【第8章】伊賀の国~時雨の隠された力~

第35話【・・・声・・・】

葉姫ようひめは、ホタルが作ったオニギリを美味しそうに食べながら言う。


葉姫ようひめ

「このオニギリを、作られた方は、時雨しぐれ殿のことを心から思っておられるのですね・・・。優しく、あたたかい味がいたします。」



時雨しぐれ

「・・・。優しくあたたかい・・・ですか?」


 時雨しぐれは、くらくらする視界で倒れそうになるのを必死にこらえながら言った。




葉姫ようひめ

「・・・はい。この方は、きっと時雨しぐれ様のことを、お慕いしておられるですよ。」


時雨しぐれ

「・・・慕う?・・・ですか・・・。」


 ハァ・・・。ハァ・・・。息が切れる。この感覚は今まで幾度となくあじわって来た・・・。しまった・・・。このままでは・・・。頭が締め付けられるように痛む・・・。目の前にいる、葉姫ようひめが、かすんでいく・・・。



葉姫ようひめ

時雨しぐれ殿は、この方のことをどう思って・・・。」



     ・・・バタンッ・・・



 完全に自分の体を支えられなくなった時雨しぐれは、その場に倒れこんでしまう。葉姫ようひめが自分の名を呼んでいる・・・。


 起きなくては・・・。時雨しぐれはそう思うのだが、結局その思いとは裏腹にそのまま意識を失ってしまった。














 嵐吹き荒れる中、扉を何かが叩く音がしてホタルは目を目をさます。カァー!!!カァー!!!

扉の外には小波さざなみが慌てた様子でいた。


【ホタル】

小波さざなみ!どうしたの?まさか、時雨しぐれ様達に何かあったんじゃ!」


 隣で寝ていたネネも、騒ぎに気づいて起き上がる。


【ネネ】

「・・・ホタルちゃん、どうしたの?」


【ホタル】

小波さざなみが一人で帰って来たの・・・。小波さざなみ時雨しぐれ様と、師匠は、どうしたの・・・?」



カァー!!!カァー!!!カァー!!!カァー!!!!!!


 小波さざなみは、けたたましく鳴き続ける。


【ホタル】

「きっと二人に何か、あったんだわ!」


【ネネ】

「えっ!!!待ってて!アタシ、一平いっぺい様と、氷雨ひさめ様、起こして来る!!」


 ネネは、一平いっぺい氷雨ひさめを起こしに隣の小屋まで行く。ホタルは忍装束に着替えながら、すると、ネネは一平いっぺい氷雨ひさめを起こしてやって来た。全員揃って身支度を整えるのにそんな時間はかから無かった。


