【第三章】雨の中に消えた双子の命

第8話【夜雨と雨花】

氷雨ひさめ

「おおお!スゲー!!でっけー!!!」


 氷雨ひさめは、浴場に着くと、すぐに体を洗い、大きな石造りの浴槽に飛び込む。


氷雨ひさめ

時雨しぐれーー!!早く来いよ!スゲーまじでスゲー!この風呂、池みたいに広いぜ!ヤホーイ!」


 そう言うと、氷雨ひさめはばた足をしながら浴槽の中を泳ぎ回る。


時雨しぐれ

「あ、兄上。恥ずかしいから、あんまりはしゃがないでくれよ。ワタシ達は、仮にも泊めてもらってる身なんだから、、、。」


 時雨しぐれが、やれやれといった感じでそう答える。すると、、、。


一平いっぺい

「そうだぞ。人様ん家の、風呂であんまり、はしゃぐもんじゃないぜ。お前名前ほんとに氷雨ひさめ《ひさめ》?サメの間違えだろう?」


氷雨ひさめ

「テメェー!一平いっぺい!!なんでここにいるんだよ!」


一平いっぺい

「ふん!ここはオイラん家だぜ?なんで、おいらが風呂に入ってたってなんのおかしいこともないだろう?」


氷雨ひさめ

「だからってな、いきなり出てきたら、ビックリするだろうが!」


一平いっぺい

「まぁまぁ、怒んなよ!そんなに、怖い顔してたら、女にモテねぇーぜ?ほいっ!」


 一平いっぺいは、手で筒を作り、氷雨ひさめ目掛けて、勢いよく手を閉じると、その手を閉じた反動で中のお湯が氷雨ひさめの顔面目掛けて勢いよくかかる。


氷雨ひさめ

「うわっ!」


一平いっぺい

「けけけけけっ!ざまーみやがれっ!」


氷雨ひさめ

「テ、テメェーよくもやりやがったな!」


一平いっぺい

「おっ!またキレたな!そんなんじゃ、ホタルに愛想つかされるぜっ。それじゃなくても、昨夜寝言で、ホタルーホタルーって言ってたくせに。」


氷雨ひさめ

「なっ!う、嘘つけ!そんなこと、い、言うわけねぇーだろうが!」


一平いっぺい

「おー。冗談だぜ。でもそんだけ、焦ってるってことは、、、。」


氷雨ひさめ

「テメェー!マジで怒った!もう許さねぇ!!!人をおちょくりやがって、コノヤロロウ!!!!」


 時雨しぐれはやれやれと思いながら頭を洗う。背後から、バッシャンバッシャンとお湯の跳ねる音と、氷雨ひさめ一平いっぺいが言い合う声が聞こえる。


時雨しぐれ

「まったく、、、。頼むから、静かに入ってくれ。」



 それから程なくして、涼しい廊下に倒れる人影が二人。


【ネネ】

「まったく、お風呂の中ではしゃぐからよー!」


 ネネは、のぼせて真っ赤なゆでダコのようになった二人にウチワをあおぎながら言う。


一平いっぺい

「あちぃ~」


氷雨ひさめ

「は、はしゃぎすぎた」


 そんな中、ホタルは庭で時雨しぐれ氷雨ひさめのはもちろんのこと、村人全員の洗濯物を干していた。そこへ、時雨しぐれがやって来る。


時雨しぐれ

「ホタル。やらせてしまって、すまない。手伝うよ!」


 時雨しぐれは、物干し竿に手が届かなくて困っているホタルから、洗濯物を取ると、物干し竿に引っ掻けて、吊るしていく。


【ホタル】

「ありがとう。時雨しぐれ様。」


 時雨しぐれが手伝ったことで、洗濯物は直ぐに干し終わった。


時雨しぐれ

「ホタル、君は縁側で休んでるといいよ。ワタシは、兄上の様子を見てくる。」


【ホタル】

「分かったわ。ありがとう、時雨しぐれ様。」


時雨しぐれ

「それと、、、」


【ホタル】

「えっ?」


 時雨しぐれは、ふところからミカンを出し、ホタルに渡す。


時雨しぐれ

「昨日、山でミカンの木を見つけたから、何個か取つて来たんだ。ホタルに1つあげる。洗濯物、お疲れ様!」


【ホタル】

「あ、ありがとう。」


 時雨しぐれは、そのままのぼせかえって廊下で伸びている氷雨ひさめの元へ行ってしまった。


 一人、縁側に座るホタルの元へ、小波がやって来てホタルの膝に止まる。そして、もう一人ホタルの元へ来る女性がいた。その女性は、前に生まれたばかりの赤ん坊を抱えていた。


