第22話【ホタルの舞】

【ホタル】

「どう・・・?」


 ホタルは雅な着物に身を包み、唇にもほんのりと紅をさして氷雨ひさめ時雨しぐれに聞く。氷雨ひさめは下を向いたまま、顔を上げない。しかし、しばらくして、ゆっくりと顔を上げるとホタルを一瞬見る。

ホタルは、不思議そうに氷雨ひさめを見ていた。氷雨ひさめはホタル目が合うと慌てて目をそらし、言う。


氷雨ひさめ

「ま・・・あ、あれだ・・・な。ま、にも衣装ってやつかな・・・。」


【ホタル】

「え!ひどーい!」


氷雨ひさめ

「え?なんで?」


時雨しぐれ

「兄上、にも衣装は、誉め言葉じゃないよ・・・。」


氷雨ひさめ

「え?そうなの?俺はてっきり、可愛いには衣装がよく似合うって意味・・・なのかと・・・」


 氷雨ひさめはそんなことを言いながら顔が真っ赤になり、決まりが悪そうになる。


時雨しぐれ

「あははは・・・。とっても、綺麗だよ。ホタル。」


 時雨しぐれは優しく笑いながら言う。


【ホタル】

「あ、ありがとう・・・時雨しぐれ様・・・。」


 ホタルはなんだか照れているようだった。


【ホタル】

「きょ、今日ね・・・。私、舞を踊るの。」


時雨しぐれ

「うん!そうだよね!小屋で兄上ともその話をしていたんだ。」


【ホタル】

「ほ、本当?あ、・・・えっとね。そのもしよかったら、見に来て欲しいなって、思って・・・も、もちろん氷雨ひさめ様と二人で。ふ、二人が山に行ってる間一生懸命練習したの。だから・・・。」


時雨しぐれ

「もちろん!楽しみにしてるよ!」


【ホタル】

「あ、ありがとう。」


 本流の村では、毎年元旦の夜に一年の天泣踊りという、豊作を願う舞躍りを12才から22才までオナゴが踊るのが伝統となっている。ホタルも今年から12才のため、その躍りに加わることになり、時雨しぐれ氷雨ひさめ泡沫うたかたと供に大月山へ修行に行ったのと時を同じにして、躍りの稽古を始めていた。毎日何時間もの練習をし、ついに今日踊ることとなったのだ。




 時雨しぐれは、その後、遊んでもらう約束をしていたという何人かの子供達にやって来て、時雨しぐれの腕を掴み、遊ぼう遊ぼうと言ってぐいぐい引っ張って行く。時雨しぐれは申し訳なさそうにホタルの方を振り返る。


時雨しぐれ

「じゃ、ご、ごめん。ホタル。また後で!」


 時雨しぐれは沢山の子供に囲まれて麦畑のある方へと向かって行く。面倒見がよく、大きな器で何人も包み込んでしまう時雨しぐれの背中を見つめ続けるホタルに、氷雨ひさめは声をかけられなかった。



 夜になると、いよいよホタルが舞を踊ることとなった。12才から22才までのオナゴが、村中をゆったりとした優しい縦笛や三味線の音に合わせて躍り歩く。


 時雨しぐれは、氷雨ひさめと供にホタルの舞を見るために、開始場所となる村の入り口へと向かう。


時雨しぐれ

「師匠も、来れば良かったのに。兄上も、そう思うだろう?」


 氷雨ひさめは、何か考えごとをしているのか、聞いていないようだ。


時雨しぐれ

「兄上?」


氷雨ひさめ

「え?あ、あぁ・・・なんか、父ちゃんと呼び出されてたから、何か父ちゃんに頼みごとでもされているんだと思うぜ・・・。」


時雨しぐれ

「・・・。兄上、なんだかいつもと様子が違う。どうかしたのか?」


氷雨ひさめ

「・・・なんでもない・・・。時雨しぐれ。」


時雨しぐれ

「うん?」


 氷雨ひさめは、突然止まり、道の途中で止まり言う。


氷雨ひさめ

「ここで、俺と一本勝負しよう。」


時雨しぐれ

「え?ここで?何言ってるんだ!ホタルの舞が始まってしまうよ?」


 氷雨ひさめは、何も答えない。その代わりに腰にさした泡沫うたかたからもらった真っ赤な木刀を抜き時雨しぐれに刃先を時雨しぐれに向けた。顔はいつになく真剣な表情をし、時雨しぐれを真っ直ぐに見る。


時雨しぐれ

「・・・。勝敗は・・・どう決める?」


 時雨しぐれは、氷雨ひさめのいつにない真剣な気迫に答えなくてはならないと思った。腰にさす青い木刀を抜き、氷雨ひさめに対峙するように構える。


氷雨ひさめ

「最初に・・・一本とった方の勝ちだ。いいか?」


時雨しぐれ

「あぁ・・・。分かった。」


 氷雨ひさめは、近くにあった小石を空高く放り投げる。風はなく投げられた小石は真っ直ぐに下へと落ちる。小石が地面に落ちたのと同時に赤と青の木刀が交差する。


氷雨ひさめ

「オラァーーーーーーー!!!!!!!」


 赤い木刀が時雨しぐれに一刀を食らわせようと、何度も何度も木の刀を振るう。しかし、何度刃を向けても、何度向かって行っても、空を切るばかり、たった一刀。それが決まれば自分の勝ちだ。しかし、その一刀を振るうことは、氷雨ひさめにとってこれ以上ない険しい試練だった。





 皆が天泣踊りを見に行く中、五月雨さみだれ泡沫うたかたは本家の大広間で酒を酌み交わしていた。


五月雨さみだれ

泡沫うたかた・・・。あいつの様子は、どうだ?あいつは、強くなれるか?この村の長、雲海うんかいの異名を受け継げるか・・・?」


泡沫うたかた

「・・・。このままいけば、あいつは必ず強くなりますよ・・・。何度となく突きつけられる敗北と挫折にも、目を背けずに立ち向かう。時雨しぐれに対する劣等感も、周りの評価にも苦しみながら、もがきながらそれでもあいつは前に進む・・・。あなたから、雲海の名を受け継ぐために。」


五月雨さみだれ

「そうか・・・。」


泡沫うたかた

「だが・・・。努力すれば実現出来る夢を追いかけるやつは、努力しても実現できない夢を追いかけるやつには勝てない・・・。なぜなら、最初から到着地点を見て走っているのと、到着地点のない右も左も見えない霧の中を走るやつとでは、努力の量が違う。志も違う。何よりも、覚悟が違う・・・。」


 五月雨さみだれは、厳しい顔をする。しかし、泡沫うたかたはそれでも続けた・・・。


泡沫うたかた

時雨しぐれの覚悟と、氷雨ひさめの覚悟・・・。どちらが重いか・・・。時雨しぐれは、氷雨ひさめに一回たりとも負けたりなんてしませんよ・・・。」






 青の木刀が赤い木刀の一瞬揺らぐ。その揺らぎを時雨しぐれは、見落とさなかった。ほんのわずかな気の緩み、それは隙となって剣の筋を鈍らせる。揺らがせる。時雨しぐれはその揺らぎに向かって真っ直ぐに青い刀を伸ばし、揺らぎの下に入り込むとその後、夜空に向かって突き上げる。すると、氷雨ひさめの赤い木刀は甲高い音を立てて、氷雨ひさめの後方のずっと先まで弾かれた。

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