【第二章】狼ノ神の守りし森

第6話【狼の神が守りし森】

ここは、断崖絶壁だんがいぜっぺきに面した森の中。肩に小波を乗せた時雨しぐれ氷雨ひさめ、ホタルの三人は三十人ほどの本流の村人を引き連れ、その断崖に面した道を大きな米俵を抱えた馬を引きながら、東の里を目指し帰り道を忙しいでいた。


【ホタル】

「ふふっ、沢山物が売れて、良い取引が出来て良かった!お米がこんなに沢山!これで、なんとか今年の冬を越せそうね!」


 ホタルは嬉しそうに言う。


時雨しぐれ

「そうだね!遠出をして、大きな里まで行って良かった。ワタシたちの村は、土壌が潤っていて、野菜を作るのにも、近くに海があるから、海の物にも起伏きふく困らないけど、地形のが激しいから、お米だけは作れないからね、、、。」


氷雨ひさめ

「でも、魚、貝、野菜が予想以上に沢山、お米に変わったなぁ、、、。村で待っている皆もきっと喜んでくれるだろうな。」


【カラス】

「カァー!カァー!」


時雨しぐれ

「小波、静かに!兄上、ホタル、そろそろ、狼が出ると言われる場所だ。注意して行かないと。」


亜仁馬あにま雨打ゆた

時雨しぐれ様、大変でぃ。馬に縛り付けてた俵が落ちそうなんでさぁ。」

 

 東の里で、馬借をしている二十四才の雨打ゆただ。


時雨しぐれ

「分かった、見てみよう。兄上、ワタシは列の後ろを見張るから、兄上は前を。」


氷雨ひさめ

「おう。それじゃあ、ホタル。お前はオレ達の側から、離れるなよ。」



【ホタル】

「、、、はい。」



 そして、暫く歩くと、道が少しぬかるんだ道に出る。


氷雨ひさめ

「皆、止まれ!」


 氷雨ひさめが後ろに続く村人に言う。全員がその場で止まる。


氷雨ひさめ

「ここの道は、ぬかるんでいるな。足を滑らせて、谷底へ落ちたら、大変だ。迂回するぞ!」


 と、氷雨ひさめは、後ろの集団に声をかける。しかし、村人達は不安の声を漏らす。


雨打ゆた

時雨しぐれ様、どうするんでぃ?本当に、迂回するんでっか?」


須郷六作すごうろくさく】 

時雨しぐれ様、迂回していては、夜になっていまいます。」


 六作は村で野菜を栽培してい二十七才の男で、妻が二年前に病死してから、男で一つ、家族一人息子の利作りさくを育てている。今回は、他の里に野菜を売りに行くために同行を決意した。東の里からその里に行くには、一日かかるため、まだ七才である息子の利作は本流の里の本家である時雨しぐれ氷雨ひさめの家で預かってもらっている。


時雨しぐれ

「あぁ、、、。そうだなぁ。兄上。どうやら、ぬかるんで、いるのは、ここだけみたいだ。ほら、道の奥の方は、土が乾いているよ。」



氷雨ひさめ

「いや。こっちの地帯は、さっきまでの雨のせいでぬかるんでいる可能性が高い。この場合は、迂回するのが得策だ。」


時雨しぐれ

「しかし、兄上。迂回していては、時間がかかり過ぎる。夜までに山を下りないと、狼が出る。」


上住かみすみ壱五郎いつごろう

「若様方、ここいらの山は、狼の神が納める山。そこいらの狼と同じように考えてはなりませぬ。ここの狼は、普通の狼とは比べ物にならないくらいに大きく、人間に対しては残酷なまでに牙を剥きます。あなどってはなりませぬ。よく考えて道をお選びください。」

 

 上住かみすみは、今年還暦を迎えた男で、その年齢にふさわしい豊富な知恵を持ち合わせて、おり、五月雨や東十朗の相談役をになっている。


雨打ゆた

「なんでぃ、上住かみすみさん。ここいらの狼は、人ではれないというんですかぃ?」


上住かみすみ

「さてさて、どうかな。東の里には、昔から東剣術という伝統の術があり、深い森の中で暮らすワシ等をこの剣術は、狼や熊などから守ってくれた。しかし、この東の剣術には"気術きじゅつ"が使われていない。」 


時雨しぐれ

「気術?」


上住かみすみ

「そう。侍が使う剣術も忍びが使う忍術も、全て術と呼ばれるものには"気術"が根本にある。"気術"とは、この世に存在する気を使った術のことであり、忍びが使う気術を忍術と呼び、侍がこの気術を使うとそれを剣術と呼ぶのだ。気とは、動物や、物や、自然の中にも存在しており、"気術"とはそれら全てに流れる気を使う術のことよ。気術を使うことができれば、人知を越えた能力を扱うことができ、中には、火や水を扱うことができる|やからもいるという。本流の長、雲海うんかいの名を継ぐ、五月雨様。そして、清流の長、威風いふうの名を継がれた東十朗様もその一人でおられる。」