如月きさらぎ

「、、、優しい子ね、あの子は本当に、、、。」


 その女性は、ホタルに話しかける。


【ホタル】

如月きさらぎ様、、、。その子!」


如月きさらぎ

「そう。一平いっぺいの弟、次平よ。」


 次平は、とても氷雨ひさめに似ていた。一平いっぺいと違って、焦げ茶ではないがキツいくせ毛にちょっとイタズラ好きそうな目鼻立ち。ホタルは、廊下で力なく、氷雨ひさめと共に伸びている一平いっぺいを見る。


【ホタル】

「なんだか似ているなぁー。ふふっ」


 ただ、ホタルには一つ気になるところがあった、一平いっぺいはいつも右の頬に白い布を張っている。まるで何かを隠すように。怪我ならば、何日かで治るはずなのに、もう何年もずっと張り続けていた。


【ホタル】

如月きさらぎ様、一平いっぺい様はどうしてずっと右の頬に布をはっているのですか?」


如月きさらぎ

「あぁ、、、。」


 如月きさらぎは思い詰めたように、遠くをみやった。


如月きさらぎ

「あれは、一平いっぺいが五才の時だった、、、。」


 一平いっぺいには、二つ年上の双子の兄妹けいまい夜雨よさめ雨花うくわがいた。双子は生まれつき体が弱く、里の外にほとんど出ることができ無かった。この日は、外では雪が積もり、川も凍るような寒い日だった。外では、止んでいた雪が、再び降り始める。


夜雨よさめ

「母さん、俺達、いつになったら他の里に行けるの?」


雨花うくわ

「お母

さん、私も、他の里に遊びに行ってみたい!」


如月きさらぎ

「そうねぇ、、、。もう少し暖かい季節になって、二人の風邪が治ったら、ネネも誘って、皆で行きましょうか。」


夜雨よさめ

「暖かい季節って、今は真冬だから、ずっとずっと先の話だなぁ、、、。」


 夜障子の隙間から外を見やる。外は、どこまでも続く雪の世界。全ての音は、雪によって閉じ込められてしまうのか、とても静かだ。体が熱い。グラグラと視界が揺らぐ。朦朧もうろうとする意識の中、家の中からは、勝手場かってばからはかすかに、薬缶やかの口からピューと、お湯がけたことを知らせる音が鳴る。


雨花うくわ《うくわ》】

「私達、いつまで生きていられるのかな、、、。毎日、毎日、体が重くて、息が苦しくて、頭がガンガンして、、、。朝目を覚ますと、なんだかね、とっても、悲しい気持ちになるの。毎日、毎日、見えるのは天井の板だけ、、、。私だって、皆みたいに外で遊びたい。私だって、お祭りに行って、お面を被ったり、ワタアメ買って、皆で囲んで閃光花火をしたい。他の里に行って、見たことがない物沢山みたい。でもね、私達には絶対にそれができないの。ううう、、、。えぇーん、、、、。」


 雨花うくわはワッと泣き出す。


夜雨よさめ

雨花うくわ。母さんを困らせちゃダメだ。」


雨花うくわ

「だって、、、。夜雨よさめ、、、。っうぅぅ、、、どうして、皆はできるのに、私達だけ、、、。」


如月きさらぎ

「二人とも、、、。」


 如月きさらぎは、言葉につまる。生まれてからずっと二人の看病をしてきた。ほとんど寝たきりの二人は、そろそろ里にある寺子屋で勉強もする年齢にも関わらず、行くことはできなかった。外で同じ年くらいの子供達が遊んでいても、二人はふすまから見えるその子供達を眺めることしかできなかった。本当にたまに体調が良くなったかなと喜んでいると、次の日には、高い熱す。どうして、この子達は、こんなにも辛い思いをしなければならないのか。どうして、自分じゃないのか。変わってあげられない歯痒さ、こんな弱い体に生んであげられなかった申し訳なささが、如月きさらぎの心を埋め尽くす。


