第41話【 名もない少年 】

《・・・時雨よ・・・。時雨・・・。お前はまだ、ここで死んでもらっては、困まる・・・。起きるのだ・・・。時雨よ・・・。お前はまだ、やるべきことがあるだろう・・・。》



 誰の声だ・・・?低い声・・・。人間でも、獣の声でもないこの声が、語りかけて来る・・・。一体、どこから・・・?



 ずっと遠くで聞こえているような気もするし、もっと、ずっと近くで、聞こえているような気もする・・・。



 《・・・時雨・・・。起きるのだ・・・。起きろ・・・。その瞳を開けるのだ・・・。》



 あぁ・・・そうか・・・




 この声は、自分の中から聞こえてるんだ・・・。







 雲の隙間から出る太陽の光に照らされる中、時雨しぐれの髪の色が銀色から、黒髪へと変わっていく・・・。


 その様子にその場にいた者達は心を奪われていた。だから、気づかなかったのだ。時雨しぐれをつないでいた縄の一本が切れかかっていることに・・・。


 強い風が吹いた。その風が時雨しぐれをつないでいた綱を揺らし、そして・・・





      ・・・ブチッ・・・




      一本の綱を切った・・・。



 すると、目の前にいた少年は一瞬にして目を見開く。少年の目の色は、完全に澄むような青色から濃い茶色へと変わっており、銀色だった髪も、毛先数センチを残して黒髪へと変わっていた。


 死んだと思っていた少年が、突然に動き出した事実に、その場にいた者達は驚きのあまり、動けない。


 しまった・・・。師走しわすがそう思った時には、すでに遅かった。


 その場にいた者達は、時雨の綱に繋がれていない右足に真っ青な水の気が宿るのを見た。その水の気は、時雨の右足を取り巻くように回っている。時雨は、目に止まらぬ早さで、その右足で強く真下の祭壇を踏みつけた。


 すると、祭壇は時雨しぐれの踏みつけた所から真っ二つに割れた・・・。


 周りが騒然とする中、真っ二つに割れた祭壇の上で、ぐったりとし意識のない時雨しぐれの髪の色がみるみるうちに銀色へと戻っていった・・・。


師走しわす

「全く・・・。そうそう簡単には、渡してはくれぬということか・・・。」


 師走しわすは、憎らしげに言った。









 何か冷たい感覚がして、時雨しぐれは、ゆっくりと意識を取り戻す。見れば、自分は、真っ暗な冷たい部屋に、閉じ込められている。腕は、後ろで縛られているようだった。


 何があったのか、思い出す・・・。あぁ・・・。そうか、ワタシは、師走しわすと共にいたクノイチの蜂に刺されて・・・。


 それで、師走しわすにワタシの中にある竜の力とやらを取られそうになったのか・・・。


 そっかぁ・・・。ワタシは・・・。普通の人ではなかったんだなぁ・・・。


 心にキュッと冷たい何かが刺さるような気がした。しかし・・・今は、落ち込んでいる場合ではない・・・。


 時雨は、自分の状態をよく確認する。・・・縛られている手は、縄脱けの術でなんとかなるだろう。しかし・・・


       くっ・・・



 伊賀の忍の薬術をなめてたなと思う。体の痺れがひどかった・・・。恐らく、これはあのクノイチが放った蜂の毒によるものだ・・・。一体どんな薬をあの蜂に仕込んでいたのかとそんなことを考えていた時だった。



【少年】

「大丈夫ですか?」


 自分の隣から声がして、見てみると、そこには、一人の少年がいた。赤茶のハネた髪に若草色の着物を着ている。その少年は、自分同様、手首を後ろで手を縛られているようだった。


時雨しぐれ

「あぁ・・・。君は・・・。」


【少年】

「お、俺は・・・。その・・・。ここじゃない違う里から、捕まって・・・。」


 少年は、何か様子がおかしかった。


時雨しぐれ

「・・・そうなのか。一体、どこの里から・・・?」


【少年】

「えぇっと、それは・・・。そんなことよりも、にぃちゃんは・・・その、ここの忍・・・じゃ、ないだろう?ど、どこから来たんだ?」


 時雨しぐれは、何か気づいたように、ふっと笑う。


時雨しぐれ

「君・・・優しいんだね。」


【少年】

「えっ!?」


 時雨しぐれは、優しい口調で語りかける・・・。


時雨しぐれ

師走しわすにワタシから情報を引き出してこいと言われたんだね・・・。顔にそう書いてある。」


【少年】

「えっ・・・あっ、、。嘘?・・・ごめんなさい。弟が人質になっているんだ。」


 少年は、不安そうに下を向いてしまった。その姿を見て、時雨しぐれは優しく言う。


時雨しぐれ

「なるほど、それじゃあ弟を助けないとね。」


【少年】

「助けてくれるの?」


時雨しぐれ

「うん。もちろんだよ。君の名前は?それと、年はいくつだい?」


 時雨しぐれは、優しく笑う。しかし、少年は、少し困った表情をした・・・。


【少年】

「俺は、6才、弟はまだ、1才になってない。名前は、ないんだ。伊賀の人間は、忍の任務の度に偽名を使うからさ。上の方になれば、ちゃんと名前つけてもらえるんだけど、俺まだ、下忍にもなってないから、無いんだ・・・。にぃちゃんの好きなように呼んでくれよ。」


