第33話【布団の中でのコソコソ話・・・。】

泡沫うたかた

時雨しぐれ。仕事だ。明日の明け方明石城あけいしじょうに向かう。用意しとけ。」


時雨しぐれ

「・・・はい。」


 夜明け・・・。泡沫うたかたは、肩に小波をのせて小屋を出ようとする。小屋の入り口で、薪をもったホタルと会った。


時雨しぐれ

「おはよう。ホタル。」


【ホタル】

「おはよう。時雨しぐれ様。任務、頑張ってね。」


時雨しぐれ

「あぁ・・・ありがとう、ホタル。そうそう、今日は夜嵐が来るみたいだから、夜は小屋から出てはいけないよ。」


【ホタル】

「嵐が・・・?」


時雨しぐれ

「あぁ。森の動物達が騒いでいるんだ。安全な所へ逃げろってね。それじゃあ、皆にもそう伝えておいておくれ・・・」


【ホタル】 

「うん。分かったわ。時雨しぐれ様、小波、いってらっしゃい。」


 小波が、カァーと鳴き、時雨しぐれはいってきます。と笑顔で言うと泡沫うたかたと共に、小屋を去った。ホタルは時雨しぐれの後ろ姿をいつまでも見送っていた。


 ネネは、そんなホタルの様子を見て、なんと声をかけたら良いのか分からず、今日まできてしまった。



   ・・・・・・夕方・・・・・・


 風がだんだん強くなっていき、ガタガタと小屋を揺らした。夜ご飯を食べた一平、氷雨ひさめ、ホタル、ネネは、それぞれが思い思いに忍具の手入れをしたり、お風呂に入ったりとしながら、時間をつぶし、いつもよりも早く布団に入った。大月山での小屋は二つあり、炊事を行う少し大き目の小屋と、もう一つ隣に小さな小屋がある。男子は人数が多いため、その炊事を行う小屋の方で眠り、女子は隣の小さい小屋で寝ていた。小屋どおしは近接しており、耳をすませば、隣で何を話しているか分かるくらいだ。そして、大月山の夜はとても静かなため、いつも余計なことは話さないように各々は気をつけていた。しかし、今日は嵐で外は風の音がうるさくて、声が隣の小屋にまで届くことはないだろう。布団の中に入ったネネは、隣で寝ているホタルに声をかける。


【ネネ】

「・・・ホタルちゃん、アタシ、これ聞いて良いのか、分からなくて今まで聞いて来なかったんだけど・・・。」


【ホタル】

「うん?なぁに?」


【ネネ】

「ホタルちゃんってさ・・・時雨しぐれ様のこと、どう思ってるの・・・?」


【ホタル】

「・・・えっ!?」


 ホタルは、ひどく驚いたようだった。ネネはホタルから何?言ってるの~?と笑いながら問いかけて来るのを予想していたが、ホタルはその後、暫く黙りこんでしまう。二人の間に沈黙が訪れる・・・。ネネ慌ててその場を繕おうとして言った。


【ネネ】

「あっ、いや、えーとね。なんて言うかその・・・。氷雨ひさめ様よりも、時雨しぐれ様の方がしっかりしてて、優しいっていうかその・・・ね!・・・えへへ」


【ホタル】

「・・・。何言ってるの?ネネちゃん。私は、氷雨ひさめ様の許嫁よ。」


 ホタルは、予想していたよりも穏やかな口調で言い、暗くて分からないがどこか優しげに笑ってるように思えた。


【ネネ】

「そ、そうだよね・・・。アタシったら何言ってるのかな。アハハハ・・・」


【ホタル】

「・・・うん。私は、氷雨ひさめ様の許嫁。だから、時雨しぐれ様は私にとって、ただの幼なじみ・・・よ・・・。」

 

 ホタルの声音が一瞬、ほんの一瞬、悲しげに聞こえる。


【ネネ】

「ホタルちゃん・・・?」


【ホタル】

「ネネちゃんは、一平様のこと・・・好き?」

 

 ホタルは明るい口調で聞いてきた。


【ネネ】

「え?そりゃあ、もちろん・・・。大好き・・・」


 ネネは、余計なことをホタルに聞いてしまったと思った。そのため、ホタルの質問に何事なかったかのように、答えようとしたのだが、言葉尻で不安そうな声になってしまった・・・。





  ・・・・・・大好き・・・・・・・・・





 この言葉を口に出したネネは、自分の一平に対する気持ちを改めて自覚する。しかし、それと同時にあの時の記憶がよみがえってきてしまう。自分のせいで死んでしまった一平の姉、雨花うくわ、そして兄の夜雨よさめ。あの二人だってたった一人の弟の一平のことん可愛がっていた。一平だって、世界で一人だけの兄と姉のことをが大好きだった。それにも関わらず自分はそれを壊してしまった。そんな自分が、果たして彼のことを大好きなどと言って良いのだろうか・・・?




【ホタル】

「ネネちゃん・・・?」  


 ホタルは心配そうに聞いてきた。


【ネネ】

「え?あぁ・・・そ、そりゃあ、アタシは一平様の許嫁なんだから、嫌いなわけないじゃない・・・」


 彼を好きになれば、なるほど自分のことが嫌いになる。この気持ちをどうしたらいいのだろう?

誰にも言えないこの気持ちをどこにしまえばいいのだろう?



【ホタル】

「ネネちゃん・・・。」


【ネネ】

「え?何、ホタルちゃん・・・。」


【ホタル】

「何か、辛いことでも・・・あったの?」


【ネネ】

「えぇ・・・・・・!?!?!?!?」


 ホタルは、心配そうな口調で聞いてくる。ホタルの確信をつくような問いかけにネネは、涙が出てきてしまった。


【ネネ】

「あれ・・・。おかしいな・・・。うぅ・・・。うぅ・・・。ごめんね。アタシ、ちょっと今日疲れちゃってるみたい・・・。」


 ホタルは、そっか・・・。と一言だけつぶやくと、その後は何も言わずネネが泣き止むまで、ネネの背中を布団の上から、ポンッポンッと、まるで赤子をあやすように優しくたたき続ける。どれくらい泣き続けたのだろうか、ネネは息を整えてホタルに言った。



【ネネ】

「・・・ありがとう。ホタルちゃん・・・。」


 ホタルは、ポンッポンッとし続けた手をゆっくり止めた。



【ホタル】

「・・・いいの。だって私たち、友達じゃない・・・。」


 ホタルは、ネネになぜ泣いたのかと聞くことは無かった。ネネは、ホタルのその態度がとても、嬉しかった。今は正直、ホタルにすらすらとあのことを話せるほど、自分はまだ強くないと分かっていたから・・・。だから、今、自分がホタルに言えることはたった一言。


【ネネ】

「・・・ホタルちゃんが、アタシの友達で本当に良かった・・・。おやすみなさい。」


【ホタル】

「・・・おやすみなさい。明日は、久しぶりに一緒に温泉にでも行きましょう?」


 ホタルはいつもと変わらない様子で言った。


【ネネ】

「・・・うん。」


 夜は深まり、二人は、眠りについたのだった。

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