如月きさらぎ

「二人とも、、、本当に、、」


 如月きさらぎの言葉が終わる前に突然、大きな足音を立てて、誰かが廊下を走って来る。そして、その足音は部屋の前で止まると、勢いよく襖を開ける。


、、、、、、できるよ!!!!!、、、、、、、


 三人は、その襖を開けた人物を見た。その人物は、父親そっくりの人懐っこそうな笑顔をした五才の少年だった。その男の子は、三人の顔を見るとニカっと笑った。よく見ると、その少年は体中びしょ濡れで、泥だらけ、小さな手は真っ赤に霜焼けしていた。


一平いっぺい

「できるよ!!!にぃーちゃんと、ねぇーちゃんにだって!大丈夫!オイラがにぃーちゃんと、ねぇーちゃんの病気、治してあげる!ほらぁ見てー!」


 一平いっぺいは、カゴ一杯に入れた長ネギとニンジン、大根にウナギと、全て風邪に効くと言われる食材がギッシリと入っていた。深い雪の中、自分の背丈以上の雪を掘り進んで、野菜をとってきたのだろう。凍おるように冷たい川へ行ってウナギを捕まえて来たのだろう。五才の子の体力では、今きっとへとへとに疲れているだろうに、一平いっぺいは嬉そうに言った。


一平いっぺい

「今日は、オイラがにぃーちゃんと、ねぇーちゃんが元気になる、最高の晩飯を作ってあげるよ!まずは、飲み物から!風邪に効く飲み物と言えばショウガ湯だ!えーと、、、。お湯を沸かさなくちゃな、、、。あ、あれ?ぞ?」


雨花うくわ

「うん?」


 雨花うくわは、辺りを見渡すと、廊下にそれらしき物を見つける。


雨花うくわ

「あ!見て!廊下に落ちているわ、もう!一平いっぺいったら、わね。あっ!」


 一瞬のあれ?という間ができる。そして、


夜雨よさめ

「うぅー!雨花うくわのせいで寒気がひどくなったぁー。」


雨花うくわ

「もう!ひどーい!!!!」


 三人は、ワッと笑い、張りつめていた。空気が一気に暖かくなる。


如月きさらぎ

「まったく、一平いっぺいったら、ふふっ。ショウガ持って来て。ハチミツもあるから、甘いショウガ湯を作りましょう。」


一平いっぺい

「おぅ!じゃあ、作るか!母ちゃん!」


 がんばって!夜雨よさめ雨花うくわ一平いっぺいを応援する。それからというもの、二人の体調はみるみる回復の一途を辿った。一平いっぺいは、毎日、夜雨よさめ雨花うくわのために料理を作くり、二人はいつもそれを美味しそうに食べた。そして、季節はいつの間にか春になった。桜が咲き誇る清流の村の入り口一組の家族が、隣里で大々的に開かれるひな祭りを見に行こうとしていた。


雨花うくわ

一平いっぺい!はやく!はやく!置いてっちゃうわよ」


夜雨よさめ

「こっちだ!一平いっぺい!」


 二人が清流の村の出口でニコニコと笑って弟を呼ぶ兄と姉。二人の声に誘われて、急ぎ足で近くにいこうとする弟。弟は、桜舞う中、楽しげに、幸せそうに笑う兄と姉の姿を、見て嬉しくて涙が出た。


