第26話【ネネの記憶 前編】

試験は、明日。なぜ、忍になりたいのか。答えられるか。今のアタシに・・・。この振り払えない霧がかかったようなこの気持ちのままで・・・。


 聞かないといけない。あの傷のことを一平いっぺい様に。もう、この機会を逃したら聞けない気がする。朝早く、一平いっぺいは、小屋の外で泡沫から渡された若草色の木刀を振っていた。一平いっぺいは、ネネが来ていることをに気づくといつものように笑顔でおはようと言って来る。


【ネネ】

一平いっぺい様・・・。ちょっと、良いかな・・・。」


 一平いっぺいは、いつもと違うネネの真剣な表情に、黙ってネネの後について行く。暫く歩くと少し開けた草原にたどり着く。ネネはそこまで来て、立ち止まる。


一平いっぺい

「ネネ・・・。どうしたんだ?」


【ネネ】

一平いっぺい様・・・。アタシ、ずっと一平いっぺい様の役に立ちたいと思ってたの。一平いっぺい様の隣で氷雨ひさめ様や、ホタルちゃん、時雨しぐれ様と協力してこの東の里を守っていく。それがアタシの夢だった。でも、あなたの頬についた傷を見てから、毎日夢を見るの。何者かがクナイを投げて一平いっぺい様の頰に怪我をさせる夢。遠くから聞こえる男の子と女の子の悲鳴・・・。一体誰の声なのか、分からない。これは、ただの夢なの?その夢を思いだそうとすると体が震えて涙が出て来るの・・・。」


一平いっぺい

「ネネ・・・。大丈夫。それはただの夢だ。気にすることはない。だから、大丈夫。」


一平いっぺいはゆっくり、ネネに近づいてネネを抱き締めた。


【ネネ】

「ありがとう。一平いっぺい様・・・。あなたはいつも優しかったわね。」


ネネは、氷雨ひさめの腕をギュッと掴んだ。


一平いっぺい

「つっ・・・。ネネ・・・イテッ・・・」


【ネネ】

「あなたは、優しい人・・・だから、アタシにずっと何かを隠してる。アタシはそんなアナタの優しさにいつまでも甘えていてはダメよね。」


 ネネは、一平いっぺいを腰に乗せ持ち上げそのまま勢いよく地面へと落とす。一平いっぺいは突然の出来事に、呆気にとられている。ネネはその隙を逃さず、一平いっぺいの上へと馬乗りになり、一平いっぺいの頬に貼られている布を剥がした。布の下から出て来たのは真っ直ぐな一文字の傷。


一平いっぺい

「ネ、ネネ・・・。」

一平いっぺいは、とっさに頬の傷を手で隠した。


 その傷跡を見た瞬間、ネネは全てを思い出す。



      あの日・・・




 アタシは、一平いっぺい様に誘われて五十嵐いがらし家と一緒に隣里で開かれるひな祭りを見に行った・・・。



 体の弱かった雨花うくわ様と、夜雨よさめ様が初めて、外に出ることができて、生まれてからずっと兄弟のように育ったアタシも本当に嬉しかったし、何より、一平いっぺい様が本当に喜んでいて、アタシはそんな一平いっぺい様を見れて、心から幸せだなって思った。


