【第四章】甲賀から来た忍びの火の戦争

第11話【戦火の狼】

あれから一週間後、ますます秋が深まり、から冬へと変わり、時雨(しぐれ)、氷雨(ひさめ)は12才になっていた。本流の村には、五十嵐一家と、ネネも尋来ていた。突然、玄関の戸をたたく音がする。みると、雨打(ゆた)玄関の前に立っていた。


【雨打(ゆた)】

「雲海様、蛍橋の下で忍び装束をまとった若い男が倒れていますぜぃ。どうやら、怪我をしているようでぃ、、、。」


【五月雨(さみだれ)】

「なんだって?すぐに、ここへ運びなさい。」


【雨打(ゆた)】

「へい。」


 何人かの村人はその若い男を本家にひきいれる。若い男は、十八才くらいの癖がかった髪をした細身で、忍び装束をまとっており、体中傷だらけで意識がなくぐったりとしていた。


【時雨(しぐれ)】

「ひどい、怪我だ、、、。」


【氷雨(ひさめ)】

「一体何があったんだ?」


【ホタル】

「と、とにかく手当てをしないと、、、。」


【ネネ】

「えぇ。」


【東十朗(とうじゅうろう)】

「そうだな。ホタル。ネネ、卯月(うづき)、如月(きさらぎ)、頼めるか?」


 四人は、はい。と返事をすると、薬の準備をしにバタバタと屋敷をかける。


【五月雨(さみだれ)】

「とりあえず、空いてる部屋に連れて行くぞ?一平(いっぺい)、手伝ってくれ。」


【一平(いっぺい)】

「は、はい!」


【卯月(うづき)】

「はい。ホタル、傷に効く薬草を持ってきて!氷雨(ひさめ)は包帯を、時雨(しぐれ)は、井戸から水を組んできてちょうだい。」


【如月(きさらぎ)】

「着替えも用意しなくちゃね!」


 三人は、卯月(うづき)と如月(きさらぎ)の指示に従って、三日間懸命に看病をした。すると、四日目の朝、若い男は目を覚ました。それは、時雨(しぐれ)が看病をしている時だった。


【若い男】

「ここは、どこだ、、、?」

 若い男は、目を覚ました。


【時雨(しぐれ)】

「ここは、東の里にある本流の村です。」


【若い男】

「東の里、、、。」


【小波】

「かぁー!」


【時雨(しぐれ)】

「ワタシは、この村の村長の次男で、時雨(しぐれ)と言います。このカラスは、小波。今、皆を呼んで来ますので、少しをお待ちを、、、。ちょっ!何をしているんですか!?」


 時雨(しぐれ)の話には、全く聞かず、男は立ち上がろうとする。


【時雨(しぐれ)】

「まだ、立ってはいけませんよ!傷口もまだちゃんと塞がっていないのに!」


 すると、なんの騒ぎかと、皆が集まって来た。


【五月雨(さみだれ)】

「うむ。ワタシは本流の里で長をしている東五月雨(さみだれ)あずまさみだれだ。こっちにいるのは、ワタシの妻の|卯月(うづき)、息子で長男の|氷雨(ひさめ)、次男の|時雨(しぐれ)、そして、氷雨(ひさめ)の許嫁のホタルだ。カラスは、うちで可愛がっている小波さざなみだ。」


【東十朗(とうじゅうろう)】

「俺は、清流の里で長をしている五十嵐いがらし東十朗とうじゅうろうだ。そこにいるのは、俺の息子の一平いっぺい。君は、この村にある蛍橋ほたるばしの下で倒れていたのだが、覚えているかね?」


【泡沫(うたかた)】

「、、、。助けていただいて、ありがとうございました。俺の名前は、夕暮泡沫(うたかた)(ゆうぐれうたかた)と言います。」


 泡沫(うたかた)の口調はとても丁寧だが、その瞳はとても冷たく、狼の目と同じ鋭く怖い印象を受けた。


【五月雨(さみだれ)】

「そうか、泡沫うたかた。どうして、君はあんなところで倒れていたのだね?見たところ、君は忍びのようだが。」


【泡沫(うたかた)】

「俺は、甲賀(こうが)の忍びです。」


【卯月(うづき)】

「甲賀?あの有名な忍びの里?」


【氷雨(ひさめ)】

「母上、知ってらっしゃるのですか?」


【卯月(うづき)】

「えぇ。甲賀の忍びと言えば、上の命令に絶対的な忠誠心を誓い、どんな命令でも決して逆らわない誠実な忍びの一族。そして、甲賀の忍びは人とは思えないほどの身体能力を持っていると聞いたわ。それに、あなたが羽織っていた羽織には、狼という文字が背中に刻まれていた。甲賀には、七つに分けられた部隊があって、それぞれの部隊に動物の名前がつけられている。そして、それぞれ部隊長は甲賀七人集と呼ばれ、恐るべき実力者だと聞くわ。そして、隊長に選ばれた者は、その部隊の動物の名を刻まれた羽織を着ると聞くわ。甲賀の忍びと言えば、ついこの間まで、甲賀国と摂津国せっつこくとの大規模な戦に参加し、甲賀の忍び達、いいえ、そのなかでも甲賀七人集、カラスひょうとらへびきつね、そして、おおかみの7人によって甲賀の国と圧倒的勝利で終わったと聞くわ。」