一平いっぺい

「待ってくれよ!にぃちゃん、ねぇちゃん!」


 一平いっぺいは、二人に抱きついた。


一平いっぺい】 

「えーーーーん!えーーーーーん!」


雨花うくわ

「いっ、一平いっぺい!冗談よ!置いていったりなんかしないわ。ね!夜雨よさめ!」


夜雨よさめ

「お、おう!もちろんだよ!お前を置いて行くかよ。」


 二人は一平いっぺいの頭をよしよしと、撫でる。一平いっぺいは、嬉しくて嬉しくて、もっと涙が出る。


夜雨よさめ

「な!なんでなんだ!?どうしてなんだ!う、雨花うくわ!どうしよう!」


雨花うくわ

「ま!待って!私!あめ玉持ってる!ほーら一平いっぺい、あめ玉だよー!」


、、、違うんだ。違うんだよ。にぃーちゃん、ねぇーちゃん。オイラはただ、ただただ、嬉しいんだ。、、、照れ臭くて言えない言葉を心の中で言ってみる。


 あめ玉をもってあーん、と言ってくる雨花うくわに、涙を、流しながらありがとうといっぺは言った。すると雨花うくわは、そっと一平いっぺいの口の中にら雨花うくわはあめ玉を入れた。飴玉は甘酸っぱくて、とっても美味しかった。一平いっぺいはニッコリと笑う。


 そんな様子を、東十朗とうじゅうろう如月きさらぎは微笑みながら見守った。


<i518270|34716>

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【ネネ】

一平いっぺい様ー!!!!おまたせー!!!」


 そこへネネがやって来た。


一平いっぺい

「おー!ネネ!来たか!待ってたぜ!」


如月きさらぎ

「はいはい。そしたら、全員揃ったわね。」


 如月きさらぎは、ホッとしたように言う。


東十朗とうじゅうろう

「よし、はぐれずについて来いよ。」


 それから、六人は、里へと向かった。里について暫くは、お寺にお参りに行き、近くで行われている屋台に行っては、雨花うくわが食べたがっていた綿飴やわ食べ、お面を買っては皆で被ったり、日が暮れてからは皆で線香花火を川辺でやったりした。夜雨よさめ雨花うくわにとっては、初めて感じる外での幸せな時間だった。しかし、皆で大通りを歩いていた時だった。如月きさらぎは気づく、すぐ後ろを歩いていたはずの子供達がいなくなっていることを。


如月きさらぎ

「あなた!あなた!子供達がいないわ!」


東十朗とうじゅうろう

「なんだって!!!」 


 二人はすぐにいなくなった子供達を探す。辺りを見渡しても、どこも人ばかりで、中々見つからない。


如月きさらぎ

夜雨よさめ!!!!!!雨花うくわ!!!!!!一平いっぺい!!!!ネネ!!!!!!どこ!!!!!出ていらっしゃい!!!!!!」


東十朗とうじゅうろう

「おーーーーーい!!!!どこに行ったんだ!!!!!」


 見つからない。一体、どこに行ってしまったんだろう、、、。雲一つな買った夜空はいつの間にか曇り果て雨が降り始める。


如月きさらぎ

「大変!!!雨だわ!!!あの子達、風邪引いちゃうわ!皆どこなの!!!!」


 すると、人混みで気づかなかったが、雨で人が減ったことにより、如月きさらぎの目の前に大通りを外れた狭い道を見つける。如月きさらぎは、その小道へと入って行く。人気のない、暗い小道。こんな所に子供達だけで来るだろうか?それでも、もしものことがあると思い、如月きさらぎは、その小道を進む。すると、道の真ん中で座り込む少年の姿があった。よく見ると何かを抱えている。


如月きさらぎ

一平いっぺい!!!!!!!ネネ!!!!!!!」


 一平いっぺいは、頬から血を長し、気を失っているネネを抱えて薄暗い道の真ん中で座りこんでいた。


如月きさらぎ

一平いっぺい!何があったの!!!!お姉ちゃんと、お兄ちゃんはどこに行ったの?」


一平いっぺい

「、、、、、、。なんで、にぃちゃんと、ねぇちゃん、なんだろう、、、。なんで、オイラじゃなかったんだろう。」


如月きさらぎ

一平いっぺい、何を言ってるの?」


 ハッとした。薄暗い小道の行き止まり重なるようにして、死んでいる双子の兄妹。雨に打たれてその小さな体から真っ赤な川が流れ出す。


如月きさらぎ

「よさめぇーーーーー!!!!!うくわぁー!!!!!!きゃあーーーーー!!!!!」


 大雨の中、一人叫ぶ母親の声がいつまでもその薄暗い小道に響いいていた。

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