氷雨ひさめ

小波さざなみ・・・。時雨しぐれと師匠に何かあったって、本当か?」


 小波さざなみは、カァー!!!と強く鳴いた。


一平いっぺい

「一体、二人は今どこにいるんだ・・・。」


 ホタル懐から、一枚の札を出しそこに時雨しぐれの名を書き記す。そして8枚に千切ると手の中に入れ印を結んだ。




【ホタル】

「・・・妖法忍術ようほうにんじゅつ・・・螢火ほたるびの術・・・」




 ホタルは手の中の粉々になった札をふぅ~と吹く。するとそのバラバラになった札はまるで蛍のような小さな黄色い光を放ち、嵐の中を飛び立った。


【ホタル】

小波さざなみ、疲れていたら、あなたはこの小屋で舞っていても良いのよ・・・。後は私達に任せて・・・。」


 小波さざなみは、首を横に振る。


【ホタル】

「そう、分かったわ・・・。」


 ホタルは、そう言うと皆の方を見て言う。


【ホタル】

「・・・今、螢火の術を使ったわ・・・。あの黄色い光の方向に時雨しぐれ様達がいる・・・。」


氷雨ひさめ

「よし!出発だ!」


 4人と1匹は夜の嵐の中に飛び出した。真っ暗な森の中をひたすら黄色い光を追って走る。風が横に上に自分達を襲う。地面はぐちゃぐちゃで、今にも足をとられそうだった。


【ホタル】

「皆!大丈夫!?」


・・・・・・と、その時だった。




氷雨ひさめ

「ホタル!危ないっ!!!!!」


 見れば、嵐の暴風によって折られた木がホタル目掛けて、すごい速度で落ちてきたのだ。


 氷雨ひさめは、木の下敷きになりそうだったホタルを身一つで飛び込み、間一髪のところで助けた。


氷雨ひさめ

「くっ・・・・・・。」


 氷雨ひさめは、左腕を一瞬押さえる。


【ホタル】

氷雨ひさめ様!大丈夫?助けてくれて・・・ありがとう。」


 ホタルが心配そうに氷雨ひさめの腕を見る。しかし、氷雨ひさめは、罰が悪そうに顔を背けてしまった。


氷雨ひさめ

「お、おぅ・・・。大丈夫だ。礼はいらねぇー。急ごう。










  ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・






 熱にうなされて、夢なのか・・・現実なのか・・・分からない・・・。真っ暗な森の中をただ、何人もの人間がひたすら走っている・・・。




 彼等は、誰かを探しているのだろうか・・・?


 誰かの名前を叫んでいる。誰だろう・・・?



 どんどん近づいて来る・・・。


・・・・・・れ!!・・・・・ぐれ!!しぐれ・・・しぐれ!!・・・時雨しぐれ・・・!!!


・・・あれ?名前・・・呼ばれてるのか?


 ・・・兄上・・・ホタル・・・一平いっぺい・・・ネネ・・・小波さざなみ・・・。皆の声が聞こえる。




 ・・・時雨しぐれ・・・時雨しぐれ様・・・時雨しぐれ・・・時雨しぐれ

時雨しぐれ・・・。




 ・・・起きるのだ・・・時雨しぐれよ・・・

  ・・・だれの声だ?・・・


 一人だけ、分からない・・・。この太くて低い、この声は一体? ワタシは誰に呼ばれたんだ・・・?

   



 目を開ける。そこには、ホタルと氷雨ひさめの姿があった。ホタルは、氷雨ひさめの左腕に包帯を巻いていた。


時雨しぐれ

「二人とも・・・。なぜ、ここに・・・?」


 虚ろな眼差しで二人を見つめる。


【ホタル】

「良かった・・・。時雨しぐれ様、目が覚めたのね。薬、もうできるから、大人しくしていてね。今、ネネちゃんと、一平いっぺい様が敵がいないか偵察に行ってくれてる。安心して休んでて良いのよ。姫様も私と氷雨ひさめ様でお守りするわ・・。」


 すると、近くにいた葉姫ようひめ様は弱々しく申し訳なさそうな声色で言う。


葉姫ようひめ

「ごめんなさい。わたくしのせいで、こんなことになってしまって・・・。」


 姫は、丁寧に頭を下げた。息が切れて重い体に力を入れる。ぐらぐらと揺れる視界の中、頭をゆっくりと動かして姫様の方を向く。


時雨しぐれ

「はぁ・・・はぁ・・・姫様・・・。謝らないで・・・ください。謝らなくてはならないのは、ワタシです。申し訳ございません。少し・・・。城に着くのが遅くなってしまいます・・・。」



葉姫ようひめ

「良いのです。どうか、時雨しぐれ殿は、ゆっくりと体をお休めください。あなた様は、命の恩人です。もう、わたくしは大丈夫ですから・・・。」


時雨しぐれ

「そういうわけには・・・。」


 時雨しぐれは起き上がろうとするが、体に力が入らず地面から、体を起き上がらすことができない。


こんなところで・・・。意識を保たなくては・・・。時雨しぐれは必死に体に力をこめようとするのだが、言うことをきいてくれない。ホタルは、薬を持って来て、ワタシの体を支えると飲むように言った。


【ホタル】

時雨しぐれ様。これを飲んで・・・。」


 ホタルは、大きな葉に乗せた薬をワタシに飲ませる。その薬を飲み終わると、必死に保っていた意識がどんどん闇へと引き戻されてしまう。




・・・大丈夫よ・・・時雨しぐれ様・・・




 意識が再び闇に落ちる瞬間、ホタル声が聞こえた気がした。

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