【五月雨(さみだれ)】

「先の戦いで、甲賀の国を勝利でに導いたその7人は、英雄とうたわれ通り名がついたと聞く。確か、狼の隊長は、、、。」


【泡沫(うたかた)】

「、、、|戦火せんかおおかみ。、、、、英雄なんて、、、。俺は、そんなたいそうなもんじゃないですよ。数えきれないくらい人を殺した。敵国の侍やら、足軽やら、忍びやら、俺たち甲賀の忍びにどっては、ただの有象無象うぞうむぞうの戦士達。戦が始まれば、毎日殺して、殺して、血の海を広げて行く。それが俺達忍びという殺人兵器の役目になった。俺達は、それでも良かった。自分達の殿を守る。それはの己の国を守ることであり、仲間のが安心して暮らせる場所を守ることになると思ったから。そう、戦を勝利に導くためなら、俺は幾千もの敵国の有象無象の戦士達の屍を踏んで行く覚悟があった。なぜなら、あいつ等もまた、俺達と同じ気持ちで戦場に来ているのだろうからな。だがある時、、、、。」


 ここは、摂津せっつの森の中。あちこちから刀が重なったり、忍達の様々な武器が激しくぶつかり合う音が聞こえる。そして、そんな武器か同士がぶつかる中で時おりどっちの人間のか分からぬけたたましい断末魔だんまつまが聞こえては、戦の喧騒に消えて行く。


【泡沫(うたかた)】

「おい!しっかりしろ。大丈夫。もう時期、医療部隊が来る。それまでの辛抱だ!」


 泡沫(うたかた)は、一人の自分の部下を抱き起こすと言った。部下の名前は、裾裏佐吉(さきち)すそうらさきち。泡沫(うたかた)が隊長をやっている狼の隊員で、年齢は、十八才で戦争が始まる前に幼馴染みであった女と祝言をあげ、すぐに妊娠が発覚。その年の秋には、子供が生まれることになっていた。


 男は、息も絶えに言う。


【佐吉(さきち)】

「隊長、、、。」


【泡沫(うたかた)】

「大丈夫。大丈夫だ。きっともう時期、、、。」


【佐吉(さきち)】

「、、、っつ、、隊長、、、。」


【泡沫(うたかた)】

「な、、、なんだ?」


【佐吉(さきち)】

「隊長、ありがとうございました、、。こんな、、、半人前の俺をここまで連れて来て、くれて、、。でも、すみません、、、。俺は、結局最後まで半人前でした、、、。最期の時くらい、潔く散る桜のように、綺麗な言葉を残して、死ねると思ったのに、、、。頭の中に出てくる言葉は、ただ、、ただ、、、死に、たくないの一言しか、、、。子供の性別も、、、知らない、、、名前だって、戦争から帰ったら、一緒に決めようって、、、、あいつに言って来たのに、、、。隊長、、、俺、、、。死にたくない、、です、、、。死にたく、、、。くっ、、、うぅ、、、。うっ、、、。」


【泡沫(うたかた)】

「、、、佐吉(さきち)。何、、、何、言ってやがる!何勝手に、自分で自分の死に場所決めてやがる!俺は、勝手に戦場からお前一人、離脱することを許可した覚えはねぇーぞ!お前には、俺の下でまだまだ戦ってもらわなければ、困る。」


【佐吉(さきち)】

「そう、、、ですよね。まだ戦、終わって、、、ないですもんね、、、。」


【泡沫(うたかた)】

「そうだ。後、もう少しだ。もう少しで勝てる、、、。だから、最後まで、俺について来い!お前の家族が安心して暮らせる国を作るんだ!」


 かすれた声、止まらない出血。目の前に見える僅かな命の灯火ともしびが消えかかつっている。


【泡沫(うたかた)】

「そうだ。まだ、終わっちゃいねーんだ。お前の力が必要だ。そうだろう?」


 泡沫(うたかた)は、佐吉(さきち)のおのれの血で真っ赤になった手を握る。


【佐吉(さきち)】

「、、、隊長、、、。あなたの命令なら、、、仕方ありませんね、、、。それなら、、最後まで、自分は、隊長とご一緒、、させていたきます、、、、、。」

  

 一筋の涙と共に、残したその男の最期の笑顔は、泡沫(うたかた)の残像に一生焼き付いて離れないだろう。


【泡沫(うたかた)】

「あぁ、、、。」


 火は、いつかは消える。しかしその火は、あまりにも散るには早すぎる花火だった。

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