氷雨ひさめ

「父上達が!?でも、そんなこと初めて聞いたぜ。」


上住かみすみ

「五月雨様と、東十朗様は、若かりし頃に甲賀の忍びと交流をしていたことがありましてな。その時の甲賀の忍びに気術を教えてもらわれておった。しかし、忍びが使う気術は、忍術。人を殺すための殺人術に他ならない。人を簡単に殺めることができる気術をお二人は、自分達以外の村人に教えるか大変迷われた。東の里は、太古の昔より戦や争いとは無縁の暮らしをしてきたのでな。結末を言えば、お二人は気術を自分達以外の村人には教えなかった。噂では、お二人によって選ばれた何人かは、秘密日にこっそりと気術を教わったのではないかという話もあったのだが、息子である若様方が、知らないのだ。それはなかろう。お二人は、殺人術である気術を誰にも教えないという結論を出された。その背景には、気術を使わなくとも、今までの歴史から、今の東の暮らしを守っていける確信があったののだろう。しかし今、世の中は混沌としておる。何百年と他の村や里に場所を知られずに生活できていたワシ達の里もいつ、里の場所が見つかりどこぞの城に攻めこまれるか分かるまい。まぁ、話を戻しますと、そんな混沌した時代に合わせて神もまた不浄のものへと変わってきてしまった。豊かな自然と共に生きてきた神々は、人間と交わることなどなかった。しかし、時と共に、人間は山や森を荒してきた。人間達が行った戦で流された多くの人間の血や、戦いで破れた人間達の憎しみが豊かで美しいはずの山や森を汚し、そこに住まう本来清らかであるはずの神をも不浄のものへと変えつつある。すると、人間に対して何も手を出すことの無かった神が人間を襲うようになってしまった。ここの山を守る狼の神もまた、その一つ。気術も使えない人間が、戦って勝てるのか、今のワタシには分かりませぬ。」




 その場に少しの間沈黙が落ちる。


雨打ゆた

「ひ、氷雨ひさめ様、どうするんでぃ?」


 雨打ゆたは不安そうに聞く。氷雨ひさめは少し考えて決心したように言う。


氷雨ひさめ

「、、、迂回うかいしよう。」


時雨しぐれ

「兄上、、、。」


 時雨しぐれは、不満と不安が混じった顔をした。


氷雨ひさめ

「ぬかるんだ場所で馬が足をとられ谷に落ちたりすれば、せっかく買った米が台無しだ。大丈夫。たとえ狼が出たとしても、オレやお前がいるんだ。なんとかなるさ。」


時雨しぐれ

「し、しかし、、、」


氷雨ひさめ

時雨しぐれ、オレは将来、村長になる男だぜ?任せろよ!ついてこい!」


 そう言うと、氷雨ひさめは、迂回路に入って行ってしまう。時雨しぐれとホタルも諦めて、その後に続いた。


 迂回路うかいろは、木の葉が生い茂っているた、道には雨水が垂れなかったようで、土は乾いていた。しかし、その、道のりは遠く、迂回する頃には、すっかり日が暮れてしまった。


 すると、遠くの方で、狼の遠吠えがした。


【ホタル】

「お、狼の鳴き声だわ!」


時雨しぐれ

「皆、松明に火を灯すんだ!いくら神でも、狼は狼だ。狼は、火を怖がる!」


氷雨ひさめ

「よし、オレは、先頭を。時雨しぐれは、列一番後を見張ってくれ。」


時雨しぐれ

「分かった。」


 時雨しぐれは力強く言う。


氷雨ひさめ

「ホタル、お前は、オレの近くにいるんだ。」


【ホタル】

「は、はい。、、、。分かったわ。」


 時雨しぐれが、列の一番下がってから、暫くして、


【小波】

「カァー!!!カァー!!!カァー!!!」


 小波がけたたましい鳴き声で鳴いた。すると、列の中央に向かって木々の間から、何びきもの黒くて大きい影が襲いかかる。馬が驚いて暴れ、村人達は大混乱に陥った。


雨打ゆた

時雨しぐれ様!氷雨ひさめ様!恐ろしくデカイ狼が来やした!とても、じゃねぇーが、追い払えねぇ!」


 氷雨ひさめは、とっさに振り返り、列の真ん中に飛びかかろうとする狼に向かって、松明を投げつける。そして、その松明は見事にその狼に命中し、当たった狼は苦しみもがいた。


時雨しぐれ

「皆!!!刀を抜け!!!!狼を自分の間合いに近づけるな、ちょっとでも隙を見せるな!あっという間に三枚におろされるぞ。」

 

 時雨しぐれは、低い声で冷静に言う。時雨しぐれの冷静で落ち着いた声に、村人は我に返る。すぐさま、馬を落ち着かせると、全員腰にさしている刀を抜き、迫り四方八方から迫り来る狼へと刀の刃を向けた。

 

 そんな中、氷雨ひさめは、その間に列の真ん中まで走って行く。そして、その氷雨ひさめを待ち構えていたかのように一匹の狼が氷雨ひさめに覆い被さるように飛びかかる。氷雨ひさめは、その狼目掛けて腰の刀を突き立てる。すると狼は、すぐに絶命した。


【???】

「きゃー!」


 誰かの声が聞こえる。


 列の先頭を見ると、この群れを率いる長であろう一際大きい狼が、ホタルに飛びかかろうとしている。


氷雨ひさめ

「ホタルーー!!」



 氷雨ひさめは、狼に刺さった自身の刀を抜こうとするが、刀は、狼の体に食い込んでいて抜けない。狼は、もうすぐそこまでホタルに迫っている。氷雨ひさめは、刀から手を離し、ホタルの元へかけより、身一つでホタルの前に立ち、狼と対峙する。狼の鋭い眼光がんこうが二人をにらみつける。


【ホタル】

氷雨ひさめ様!危ない!!!」


 熊よりも大きいその狼は、真っ黒に鈍く光る恐ろしい爪と牙をき出しにして、容赦ようしゃなく氷雨ひさめへと飛びかかった。


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