第36話【時の雨と氷の雨、それぞれの雨の優しさを知って・・・。】

・・・暖かな日差しが差し込む。時雨しぐれは目を覚ます。嵐は去ったようだった。あたりを見渡せば、ネネが薬草をすっていた。時雨しぐれは、飛び起きる。


時雨しぐれ

「ネネ・・・。皆は?葉姫様はどうした?」


 ネネは、時雨しぐれに気づくと申しなけなさそうな表情をしていた。







子の刻。ホタルは、城の最上階の葉姫の部屋から、外の月を眺めていた。ドアを叩く音がし、返事をする。


氷雨ひさめ

「ホタル、大丈夫か?」


【ホタル】

氷雨ひさめ様?」


 声が小さくて、一瞬誰だか分からなかったが、どうやら氷雨ひさめのようだった。


【ホタル】

「えぇ・・・。今のところ、問題ないわ。」


氷雨ひさめ

「そうか・・・。もし、何かあったら、すぐに言えよ。俺が必ず、お前を護る・・・。」


【ホタル】

「うん・・・。ありがとう・・・。氷雨ひさめ様・・・。」


 時雨しぐれ様が倒れ、師匠の消息も分からない。それは、二人が姫様を城へお連れするという任務遂行が困難になったことを示していた。私達は、なんとか任務を遂行できないかと考え、ネネちゃんを一人時雨しぐれの側につかせ、一平いっぺい様、氷雨ひさめ様、そしめ、私で姫様を城にお連れすることにした。


 無事に任務は遂行したかに思えたのだか・・・。普段城の敬語にあたっていた兵士達が、長きに渡った戦からまだ帰って来ていないとのことで、城の守りは弱く急遽、私たち三人で姫様の警護にあたることになった。そして、私は姫様に瓜二つとのことで、影武者として姫様の部屋で城の兵士達が帰って来るまで、過ごすこととなった。


 城の屋根ほ上では、一平いっぺい様が。そして、部屋の外では氷雨ひさめ様が、私の警護についている。


 氷雨ひさめ様は、こまめに私の心配をしてか、部屋と廊下を、仕切る障子ごしに声をかけて来てくれる。

時雨しぐれ様を探して森の中をかけている途中に木の枝が落ちて来たときも、身をていして私を護ってくれた。そんな氷雨ひさめ様を見ていると、心がぎゅっと痛くなる。申し訳ない気持ちでいっぱいになり、自分で自分のことが嫌になる。


 でも、私は知ってしまっている。皆の前では、ずっと優しい笑顔を向けているあの人が、誰もいないところで、毎日顔を洗おうと桶の水に映る自分の姿を見て、悲しそうな顔をしていることに・・・。


 体が弱くて、すぐに体を壊してしまうあの人が、寒い夜の森に私を探しに来て、私の心を救ってくれた優しさに、あの人は見た目や普通の人とは違う能力に、きっとずっと一人で悩んでいた・・・。


 あるとき、道で出会った山賊に化け物だと言われたあの人の一瞬見せた悲しそうな顔を今でも、忘れられない・・・。私達には分からない、苦しみ葛藤があの人の中にある・・・・・・。でも、それでもあの人は、笑う・・・。皆に、笑っていて欲しいから。皆に幸せでいて欲しいから。自分の中にある悲しみや苦しみは、絶対に見せない・・・・・・。

強くて、優しくて、そして、寂しいあの人の本当の姿を私は知ってしまっている・・・・・・。




  ・・・・・・。時雨しぐれ様・・・・・・。


 夜空に浮かぶ満月を見て、誰にも聞こえない、ただ自分だけが聞こえるか聞こえないかの声で、漏れてしまったあの人の名前・・・。


 熱は下がっただろうか・・・。



 まだ日も上がらぬ明け方。ホタルは、何やらただならぬ気配を感じて目を覚ます。すると、自分の上に見知らぬ忍び装束を来た男が覆い被さるように自分のお腹の上にいるではないか。ホタルはとっさに布団から出ようとするが時すでに遅し、その男にものすごい勢いで首を掴まれる。空気が吸えず、声もだすことが出来ない。


