第42話【 もう一人の時雨 】

伊賀城近くに、泡沫うたかた一行は到着した。




 それは、時雨しぐれが連れ去れてすぐのこと・・・。



 泡沫うたかたは、三人に時雨しぐれの力について話すことにした・・・。泡沫うたかたは、時雨の力について、どこまで話すべきか考える。



 時雨しぐれの能力について、知っているのはごく一部の人間だけだった・・・。


 時雨しぐれの父で、東の里の長の一人、雲海うんかいの名を持つ、五月雨さみだれの話では、時雨しぐれの事情を知っているのは、ホタルの祖母であるあずま巫女みこのボタン様、時雨しぐれ氷雨ひさめの母である卯月うづき様、それと予言の巻物に書かれていることが読めてしまった俺だけ・・・。


 時雨しぐれは、きっと師走しわすによってある程度、自分の能力についてある程度聞かされているだろう・・・。


 しかし、本人さえ知らない事実をコイツらに話すわけにはいかない・・・。


 ましてや、双子の兄と弟が逆だったなんて、本人達が知ったら、一体どうなるだろうか・・・。


 氷雨ひさめは、ずっと時雨しぐれに劣等感を抱いて生きて来た。しかし、兄という立場だけは、絶対的なモノだった・・・。


 どんなに時雨しぐれよりも、勉学、剣術、忍術など、東の長に必要な能力が劣っていたとしても、長男という立場ゆえに、東の長(雲海うんかい)になるという未来は変わらない・・・。そして、あいつは、東の長である雲海うんかいの名を受け継ぐことを心から望んでいる・・。


 自分がもし、兄ではないという事実を知ったら・・・氷雨あいつ・・・壊れちまう・・・。



 そして、時雨しぐれ時雨しぐれだ・・・。あいつは、本当は長男として、里の長になる未来が約束されていた・・・。


 ・・・しかし・・・


 竜に選ばれモノとして重い宿命を背負ったことにより、無理矢理、双子は後に生まれた方を兄とするという、東の里の伝統をねじ曲げられ、弟として生きていかなくてはならなくなった・・・。しかも、それをやったのが実の父親っていうな・・・。


 あいつは、氷雨ひさめの手前、言葉にこそ出さないが、あいつが父親を見る目は、尊敬と、憧れで溢れている・・・。本当は、あいつ・・・。里の長になりたいんだ・・・。


 知らない方が良いこともある・・・。そういうことか・・・。


 それに・・・時雨の体が弱い理由なんて聞いたら、コイツらが心配するに決まっている・・・。時雨なら、体が弱い理由は絶対にコイツらに話さないだろう・・・。



 ・・・だが、については、その時が来たらコイツらは、嫌でも知ることになるだろう・・・。


 ・・・だが、まだ知らなくて良い、知ったところで、どうにもならないのだ・・・。予言とはそういうモノ・・・。なら、その時まで知らなくて良い・・・。


 ・・・しかし、時雨は今は師走しわすの手の中にある・・・。もし、師走が、について、知っていたら・・・。・・・・知らないでいることを、今は祈るしかない・・・。

 

 

 結果として、泡沫うたかたは、時雨しぐれが、本当は、双子の氷雨ひさめの弟ではなく、兄であり、長男として本流の村の長になるはずだった事実は伏せ、時雨しぐれの力に関しては、生まれながらにして竜の力を受け継いだということ・・・。


 そして、その力によって動物と会話ができたり、髪の色や目の色が違っていること、また、時として人知を越えて力を発揮することを話した。


 そして、そのことはごく一部の人間しか知らないということを話した。



氷雨ひさめ】 

時雨しぐれが・・・竜に選ばれしモノ・・・?」


【ホタル】

時雨しぐれ様は、普通の人ではなかったのね・・・。」


 その場に、静寂が落ちる。しかし、その静寂は、一瞬で終わった。


【ホタル】

時雨しぐれ様が、何か特別な力をもっていたとしても、時雨しぐれ様は、時雨しぐれ様よ・・・。」


泡沫うたかた

「・・・。このことは、誰にも言うなよ?俺の首が飛ぶ・・・。」


 泡沫の言葉に、その場にいた全員が、頷いた。


 一匹のカラスが飛んで来て、泡沫うたかたの肩に止まった。


泡沫うたかた】 

「小波が、時雨しぐれの元まで案内してくれる。今なら、まだ間に合う・・・。」



 小波は、空高く舞い上がり、時雨しぐれの元へ真っ直ぐへと飛んで行った。







 そこは、深い森の中に突如として現れた巨大な城の周りにひいくつもの屋敷が立ち並び、その周りは高い壁が取り囲まれ、そのさらに外側を深い堀で囲まれていた。泡沫うたかたは、城の周りの様子を見てくると言って消える。




