第30話【白い雨と共に生まれた子】

 それから、時雨しぐれ泡沫うたかたに連れられて、貧困の村や、戦の跡地などを訪れた。そこはどこもこの世のものとは思えないほどに残酷な光景が広がっていた。


 貧困の村では、骨と皮だけになった人々が食料を求め徘徊し、戦の跡地では侍や馬の死体から出た血が大地を真っ赤に染めあげ、まるで地獄絵図のような光景。今まで自分達とは無縁だった光景。この時、初めて時雨しぐれ達はどれだけ自分達が平和で暮らし、世の中で繰り広げられる残酷な現実を知らずに生きてきたのかを知ったのだ。


一週間後、各地の戦争孤児や、貧困の村で身寄りのない子供を3人連れて東の村へと帰り着く。その後、時雨しぐれ達は、旅で見てきた事を五月雨と卯月うづきに話し子供達の事情を伝えると、それぞれ東の里内で里子に出されることが決まった。


五人は、暗い気持ちのまま東本家へ戻ったのだった。そして、、、。


【赤子】

「オギャー!オギャー!」


卯月うづき

「よし、よし、、、。ほらほら、いい子でしょう?お兄ちゃん達が帰って来ましたよ。」


 居間で卯月うづきが、赤ん坊を抱えている。居間に入った五人は、今まで見てきたものを一瞬すべて忘れて、驚く。


時雨しぐれ

「・・・母上?その赤ん坊は?」


卯月うづき

「あなた達の弟よ。名前、、、まだ決めてないの。二人とも考えてくれない?」


時雨しぐれ

「名前・・・。」


【ホタル】

「かわいいー!白くて、まるで雪の結晶のように綺麗な赤ちゃん!」


氷雨ひさめ

「・・・お、俺は、名付けのセンスないから、時雨しぐれ頼んだ。」


時雨しぐれ

「ワタシ・・・かぁ。そうだなぁ・・・。」


 赤ん坊は、真っ白な髪と肌をしており、時おり開かれる目は青く透き通るトンボ玉のような目をしていた。家の外を見れば、天泣竜が祝福してくれるのか、美しい白い雨が降っている。


時雨しぐれ

白雨はくう・・・かな。」


卯月うづき

「それじゃあ、白雨はくうで決定ね。」


一平いっぺい

「よかったじゃねぇーか。時雨しぐれ。お前も今日から、にぃちゃんだな。」

ニカっと笑った一平いっぺいが言う。


【ネネ】

「まぁ、でも、氷雨ひさめ様よりも、今までも時雨しぐれ様の方がお兄さんぽくはあったけど・・・。」


 氷雨ひさめは、なんだかすねた様子で言う。


氷雨ひさめ

「それ、どういう意味だよー。」


時雨しぐれ

「あははは。でも・・・まさか、ワタシが兄になる日が来るとは、思ってもいなかった。生まれて来てくれてありがとう。白雨はくう・・・。」

 時雨しぐれは、優しくそして、嬉しそうに笑う。


【ホタル】

「それにしても、白雨はくうくん、可愛いわね!」


 ホタルは、白雨はくうの顔を覗きこんでは、いないいないばぁーをした。


氷雨ひさめ

「でも、時雨しぐれの銀の髪の毛も珍しいけど、髪が真っ白、珍しいな、、、。目はなんだか、時雨しぐれに似てる気がする。」


【ホタル】

時雨しぐれ様も、白雨はくう君もとっても綺麗な髪と目をしてて、羨ましい・・・。」


氷雨ひさめ

「なんだよ、それ、俺はどうなんだよ?」

氷雨ひさめは、口を尖らせる。


【ホタル】

「も、もちろん、氷雨ひさめ様も綺麗よ・・・」

 慌ててホタルは、付け加える。


時雨しぐれ

「あ、ありがとうホタル・・・。ははは。」


卯月うづき

「・・・抱いてみる?」


 卯月うづきは、時雨しぐれ白雨はくうを優しく渡す。何もかもが小さくて、温かくて、手の中にあるものがこの世の何よりも尊い物なのだということを時雨しぐれは感じた。


時雨しぐれ

「・・・生きてる。ワタシの弟が・・・生きてる。」


 村に帰って来て3日目の夜明け前、時雨しぐれは屋根の上に登りくずる白雨はくうをあやしながら、泡沫うたかたに連れられて見て来た村の外のことを考えいた。白雨はくう時雨しぐれを母親の卯月うづき以外の人間で唯一抱くことを許した。ホタルや一氷雨ひさめ、父親の五月雨が抱いても、凄い勢いで泣くため、昼夜かかわらず世話をする卯月うづきは、とても疲れていた。時雨しぐれは、そんな母親を心配し、里へ帰って来てからは、白雨はくうの世話を率先して行っていた。誰かが、屋根の上に登って来る気配がした。見れば、忍び装束を着た泡沫うたかたの姿があった。


泡沫うたかた

「・・・弟を寝かしつけてるのか?お前は、本当に、面倒見がいいな。」


 明け方、大月山の方から涼しい風邪が吹く。時雨しぐれはその風を感じるため、ゆっくりと目を閉じた。


時雨しぐれ

「・・・師匠、ワタシ達が見てきた外の世界は、この里の未来なのでしょうか・・・?天泣てんきゅう様の力はもう消えかかっている。ワタシ達は、村人以外の人間に里の場所を教えることはしません。だから、他国の人で、東の里の明確な場所を知っている者は少ない。しかし、武力のないこの里は、ひとたび、この里の場所を知られれば、他の国からの侵略は防げないでしょう。この里は、強くならなければいけないのかも知れませんね。」


 泡沫うたかたは、物思いにふけるかの如く目を伏せて、重々しい口調で語り出す。


泡沫うたかた

「お前達を連れて約一ヶ月。俺は、お前達にこの世の地獄というモノを教えたつもりだ。生きていくというのは、辛く、険しいものだ・・・。生き残るため、仲間、家族を守るために時には、時には、人を殺さなくてはならないこともある・・・。」


 時雨しぐれは、真っ直ぐに泡沫うたかたの目を見つめる。泡沫うたかたは、僅かに目を背けた。その様子を見て、時雨しぐれは思う。泡沫うたかたはいつも少し、いつもどこか冷たい目をしている。しかし正月に予言の巻物を見て以来、泡沫うたかた時雨しぐれと話す時どこか迷いのある目をしながら話すことが増えていた。


 しかし、その迷いのある目というのも、あからさまなものではなく、どこか違和感があるといった程度のモノだったため、時雨しぐれは特に気にすることもなく、今回も特に泡沫うたかたに聞くことは無かった。しかし時雨しぐれは、泡沫うたかたに自分の思いを思いきって、話してみる良い機会とみて、真剣な口ぶりで言う。



時雨しぐれ

「師匠・・・。ワタシは、この里の家族を守りたい。しかし、ワタシは誰かを守るために誰かを殺すのは、間違っていると思うのです・・・。師匠だって、分かっているのでしょう・・・?」


 長い沈黙。自分の腕の中で弟が動くのを感じる。時雨しぐれは優しく、白雨はくうのお腹のあたりをポンッポンと叩く。すると、白雨はくうは再びスヤスヤ寝息をたてて気持ち良さそうに眠るのだった。


時雨しぐれ

「ワタシは・・・誰よりも強い忍びになりたい。この里を守るため。この里の家族を守るために。」


 朝日が昇り始める。


時雨しぐれ

「もう一度、試験を受けさせてください。」


 雲一つない空に太陽の光がさし。東の里は今日もまた、朝を迎えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る