第27話【ネネの記憶 後編】

チューチュー・・・ネズミが一匹酒樽の横から飛び出した。熊の面を被った男は、ため息をつく。

「やれやれ。まだ、ガキが隠れていやがるのかとおもったぜ。俺も、ガキを殺すのは良い気はしない。だが、これも、忍であるが故の定め。この男が死んだ以上、こいつらを殺すしかねぇ。もう、生かしてはおけねぇーんだよ。お前も、分かってるんだろう?」



雨花うくわ《うくわ》と夜雨よさめ《よさめ》は、その様子を震えながら見守っていた。


熊の面を被った忍は、狼の面を被った少年の忍の方を見て言う。


「・・・それでも、殺せないってか。人として情があるのは、良いことだが・・・。忍としては、残念だが・・・失格だ。」


 真っ赤な血が雨の中、吹き出る。それは、あっという間の出来事だった。今の今まで生きていた双子は、たった一瞬のうちに動かなる。声にならぬ悲鳴を一平いっぺいとネネはあげる。


 双子を殺した熊のお面を被った忍は、狼の面を被った忍を連れて男の亡骸を持ち、その場を去って行った。


後に残されたのは、変わり果てた雨花うくわ夜雨よさめの亡骸。


【ネネ】

雨花うくわさまーー!!!!!!!夜雨よさめさまー!!!!!!あああああああああああー!!!!!!!」


一平いっぺいは、震えるネネを強く抱き締める。


一平いっぺい

「ネネ・・・。大丈夫。これは、夢だ・・・。そう夢だ・・・。夢なんだ・・・。だから、大丈夫・・・。大丈夫だ。」


 ネネは、突然、プツンと糸が切れたように気を失ってしまった。そこへ、誰かが走って来る。


如月きさらぎ

一平いっぺい!何があったの!!!!お姉ちゃんと、お兄ちゃんはどこに行ったの?」


一平いっぺい

「・・・・・・。なんで、にぃちゃんと、ねぇちゃん、なんだろう・・・。なんで、オイラじゃなかったんだろう。」


如月きさらぎ

一平いっぺい、何を言ってるの?」


 ハッとした。薄暗い小道の行き止まり重なるようにして、死んでいる双子の兄妹。雨に打たれてその小さな体から真っ赤な川が流れ出す。


如月きさらぎ

「よさめぇーーーーー!!!!!うくわぁー!!!!!!きゃあーーーーー!!!!!」





・・・・・・。・・・。気がつけば、涙が止まらなくなっていた。すべてを思い出してしまった。思い出したくなかった。あの日の記憶・・・。自分が犯した罪・・・





【ネネ】

「・・・ごめんなさい。一平いっぺい様・・・。アタシ、アタシがあの時、あんな物、拾わなければ・・・。アタシ、うぅ・・・。アタシのせい・・・で・・・二人は死んだ・・・。ごめんなさい。・・・ごめんなさい。一平いっぺい様の大切な家族をアタシが奪った・・・。」


 一生かかっても、償えないことをしてしまった。もう、この里にはいられない。もう一平いっぺい様の隣になんて、いられない。体からすべての力が抜ける。今、目の前にいる少年はどんな顔をしているのだろう?敵を見るような自分の兄弟を奪ったかたきを見るような、冷たい目をしているんじゃないだろうか。怖かった。今までどうやって彼に接して来たのか、もう思い出せない。


一平いっぺい

「ネネ・・・。ネネ・・・。」


 一平いっぺい様がアタシを呼んでいる。アタシはもう何も答えられない。


一平いっぺい

「ネネ・・・。オイラを見て・・・。」


 ネネは意を決っしてゆっくり顔を上げた。そして、目の前にいる少年の顔を見る。すると、そこには今まで見たことのないくらい優しい笑顔をした一平いっぺいがいた。いつもふざけて氷雨様と喧嘩ばかりしている悪ガキの姿はもうどこにもない。いつも見せないその優しげで、穏やかな表情は実年齢よりも、ずっとずっと大人に見える。ネネは、一平いっぺいのその表情を見て、何も言えなくなった。


一平いっぺい

「ずっと、隠してて、ごめん。この傷跡を見たら、あの日のことをネネが思い出してしまう思ったから、ずっと誰にも見せないようにしてきた・・・。


・・・ネネには、ずっとオイラの隣で笑ってて欲しかったから。あの日のことはオイラだけでなんとかするつもりだった。


 でも、そうだな・・・。好きな女に隠し事も良し悪しだなって思ったよ。結局、お前を・・・泣かしちまった・・・。


 ネネ・・・。オイラが忍びになる理由は、この里を守れるくらいに強くなることだけじゃない。お前が安心して笑顔でいられる里にするためだ。


 でも、師匠の元で強くなれば、オイラ、にぃちゃんとねぇちゃんを殺したあの熊の面と狼の面を被った忍に復讐するために、この里を捨ててあの忍び達を探しに行っちまうかも知れない。


 だから、もし、オイラが怒りに負けてあの忍び達を殺しに行こうとしちまったら、お前がオイラを止めて欲しいんだ。あの時、酒樽さかだるの裏で震えながらも、オイラを助けるためにしてくれたように・・・。」

 

・・・一平いっぺいは、そっとネネを抱き締める。


一平いっぺい

「あの時、オイラをあの忍達から守ってくれて、ありがとう。これからも、ずっと・・・俺の隣に・・いて欲しい・・・。」


【ネネ】

「うぅ・・・。一平いっぺい・・・さま・・・。あーーー!!!!」


 

 一平いっぺいは、ネネが泣き止んだ日暮れまで、ずっとネネを抱き締め続けていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る