 少年は、少し期待のこもった目で時雨しぐれを見る。時雨しぐれは、どうしたものかと少し悩んだが、ふと思いついた名前を言ってみる。


時雨しぐれ

「・・・じゃあ、連雨れんうでどうだろう?」


連雨れんう

「うん!いいよ!でも雨の名前って珍しいな。」


時雨しぐれ

「ワタシの里は良い雨がふる里で、雨の名をつけるのは縁起が良いんだ。ワタシの名前も時雨しぐれという。それじゃあ、れん、そういうわけだ。一緒にここから出よう。」


 え?どうやって?と驚き混じりに聞く連雨れんうをよそに時雨しぐれは、あっという間に縄をほどいて見せた。その後素早く、連雨れんうの縄もほどく。


連雨れんう

時雨しぐれのにぃちゃんは、スゴいな!」


 時雨しぐれは、連雨れんうを背負うと自分と連雨れんうをヒモで縛る。


時雨しぐれ

「すまない・・・れん。ワタシは今、体がしびれていて・・・。できれば、戦闘はせずして、ここを脱出したいんだ・・・だから、もし襲われた時のために、れん、しっかりワタシに捕まっておいで。」


連雨れんう

「おぅ!オレは大丈夫。にぃちゃんは、自分のことに集中してくれ。」


 時雨しぐれは、頷くと手首から針金を取り出し鍵穴に入れると牢の扉が開く。時雨しぐれは、辺りを見渡すと、静かに牢屋を抜け出した。


時雨しぐれ

連雨れんう、お前、何か師走しわすからワタシについて、聞いてるかい?」


連雨れんう

「えぇっと。にぃちゃんは、竜に選ばれた人で、不思議な力が使えるんだって。それで師走しわす様は、にぃちゃんのその力を奪おうとしてる。それに、東の国をこの伊賀の国の領土にしたがってて、オレに、東の国の場所をにぃちゃんから、聞き出すようにって言われたんだ。」


 時雨しぐれは少しほっとした・・・。師走しわすは、この少年を使ってワタシから東の里の場所を聞き出そうとした。ということは・・・。


時雨しぐれ

「なるほど、ということは師走しわすはまだ、東の村がどこにあるのか知らないんだな。連、弟はどこにいるとか、聞いているか?」


 時雨しぐれは、誰もいない廊下を歩きながら、小声で連雨れんうに聞く。すると、連雨れんうも小声で答えた。



連雨れんう

「うん、この屋敷の隣にある屋敷にいるってこの間その屋敷に忍び込んだときに聞いたんだ。」


 時雨しぐれは、廊下を真っ直ぐに行くと、外が見えた。どうやら、ここは屋敷の二階らしい。時雨しぐれは、廊下からそのまま二階から一階の屋根へ降りると、すぐ隣にあった屋敷へと飛び移った。


 辺りをよく確認し、誰もいないことを確かめると、その屋敷へと忍びこむ・・・。



時雨しぐれ

「よし。連、弟は、ここの屋敷にいるんだね。でもそしたら、お前の両親はどこにいるんだい?」


連雨れんう

「分からない。一週間前に弟を人質にとられて、父ちゃんた母ちゃんにどっかの村を壊滅させて来いって、師走しわすさんが命令したんだ。それで、オレは伊賀にいて、父ちゃんと母ちゃんの帰りを待ってた時に、にぃちゃんから情報をとる任務をさせられることになったんだ。」


時雨しぐれ

「そうか。なにはともあれ、まずは弟を・・・。」


 時雨しぐれは長く薄暗い廊下を立ち止まる。連雨れんうはどうしたのかと、声をかけるが時雨しぐれは、おもむろに壁に手をつけると、壁だと思っていた所は、隠し扉になっていた。扉の向こうは、部屋になっており、厳重に保管された、書物や巻物が並べられていた。


連雨れんう

「にぃちゃん、これは一体なんなんだい?」


時雨しぐれ

「他国の秘密情報だ。戦をして、他国を自分の国の領土にしようと、あらゆる情報をかき集めたんだろう。」


 その中で、時雨しぐれは1つの巻物を手にする。その巻物には、あずまの国の機密文書と書かれていた。時雨しぐれは、その巻物を開いた。


連雨れんう

「にぃちゃん、どうしたんだ?その巻物は・・・。」


 連雨れんうは、時雨しぐれがその巻物を見て、ひどく驚いている姿を見て、声をかける。


時雨しぐれ

「あっ・・・あぁ。なんでもないよ。」


 時雨しぐれは、その巻物を懐にしまいこんだ。ここの部屋は、他の国のためにも、燃やしてしまおう。時雨しぐれは、懐から、なにやら取り出す。


連雨れんう

「なんだいそれは?」


時雨しぐれ

「ワタシの仲間が作った。特性の爆弾だよ。」


 時雨しぐれは、その爆弾を部屋のすみに仕掛ける。


時雨しぐれ

「この爆弾は、爆発するまでに時間がかかるんだ。大体、1時間くらい。その間に弟と、両親を見つけなきゃな。それで、皆揃って東の里に来ると良い・・・。」


連雨れんう

「え?良いの?俺達も行って・・・。」


 時雨しぐれは優しく笑って言う。


時雨しぐれ

「もちろんだよ。東の里は、争いの無い、良いところだぞ。きっと連達も気に入ってくれると思う。」


 時雨しぐれがそう言うと、連雨れんうはとても嬉しそうに笑った。

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