第32話【ホタルと怪しい夜の森 後編】

時雨しぐれ

「ホタル、少し歩こうか。」


 時雨しぐれはふいにこっちを見て言う。時雨しぐれはそう言うと歩き始める。時雨しぐれの前を、その人のようなモノ達が歩いていく。私は、時雨しぐれの後ろをく離れないようにしてついて行く。すると、提灯の数がどんどん増えて行き、屋台のような建物が見えてくる。屋台の中にいる亭主は、やはりどこか人とは違うモノのように思えたが、屋台が並び、小さいモノから大きいモノまで、その人のようなモノ達はどこか嬉しそうに屋台のおでんやあめ玉を食べたり、話をしていた。怖いモノはここにはいない・・・。そう思った。しかし、よく見れば屋台の裏で、唯一、真っ黒な着物に頭巾を被って、顔が見えないような不気味なモノもいることに気づく。そのモノは、どこかこの祭りにはふさわしくないような嫌な感じがした・・・。


時雨しぐれ

「ホタル・・・。怖がらないで。」


 時雨しぐれ様は、私の方を向かないでそう言った。


時雨しぐれ

「ここにいる人達はね。八百万の神々と、志半ばで亡くなった人達の霊だ・・・。戦、飢餓、病気、どうして亡くなったのか、それは人それぞれ違うみたいだけど、そういった人達のために、この八百万の神々はやって来て祭りを開いてるんだ。ちゃんと成仏できるようにね・・・。最後に楽しい思い出を作ってあげてるのかも知れない・・・。だが、神々と言っても、それぞれだ。良き神も入れば、悪しき神もいる。ホタル・・・。今日は良いけれど、神の森に安易に近づいてはいけないよ。」


・・・オンギャー・・・オンギャー・・・


 どこからか、赤ちゃんの声が聞こえる。私は、足を止めて、後ろを振り返れば優しげな顔をし、白い衣を羽織った青年が赤ん坊をあやしている。その青年は、優しげな音色で縦笛を吹き、よく見れば、その青年の足元には何人もの赤ん坊がニコニコとその青年の足にしがみついていた。


 時雨しぐれは、その青年に軽く会釈をする。


時雨しぐれ

「あの人は、赤子蔵子あかごぞうし。一般的に妖怪タタリモッケと言われる神だ。ああして、亡くなった赤ん坊をあやしなぐさめ、あの世に送っている。」


 私は、さっき聞こえた笛はこの人のモノだったんだと少し、暖かい気持ちになった。その後も、私達は、どんどん祭りの中を進んで行く。そこへ、一羽のカラスがどこからともなく飛んでくる。カラスが時雨しぐれの肩に止まると時雨しぐれ様は優しく撫でた。時雨しぐれ時雨しぐれの前を行く人のようなモノ達も心なしか、そのカラスを可愛がっているかのようだった。そして、そのまま時雨しぐれ様とカラスは人のようなモノ達にこちらへ・・・こちらへ・・・と言われているかのようにどんどん祭りの中を進んで行く。前に


 なぜだろうか・・・


 自分の眼前なある時雨しぐれの背中は、自分のすぐ目の前なあるはずなのに、どこか遠くにあるような、そんな気がした。それに気づいたとたん、なんだか自分の足が重たくなり、一歩、一歩進むごとに何かが足にまとわりついていくかのように進まなくなる。


・・・ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・


 息が切れる・・・。時雨しぐれ様は、私の異変に気づかないのか、どんどん進んで行ってしまう。


 ・・・時雨しぐれ様・・・待って!・・・置いて行かないで・・・!!!!時雨しぐれ様・・・!!!!


 あれ?声が出ない?どうして・・・時雨しぐれは後ろを振り返らず、進んで行く。


・・・時雨しぐれ様!!!待って!!!時雨しぐれ様!!!・・・


 私の叫びは、彼には届かない。そして、とうとう時雨しぐれ様の姿は祭りの中を行き交う人のようなモノ達の中に消えてしまった。そして、私の足は完全に動くかすことができないくらいに重くなり、腕は石のように固まり動かなくなる。前にも、後ろにも動けなくなってしまった。私はとうして良いのか、分からずその場に呆然と立ち尽くす。


・・・チャリン・・・チャリン・・・何かが私に近づいて来る。周りから音が消え、クサリの音だけが、私の頭にこだまする。


 足元を見れば、黒いクサリが何やら蛇のように、うごめいている。


 体が震えて動けない・・・。何かが私に近づいて来る。体は動かせないはずなのに、意思とは関係なしに自分の首はゆっくりと、右に向いていくと、自分の右肩に傷だらけの男の手が乗っていた。





  ・・・・・・や、やめて・・・・・・





 私は、心の中で叫ぶ。すると、ゆっくりとその手は私の肩から離れる、


チャリン・・・チャリン・・・


 クサリの音とは自分から少し、ずつ離れて行く。完全にクサリの音か無くなると、体は動くようになり、私はその場に倒れこむ。





  はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。





 息を切らしながら、周りの祭りの音かもどって来るのを感じた。


 あれは、一体何だったのか・・・。


 私は、息を整える。早く時雨しぐれ様に今のことを言わなくちゃいけない。そう思った。まだ震える足をパンッパンッと手で叩き、立ち上がる。そして、時雨しぐれが歩いて行った方に急いでかけて行こうとする。


 しかし、かけて行こうとして、足がもつれてつまずきそうになる。


 私は、右腕に何か違和感を感じ、はっとして自分の腕を見る。


 見れば、黒い着物に包まれた傷だらけの男の手が、私の腕をつかんでいた。





イヤーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!











 ホタル・・・。ホタル・・・。

 誰かに呼ばれて、私は目を冷ます。時雨しぐれが、心配そうに私の顔を覗きこんでいる。


【ホタル】

時雨しぐれ・・・様・・・? 時雨しぐれ様!」


 私は飛び起きる。辺りはすっかり明るくなり、私は昨日もたれていた木で寝てしまっていたらしい。そして、見れば、そこは普段よく修行で使う大月山おおつきやまの森の中だった。


【ホタル】

時雨しぐれ様・・・。八百万の神々はどこに?」


時雨しぐれ

「八百万の神々?ホタル・・・何を言っているんだい?」


 焦る私とは裏腹に、時雨しぐれ様は、不思議そうな顔をして、私を見ている。私は、夢でも見ていたのだろうか?昨日は、任務の帰りでとても疲れていた。昨日のことを思いだそうとしても、どこか曖昧にしか思い出せない・・・。ただ・・・あの黒い着物に包まれたあの傷だらけの手だけは、はっきりと覚えている。一体、あの男の人は、何をしたかったのだろうか・・・。そして今も、あの男の人は、今もあの祭りにいるのだろうか?


時雨しぐれ

「ホタル・・・。どうかしたのかい?」


【ホタル】

「な、なんでもないわ・・・。」


 悪い夢を見ていたんだ。そう思うことにした。私は立ち上がると、時雨しぐれ様と小屋へと向かって、歩き出す。時雨しぐれ様の背中がすぐそばにある・・・。私は、なんだかそれだけでホッとする。あの時、時雨しぐれは自分をおいて自分が決して辿りつけないような遠くの場所へと行ってしまうような気がしたから・・・。


 だから、私は気がつかなかった。時雨しぐれ様の右肩に、黒い羽がついていたことに・・・。

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