【忍】

「可愛そうに。眠っていたら、毒で楽に殺してやったのにな。起きてしまったのなら、こまま首を絞めて殺してやろう。」


必死の抵抗虚しく、どんどん目の前が暗くなっていく。このまま死ぬのだろうか?そんなことを思った時だった。


氷雨ひさめ

「ホタル!」


氷雨ひさめ、その男に向かって木刀を振るう。その瞬間、忍はホタルの首から手を離した。


氷雨ひさめ

「ホタル!大丈夫か!?」


ゲホッゲホッゲホッ・・・。

むせるホタルの背を氷雨ひさめは、優しくさすった。


【忍】

「ホタル?ふん、なるほど、その女は、葉姫ではないのか・・・。」


 時雨しぐれはホタルを抱えて、部屋の隅に寄り忍と距離をとる。月明かりに照らされたその顔は、左額から、右の頬にかけての一字傷。冷酷な瞳と不適な笑み。その男は、人の血で真っ赤に染まった草原に同じようになんの意思も持たない虚ろな表情をした少年と共に立っていた。そして、今、その男は自分達の元に再び、現れたのだ。


氷雨ひさめ

「お前は!一年前、古戦場後で会った、、、。」


 師走しわすは、冷徹な目を向け、何かを見定めるようにギラギラ目が光る。



師走しわす

「あの時の小僧か。あの時はちゃんと名乗っていなかったな。俺は伊賀の師走しわすだ。以後お見知りおきを。東の国、長五月雨の長男、東氷雨ひさめ。」



 自分のことをこいつは知っているのか?こいつと会ったのは、あの古戦場で会った一度きり。あの時は、名前を教えてなどいなかった。


氷雨ひさめ

「お前、なぜそれを?」


師走しわす

「これでも、忍なんでね。情報収集には、たけている。」


 師走しわすはさらっと言った。氷雨ひさめは、伊賀の忍びの恐ろしさを感じた。東の里の場所は極秘・・・。どこまで、こいつにバレているのだろうか?


師走しわす

「それよりも。弟はどうした・・・?ここ一年、お前の弟を探していた・・・。」


 時雨しぐれを探していた?ここ一年・・・。ということはまだ東の里の場所は割れていないということ。氷雨ひさめは、ふぅーと息を吐いた。


氷雨ひさめ

「・・・なんだと?」


師走しわす

「お前、自分の弟が人とは違うと思ったことはないな?銀色の髪に、青い目、それに普通の人にはない人間離れした、身体能力。それに、動物とも会話できる・・・。しかし、お前の弟は隠しているだけで、それ以上の能力を持っている・・・。お前の弟は、人間でありながらの化け物だ。お前達の手には追えないだろう。俺が引き取ってやる。弟を出せ。」



氷雨ひさめ

「何を言ってやがる!あいつは、化け物なんかじゃねぇー!!!俺の大切な、弟だ!ここに弟はいない!とっとと国に帰りやがれ!」



師走しわす

「大切な弟?・・・何言ってやがる?笑わせるな!お前のような男はよく見てきた。無能で、頭も悪く、努力をすればいつかそれが実を結ぶと信じている愚か者だ。」


 なんなんだコイツは・・・。自分の心の奥底の深い部分にある黒い部分をつつかれた気持ちになる。


氷雨ひさめ

「やめろ・・・。」


師走しわす

「弟に何一つ勝てず、努力しても努力しても届かない。そんな弟をいつしかお前は、疎ましく思っていた・・・!」


氷雨ひさめ

「やめろ・・・。」


 体が震える・・・。


師走しわす

「なぜ自分ではないのかと、なぜ自分ではいけないとかと・・・。お前は、ずっと弟を殺したくて仕方が無かった!!!!!!!!!!!!!!」


 心の中から黒い何かが吹き出してきたようだ。


氷雨ひさめ

「やめろー!!!!!!!!!!!!!!!!」


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