第21話【初日の出の約束】

次の日のも登らぬ暗い元旦の明け方、泡沫うたかたは、縁側に座わり、忍具の手入れをしていた。すると、そこへ時雨しぐれ氷雨ひさめがやって来る。


時雨しぐれ

「師匠。ここにいたんですね!部屋まで行ったのですが、いなかったので、探しました。」


氷雨ひさめ

「師匠。おはよう!」


泡沫うたかた

「・・・。こんな朝早く、俺に何かようか?」


時雨しぐれ

「師匠。初日の出を見に行きませんか?」


【師匠】

「悪いな。俺は今、そんな気分じゃないんだ。」


時雨しぐれ

「師匠の気が乗るのを待っていたら、日が昇っちゃいますよ。さあ、さあ。」


 時雨しぐれは、泡沫うたかたの右腕を引っ張る。


泡沫うたかた

「お、おい・・・。」


氷雨ひさめ

「いいじゃん!師匠ほら、行こーぜ!ほらほら!」


 氷雨ひさめは、強引に泡沫うたかたの左腕手を引く。


泡沫うたかた

「お、お前達!!あのなぁ・・・。」


時雨しぐれ

「まぁ。まぁ。いいじゃないですか!師匠はこの村に来て、初めての正月ですよ!行きましょう!」


 そう言われて、時雨しぐれ氷雨ひさめに、連れて行かれたのは本流の村の美しい浜辺だった。複雑な入り江になったその浜辺は、誰にも見つかることなく、今の今までこの東の里を守ってきた。


泡沫うたかた

「海、、、か、、、。」


 それは、ずっと昔の記憶、、、。


 あれは確か、俺がまだ6つの時だった。母さんは生まれたばっかの幻像げんぞうを抱いて、初日の出を見に行こうと言って、海に連れて行ってくれた。俺はその時、初めて海を見た。


泡沫うたかた

「母さん、海って広いね!ずっとどこまでも、続いてるね!この海の先には何があるんだろう?きっと 俺が、ワクワクするものがいっぱいあるんだろうな・・・」


月夜つきよ

「ふふっ、そうね。きっと、泡沫うたかたがワクワクするようなものがたくさんあるわ。」


 母さんは、嬉しそうに笑う。


泡沫うたかた

「本当?そしたら、父さんもこの海の先にいるの?」


月夜つきよ

「そうねぇ・・・。あの人は、たとえこの海の先にいたとしても、きっとあなたは見つけられないと思うわ。ふふっ。だってあの人、本当に闇に忍ぶのが上手だから・・・。」


 母さんは、遠くにある水平線を見つめながら言った。


泡沫うたかた

「ねぇ、母さん、父さんってどんな人なの?俺は生まれてから、一度も父さんに会ったことが無いんだ。ねぇ、父さんって今どこで何してるの?」


月夜つきよ

「ふふっ。そうねぇ・・・。自分で会って確かめなさい。いつか必ず会えるわ。」


泡沫うたかた

「いつか、父さんに会えるの?」


月夜つきよ

「えぇ。母さんは、嘘をつかないわ。」


泡沫うたかた

「いつか、家族四人でこの海に来て、今日みたいに初日の出見れる?」


月夜つきよ

「ええ。もちろんよ。」


泡沫うたかた

「そしたら、俺は、父さんに会うその時まで、母さんと幻像げんぞうを守るね!約束する!」


月夜つきよ

「ええ。ありがとう泡沫うたかた。約束ね・・・。」


・・・泡沫うたかた、あなたは本当に父さんによく似て、強く、そして・・・家族思いな優しい子・・・


 水平線に、太陽が上がる。冬の冷たい空気を暖める暖かい日の光が、三人を優しく包む。三人は、しばらくの間その場でその光に包まれていた。その数ヵ月後、母さんは里の忍びによって殺された。里を裏切ろうとする一人の忍びが、夜中こっそり里を抜けようとするのを母さんは止めた。しかし、止めようとして、結局、母さんはその忍びに殺されてしまった。死の間際母さんは、俺に言った・・・。


月夜つきよ

泡沫うたかた・・・。ごめんね・・・。4人で、初日の出見るって約束・・・守れなくなっちゃった・・・。でも、母さんは、いつでも、二人のこと・・・見守っているからね・・・」


泡沫うたかた

「母さん!何言ってるんだ!大丈夫。傷はそんなに深くない。医者に見せれば、絶対!」


 俺の話が終わる前、母さんは俺の頬に触れた。


泡沫うたかた

「かあ・・・さん・・・。」


 月夜つきよは、優しく笑う。


月夜つきよ

泡沫うたかた・・・幻像げんぞうのこと、よろしくね・・・」

 

 母さんは、そのまま事切れた。母さん、幻像げんぞう・・・すまない。俺は結局、二人のこと・・・守れなかった。








 幻像げんぞうが戦で死んでから、あの時の母さんの笑顔が幾度となくと頭の中に現れる。母さんが死んで何年も経っているのに、あの時の母さんの笑顔が今もまだ、脳裏に焼きついて離れない。あの笑顔を思い出すために、幻像げんぞうを死なせてしまった自分をあの人が責めてくるように思えた。お前はなぜ生きているのかと。なんのために生きようとしているかと。そう問われているようだった。


 海へつくと、突然ふいに時雨しぐれ氷雨ひさめが自分の腕を掴んできた。驚いて、二人の顔を見やる。


時雨しぐれ

「師匠・・・。もうすぐ、日が昇りますよ。」


 時雨しぐれは、嬉しそうに笑う。


氷雨ひさめ

「へへへっ。ここからの日の出は、本当に綺麗なんだぜ。ちゃんと見ててよ。師匠。」


 すると、目の前がパーと明るくなる。空が紺色から、鮮やかな紫へと変わりそして、美しいオレンジに輝く。水平線の彼方からゆっくり、ゆっくりと闇を切り開くように昇って来るそれは、この里に朝を伝えるため、暖かい光を灯す。


氷雨ひさめ

「やったあー!初日の出だぜ!」


時雨しぐれ

「綺麗でしょう?師匠!この里の初日の出は・・・。」


泡沫うたかた

「あぁ・・・。そうだな。」


時雨しぐれ

「師匠。」


泡沫うたかた

「・・・なんだ?」


時雨しぐれ

「これから、毎年、こうしてワタシ達と一緒に初日の出、見ましょうね!」



 泡沫うたかたは、ただただ驚いて何も、言えなくなる。しかし、時雨しぐれはそんなこと気にしてない様子で、ニコニコと笑いながら、その後も話しかけて来た。二人はの顔を見ながら、泡沫うたかたは思う。



 母さん・・・幻像げんぞう・・・。すまない。俺、まだそっちにいけない理由ができてしまったようだ。



 予言の巻物・・・。何が書いてあるか全て分かったわけじゃない。しかし、唯一分かったこと、それは、こいつらが、17才になった時この東の里に災いが訪れるということ・・・。その災いがなんなのかは、まだ、分からない。疫病か、飢饉か・・・それとも戦に巻き込まれるか・・・何にしろ、今のこの混沌とした時代に訪れる災いが、笑ってすませられるような優しいものなはずがない。恐らく、死者がたくさん出ることになるだろう・・・。





  まもれるだろうか?俺に・・・。


 いや・・・ そうじゃないな・・・



  今度こそは、必ず・・・






















     


 


 三人は、太陽が登り、村を照らしていくのをいつまでもいつまでも眺めていた。



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