氷雨ひさめ

「伊賀の国の回りがこんな深い堀で囲まれているとは思わなかったな。さて、時雨しぐれをどうやって、堀を抜けた俺たちのいるこっちの森まで渡らせるかだ。」


【ホタル】

「え、ええ。本当だわ。時雨しぐれ様でもこんな深くて幅もある堀越えられない。」


一平いっぺい

「ふふふ、まぁまぁ、下がっていたまえ。東の住人供よ。」



 一平いっぺいは、得意気にそう言うと目の前にいた、氷雨ひさめをどかし、前へと歩み出る。


氷雨ひさめ

「なんだと、てめぇ。」


 怒こる氷雨ひさめをよそに一平いっぺいは、自信まんまんに言う。


一平いっぺい

「まぁ、見てろよ。なぁ、ネネ。」


 そういって、一平いっぺいは得意気に忍装束の中から、何やら糸の束を取り出す。



氷雨ひさめ

「糸?そんなものをどうするつもりなんだよ?」


一平いっぺい

「ただの糸じゃねぇぜ。オイラ達、特性の見えない糸だ。しかもかなり丈夫たぜ。」


【ホタル】

「見えない糸?」


一平いっぺい

「そうさ。この糸は太陽の光を浴びると光に混じって人の目には見えないのさ。よし、小波、悪いがこれを堀を越えてある木にくくりつけて来てくれ。」


【カラス】

「カァー!」


 小波はそ一声鳴くと、糸の端を加えた。





 そんな時だった。近くの茂みから人の気配がした。氷雨ひさめは、懐から手裏剣を取り出して、素早く、その茂みに向かって投げた。


氷雨ひさめ

「そこにいるのは、分かっている。出てこい。」 



 氷雨ひさめは、腰から木刀を抜く。すると、観念したかのように、茂みの中から、少年が現れる。少年は、申し訳なさそうに氷雨ひさめの方を見ると言った。


時雨しぐれ

「やれやれ、死ぬところだったよ。氷雨ひさめ。」


 一同、騒然となる・・・。



【ホタル】

「えっ・・・?」


【ネネ】

時雨しぐれ様!」


一平いっぺい

時雨しぐれ?お前、どうやって堀を越えて?って、お前、塀越えられるのかよ・・・。まったく、せっかくオイラが特性の糸で・・・。」


 一平いっぺいの言葉が終わらないうちに、氷雨ひさめ時雨しぐれに向かって問答無用で手裏剣を投げた。しかし、それを時雨しぐれは、いとも簡単に避け見せる。それを見た、一平いっぺいとネネは、慌てた様子で叫ぶ。


【ネネ】

氷雨ひさめ様!」


一平いっぺい

「何してやがるんだ!氷雨ひさめ!血迷ったか?」


 一平いっぺいと、ネネが突然起こったことに驚きを隠せずにいると、ホタルは腰から鉄扇を取り出す。その姿を見てしても、一平いっぺいとネネには何が起こったの、分からない。ホタルは、静かに言った。


【ホタル】

「二人とも、あの人は時雨しぐれ様じゃないわ。」


 二人は、目を丸くする。すると、時雨しぐれは優しく笑った。


時雨しぐれ

「何故、分かったんだい・・・?」


 すると、氷雨ひさめは、不適に笑った。



氷雨ひさめ

「バーカ。お前、可愛げがねぇんだよ。双子でもなぁ、俺は兄貴なんでな・・・。そんでもって、あいつはお前と違って、礼儀正しい性格してんだよ・・・。あいつが、俺のこと、氷雨ひさめなんて、呼ぶわけねぇーだろうが・・・。」



時雨しぐれ

「なるほど、呼び方までは、情報がなかったな・・・。だが、あいつが、可愛い・・・?あの化け物が・・・?お前達も見ただろう?あの男の真の姿を・・・。」


 氷雨は、ふっと笑う・・・。


氷雨ひさめ

「何とでも言いやがれ。だが、お前達がなんと言おうと、あいつはただの心優しい家族思いの可愛い弟だ!」


 ふぅーんと目の前の時雨しぐれは言い、着物をはぐ。するとその着物の下から海が現れた。海は、冷酷な目を四人に向けると、冷たく言い放った。


かい

「悪いがここで全員死んでもらう。だが、その前に東の国がどこにあるのか、教えてもらおう。」


 

 氷雨ひさめは、真っ直ぐに海と向かい合う。そして言った。


氷雨ひさめ

「こいつの相手は俺がする。今、師匠は堀の周囲の調査に行ってて暫くは帰って来ない。ネネ、お前は、師匠を呼びに行ってくれ。ホタルは一平いっぺいの手伝いだ。結界、を張って自分達を守れ。」


【ホタル】

「でも、、、。氷雨ひさめ様一人で・・・。」


 ホタルの心配をよそに氷雨ひさめは、きっぱりと言い放つ。


氷雨ひさめ

「大丈夫だ、ホタル。弟が一人で見知らぬ敵国の中で戦ってるのに、俺がこいつから目を背ける分けにはいかねぇ。それに、将来東の国の長になり、皆を守っていく男が、敵を前にして逃げるわけにはいかねぇーんだよ。」


 ホタルは、氷雨ひさめの決意に何も言えなくなってしまうが、不安は消えなかった。


一平いっぺい

「大丈夫だ。ホタル、あいつはバカでどうしようもねぇーやつだけど、根性だけはあるからよ。」


 ホタルは、頷くと一平いっぺいと自分の回りに結界を張った。


 ホタルの結界は本当に綺麗な光を放つ。そうネネは思った。その結界の輝きはまるで、蛍の光のようだった。


【ネネ】

「それじゃあ、一平いっぺい様、アタシは、師匠を呼びに行ってくる。ここは頼みます。」


 ネネは、一平いっぺいにそう告げると、走り出した・・・。


一平いっぺい

「あぁ。頼む。」


 一平いっぺいは、自分にしか聞こえない声でそう呟いたのだった・・・。


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