第16話【遠い日の記憶】

氷雨ひさめ

「やったぁー!!!それで、オレ達に稽古つけてくれるってことは、泡沫うたかたさんはオレ達の師匠ってことだ!」


氷雨ひさめが嬉しそうに言うのに対し、泡沫うたかたは浮かない顔をする。


泡沫うたかた

「やめろ。俺はそんな、師匠って呼ばれるような、年じゃ、、、。お、おいっ!」


しかし、氷雨ひさめは、泡沫うたかたに飛び付く。



氷雨ひさめ

「師匠!オレ、時雨しぐれよりも強くなりたい!だから、早くオレに稽古つけてくれよー!」


一平いっぺい

「オ、オイラにも教えてくれー!」




時雨しぐれ

「あ、兄上、一平いっぺい、師匠はまだ怪我をしていんだから、無理を言ってはいけないよ、、。」



時雨しぐれは、心配そうに言った。


泡沫うたかた

「だから、師匠って呼ぶんじゃ、、、。」


三人がガタガタ言っている間にホタルは、その場から立ち上がる。


【ホタル】

「じゃあ、師匠・・・。私、ネネちゃんと、師匠に夕飯、持って来ますね!」



泡沫うたかた

「まったく、、、。もう。」

泡沫うたかたは、少し疲れたような顔をした。



五月雨さみだれ

「そういうことだ。悪いな泡沫うたかた。頼んだぞ。よし、お前達、あんまりはしゃぎすぎるな。静かにしてるんだ。」


東十朗とうじゅうろう

一平いっぺい、ネネ。話はまとまった。悪いが五月雨さみだれ、俺達は急ぎ清流の村に戻らなくてはならない。ずいぶんと村を空けているからな。一平いっぺいとネネは一度村に戻り、時期を見てまたこちらに来させよう。ではこれにて。」


東十朗とうじゅうろうは、如月きさらぎと不満そうな一平いっぺいに名残惜しそうなネネを連れて部屋を出ていく。


五月雨さみだれは、時雨しぐれ氷雨ひさめ、ホタルに泡沫うたかたのそばにいるように言うと、卯月と共に見送りをするべく立ち上がる。その際に泡沫うたかたに訪ねた。


五月雨さみだれ

「そう言えば、泡沫うたかた。お前、年はいくつになる?」


泡沫うたかた

「はい。十八でございます。」



五月雨さみだれ

「そうか。」


そう言って、五月雨さみだれは部屋を出た廊下で卯月と話す。


卯月うづき

「十八才、、、。あの子達は十ニ才だから、三人にとっては、ちょうど良いお兄ちゃんが出来たような感じかしら。」


五月雨さみだれ

「あぁ。過酷な人生を歩んでいたようだからな。この里でのんびりと暮らして欲しいものだ。だが、そうか、あいつは甲賀の忍び、かぁ・・・。あいつは、今、元気にしているのだろうか・・・。」



 遠い日の記憶がよみがえる。その忍びは、甲賀から来たと言っていた。あの時も確か蛍橋ほたるばしの近くで、泡沫うたかたと同じように怪我をして倒れていたんだっけか。


 忍びは、助けてくれたお礼にと、俺たちに気術を教えた。あいつは、きっと沢山の修羅場を経験し、いくつもの命の駆け引きをして、勝ち抜いて来たのだろう。洗礼された気術によって研ぎ澄まされた忍術、体術に剣術。アイツの目は語っていた。


 きっと数え切れなくらいの人を殺して来たのだろう。どこまでも冷たく、残酷な光を讃えたその目は、戦とは無縁の平和な自分達が住んでいる世界とは、違うことを嫌でも知らしめた。


 一年くらい経って俺達が術を使えるようになった時、あいつは俺達の元を去った。年は、自分達と近そうだったが、結局最後まで、年も、本名も明かさなかった。あいつは今もどこかで生きているのだろうか?


 五月雨さみだれは、一人、東十朗とうじゅうろう過ぎ去った忍びと過ごした日々ことを思い出し、泡沫うたかたとその去って行った忍びとを重ねるのだった・・・。




一方、部屋の中では・・・。


氷雨ひさめ

「はい!質問です!」


泡沫うたかた

「なんだ?」


泡沫うたかたは、鬱陶うっとうしそうに、答える。


氷雨ひさめ

「良い仲の女はいますか?」


泡沫うたかた

「いるか!そんなもん!」


【ホタル】

「いないんですか?良い男なのに、もったいない。」



夕飯をお盆に乗せて持って来たホタルが言う。



泡沫うたかた

「生きるか死ぬかの生活だったんだぞ?そんなもんいたところで、足手まといだろうが。」


時雨しぐれ

「師匠、、、。」

時雨しぐれが哀れみをもった声で呟く。


泡沫うたかた

「何をそんな、雨に濡れる子犬を見るような目で俺を見てるんだ!テメェー」


氷雨ひさめ

「はい!師匠!」


氷雨ひさめは手をあげる。


泡沫うたかた

「今度は、なんだ?」



氷雨ひさめ

「最後に寝しょんべん漏らしたのはいつですか?」



泡沫うたかた

「知るか!そんなもん!!!」



氷雨ひさめ

「はい!師匠!」

氷雨ひさめは続ける。


泡沫うたかた

「うるせぇーな。何だよ?」


氷雨ひさめ

「・・・オレは、9才です。」

氷雨ひさめは、顔を赤らめる。


泡沫うたかた

「聞いてねぇーわ!お前、それを言ってて恥ずかしくないのか?」


 三人の質問攻めは、夜遅くまで続き、戦いにおいてひるんだことの無かった戦火の狼をさんざん、たじろがせたのだった。

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