷雨ひさめとかいうガキは、悲しそうな顔をして、アタイの顔を覗きこんでこんでいた。


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