第28話【足りないモノ】

泡沫うたかた

「これから、試験を始める・・・。喜べ。この試験を合格すれば、晴れて忍術を教えてやる。試験を始めるにあたって、それぞれなぜ、忍びなろうと思うのか・・・答えてもらおう。」


 時雨しぐれ泡沫うたかたを真っ直ぐに見つめる。出会ったばかりの師泡沫うたかたは、基本的にいつもどこか冷たい目をしていた。しかし、泡沫うたかたと正月に海に初日の出を見に行ってからは、ほんの少しだけ、優しい目をするようになったなと最近思っていた。しかし、今日の泡沫うたかたの目はそんなことを思ったのが幻であったかのような出会った当時と同じ、冷たい目をしていた。泡沫うたかたの目を見て、少なからず時雨しぐれ達は体の内側に冷たい何かが流れるような感覚に襲われる。それは、初めて感じる泡沫うたかたへの恐怖のような感情であった。そんな中、氷雨ひさめは勇気を出して泡沫うたかたに言う。


氷雨ひさめ

「オレは、太古から東の村と清流の村を守ってくれていた天泣様の力が弱った今、東の村と長となるオレがこの東の里を守る。そのために、オレは忍びになりたい。」


一平いっぺい

「同じく、東の長として、今後いつ大国から攻められるかも、分からないねぇー。そん時のために、まずオイラが誰よりも強くなるんだ。」


【ネネ】

「ア、アタシは、将来、東の里を守る一平いっぺい様の力になるために・・・。」


【ホタル】

「わ、私は、時雨しぐれ様と、氷雨ひさめ様のために・・・。」


 前日までに考えていた言葉がすらすらと出て来ない。各々の声は、言葉が最後になるに連れて小さくなっていってしまう。そんな中、いつもと変わらない、人の良さそうな優しげな笑顔を浮かべ、又、いつもと同じ口調で時雨しぐれは言う。



時雨しぐれ

「ワタシは、皆が安心して暮らせるように、、、。里の家族がずっと、ずっと、幸せで暮らせるように・・・。そのためにワタシは忍びになります。」


 泡沫うたかたは、5人全員を一瞥いちべつすると、一つ、大きく息を吸い込んだ。


泡沫うたかた

「・・・なるほど、お前達の言い分は分かった。試験の内容は簡単。この木に的がついているだろう?この的にクナイでも、手裏剣でもなんでも良い。忍びが使う武器を何かしら一つ、当てられたら合格とする。俺は、お前達にこの的に攻撃させないように邪魔をするから、俺の邪魔をかわして的に一発ぶちこめ。ちなみに、出来なかったヤツは、ここで山を降りてもらうから、そのつもりでいろ。」


泡沫うたかたの言葉に5人の面持ちが厳しくなる。


泡沫うたかた

「制限時間は、明日の日の出まで。俺が邪魔なら、殺しても良いぞ?オレを村に攻めて来た敵だと思って殺す気で来い。武器や、罠なんでも使っていい。」


 泡沫うたかたが、持っていた小石を頭上に投げる。小石は僅かな風邪を受け、地面へと落ちた。その瞬間、5人は一斉に泡沫うたかたに飛びかかった。考えることは同じ。泡沫うたかたの動きをふさいだのち、まとにクナイを当てる。しかし、次の瞬間眼前にあったはずの泡沫うたかたの姿は消え、目の前には木々の間から除く空が広がっていた。一体何が?全員がそう思った。それぞれが一斉に飛びかかったその一瞬の間に地面へと叩き落とされたのだと、各々が理解し、我に返ると、体を起こす。すると、涼しい顔で見下ろしてくる泡沫うたかたを目で捕らえた。


泡沫うたかた

「そんなんで、俺から物を、奪えると思ってんのか?俺は、お前達と同じ歳くらいの時には、既に、甲賀の七忍州の一人に選ばれていた。死ぬ気でかかって来なければ、俺に傷一つつけられないぜ。」


 泡沫うたかたは、今までにない気迫を感じさせる鋭い口調で言った。その口調に、その場にいた全員が体を一瞬強ばらせる。


時雨しぐれ

「・・・ワタシ達は、今年で13才。13才で、上忍でしかも甲賀の7つある起動部隊の隊長に選ばれてたなんて、、、。でも、だからって、試験を合格するの諦める理由にはなりませんよ。」


 そう言うと時雨しぐれは、決死の覚悟で泡沫うたかたに飛びかかたのだった。

 


 ・・・・・・朝日が大月山を照らしていく。その大月山に息を切らして倒れこむ少年少女が5人。あっという間に試験は終わった。涼しい顔をして立つ泡沫うたかたとはうってかわって、5人は地面に倒れたまま疲労で起き上がることが出来ない。的は試験が始まった時のキレイな状態のままで木から下げられている。


氷雨ひさめ

「くっそ、、、、。まったく歯が立たない。」


【ネネ】

「力の差が、、、あり過ぎる。」


時雨しぐれ

「くっ、、、。体が動かない、、、。」

 時雨しぐれは、体に力を入れて起き上がろうとするが、体の節々が痛み、顔を上げることもできない。



泡沫うたかた

「・・・言ったはずだぞ。俺を殺す気で来いと。死ぬ気でかかって来なきゃ傷一つつけられないと、、、。全員失格だ。本当なら、とっとと山を降りろと言いたいところだが、よく聞け。お前達は、忍びとして圧倒的に足りていないモノがある。これから、お前達に何が足りないか、それを見に行くとしよう。」


 泡沫うたかたは、淡々とした口調で言った・・・。


時雨しぐれ

「・・・ワタシ達に足りないモノを見に行く?」


泡沫うたかた

「そうだ。」


六月の暖かくもどこか冷たい雨が、その場に振りだした。

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