 里のお祭りは、本当に楽しくて、二人が今まで出来なかったこと沢山した。花火を見たり、ワタアメを食べたり、本当に本当に楽しかった・・・。


 だけど、夕方になって人が道に溢れて来て・・・。


雨花うくわ

「ネネ、一平いっぺい。次はどこに行きたい?」


【ネネ】

「アタシは、どこでも良い!どこもとっても楽しそうだから!」


一平いっぺい

「おぅ!今日は、にぃちゃんとねぇちゃんの初めてお祭りに来れた日なんだから、二人が行きたいところにオイラ達もついて行くぜ!」


夜雨よさめ

「ん!なんだ、一平いっぺい。俺達に気を使ってるのか?このー可愛くない弟め!こちょこちょこちょこちょー!」



夜雨よさめは、一平いっぺいの脇腹を思いっきりくすぐる。


一平いっぺい

「に、にぃーちゃん!!やめてぇー!がーはははは!!!あははは!くすぐってえー!!!!きゃきゃっ!きゃー!!!」


 一平いっぺいは、手足をバタバタさせて、悶える。


【ネネ】

一平いっぺい様、なんだか、お猿さんみたい!ふふっ」


  ・・・ドカっ・・・。


前から来た人に気づかずにネネは、ぶつかってしま

う。


【ネネ】

「ご、ごめんなさい!」


 しかし、その人はネネに見向きもせず狭い裏道へと入って行ってしまう。


 ネネは足元に、さっきの人が落としたであろう。赤いヒモのついた熊の牙。ネネはそれを拾う。


夜雨よさめ

「ネネ、どうかしたの?」


【ネネ】

「さっき、アタシがぶつかっちゃった人が落として行ったの。」


雨花うくわ

「うそ!その人どこに行ったか、分かる?」


【ネネ】

「あの裏道に入って行ったわ。」


雨花うくわ

「しょうが、ないわね。私が届けて来てあげる。」


夜雨よさめ

「俺も、行くよ。二人とも、ここで待ってるんだよ。」


一平いっぺい

「あいよ!」


【ネネ】

「ありがとう!雨花うくわ様、夜雨よさめ様!」


 二人は、裏路地へと走り入って行く。しかし、入ったきり中々、戻って来ない。不思議に思った一平いっぺいとネネは、二人を追ってその裏道へと入った。

その裏道は、人気が少なく、空が曇り出し、日が暮れてきたこともあってずいぶと暗かった。一平いっぺいとネネは、大きな声で雨花うくわ夜雨よさめのことを呼ぼうとしたその時だった。






・・・ああああああああああああああああーーーーー!!!!!!!!!!!!






 突然、男の断末魔が聞こえる。その場に固まるネネと一平いっぺい。だったが、一平いっぺいはすぐに我返り、隠れなければという気持ちに切り替わる。


一平いっぺい

「ネネ!こっちだ!」


 一平いっぺいは、ネネの手を引っ張って近くの酒樽の裏へと隠れた。すると、熊のお面を被った忍が裏道から、出て来た。そのお熊のお面を被った男の横には、狼のお面を被った少年の忍の姿があった。

そして、その忍の目の前には・・・。


夜雨よさめ

「お、お願いです・・・。どうか、俺達を助けてください。」


雨花うくわ

「お願い!!!助けて!私たち、ここで見たこと、誰にも言わないわ!!!!」



 雨花うくわは、夜雨よさめにしがみついて泣きじゃくる。


夜雨よさめ

「だ、大丈夫だよ。雨花うくわ。大丈夫。」


 少年の方の忍が双子に聞く。

「この祭りには、お前達だけで来たのか?」


雨花うくわ

「う、うん。私たちだけ・・・。」


「そうか。」と少年は呟き、少年少女に刀を向ける。


 二人の悲鳴が聞こえる。


・・・・にぃちゃん!ねぇちゃん!!


一平いっぺいは、隠れていた酒樽から駆け出そうとする。しかし、それをネネが一平いっぺいの腕をつかんで止めた。


・・・ネネ!?


 一平いっぺいが酒樽から出ようとし、酒樽からガタンと音がしてしまった。その音を聞いた少年の忍は、刀を双子に下ろすのをやめる。それと同時に熊の面を被った忍がこっちに向かって素早くクナイを投げてきた。クナイは一平いっぺいの頰をかすめてすぐ後ろの壁へと刺さる。一平いっぺいの頰から血が流れる。ネネは生きた心地がしなかった。生まれて初めて死ぬかも知れないと思う。しかし、一平いっぺいはそんなことを気にする様子もなく樽から出て行こうとする。


【ネネ】

「ダメ!今出て、行ったら、一平いっぺい様まで殺されてしまう!!!!!」


ネネは、一平いっぺいの体にしがみつき、一平いっぺいを止める。

すると、熊の面を被った忍がこちらを見る。


「誰か・・・いるのか?」

その男はこっちへ向かって来る。

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