第5話【小波】

あれから四年。時雨しぐれ氷雨ひさめ《ひさめ》、一平いっぺい、ホタル、ネネの5人は、11才になっていた。五人の関係性は相変わらず、7才の頃と何も変わっていない。しかし、一平いっぺいには、先日、次平じっぺいという名の弟が出来た。そのため一平いっぺいとネネは、次平の世話をするため、ここ数日、清流の村から時雨しぐれ達の住む本流の村へ来ていない。これは、一平いっぺいとネネの二人が来な本流の村に遊びに来なかったある日のこと。


 どこからともなくカラスのうめき声が聞こえてくる。声のする方を振り向くと、4、五人くらいの子供達がカラスを棒でつついて、いじめていた。そこへ一人の少女が近づいてくる。


【ホタル】

「ちょっと、あなた達!弱いものいじめは、5よしなさい!可哀想よ!」


 するといじめていた少女の一人が、機嫌悪そうに歩み出て言う。


【傘子】

「きたきた!どうもごきげんよう、お姫さまぁ。そんな口のききかたしていたら、お屋敷追い出されちゃいますわよ?」


【初子】

「こんな、気の強いじゃじゃ馬女が氷雨ひさめ様のお嫁さんになるなんて、氷雨ひさめ様も可哀想よね。」


【ホタル】

「じゃじゃ馬で、結構よ。それよりも、そのカラスを離しなさい。可愛そうだわ!」


強雨きょうう

「嫌だね。お前のじゃないだろう?ふん!お前なんか引っ込んでろよ!」

 

 強雨きょううは、ホタルに殴りかかろうとする。しかし、殴ろうと振り上げた拳は、ホタルにガッシリと腕を掴まれて防がれてしまう。


【ホタル】

「あなたのものでもないわ!」


 ホタルは、掴んだ手に力を込める。


強雨きょうう

「な、何をするんだよー!お前、氷雨ひさめ様の許嫁だろうが!五月雨様に言いつけてやるぞ!」


【ホタル】

「私だって、許嫁になりたくてなったわけじゃないわ!ふん!えーーーーーーーーい!」


 ホタルはさらに、掴んだ手に力を込める。


強雨きょうう

「やめろよ!お前!!イテテテテ!!!」


 そこへ、道場から帰ってきたであろう時雨しぐれが、木刀を腰にさしてやって来た。


時雨しぐれ

「な!何をしているんだ!」



 時雨しぐれの姿を目にしたホタルは、強雨きょううの腕を離す。そして、子供達は、はっと我に返ったように、ごめんなさいと口々に叫んだ後、そそくさと逃げていった。


時雨しぐれ

「ホタル、大丈夫かぃ?」


【ホタル】

「えぇ。」

 

 ホタルはニッコリと笑った。


時雨しぐれ

「ホタル、喧嘩はよくないよ!君はいつか、兄上のお嫁さんになって、この村を守っていくんだろう?だったら、村の人達ともっと仲良くやっていくすべを身に付けなくてはいけないよ。」


【ホタル】

時雨しぐれ様、私は氷雨ひさめ様のお嫁さんになるなんて、一言も言ってないわ!許嫁の話は親同士が勝手に決めたことよ。それに、私は、、、。まぁ、とにかく、私はね!」


 ホタルが言い終わる前に、時雨しぐれは口を開いて言った。


時雨しぐれ

「ホタル。このカラス怪我をしているみたいだ。」


 草影に隠れていたカラスがカァーと鳴く。時雨しぐれは、そのカラスを優しく抱き抱える。


【ホタル】

「あっ!そうよ。そのカラスこたで、私、さっきの子達と喧嘩してたの。」


時雨しぐれ

「そうか、さっきの子達にいじめられていたんだね。」


【ホタル】

「カラス君が言っているの?」


時雨しぐれ

「うん。そうとう、痛いみたいだ。家に連れて行って、手当てをしてあげよう。ホタル、この子の怪我に効く薬をお願いしてもいいかい?」


【ホタル】

「はい。分かったわ。家に材料があるから、一度家に戻って、できたらすぐに本家に向かうわ。」


時雨しぐれ

「すまないな。頼んだ」


 そう言うと、ホタルと時雨しぐれは、怪我をしたカラスを抱いて、麦畑を去って行った。


 氷雨ひさめは、時雨しぐれと一足遅れて道場を出て、家に辿たどりつく。すると、家の中からは、けたたましいカラスの声が聞こえる。カァー!!!カァー!!!カァー!!!


氷雨ひさめ

「うわっ!何事だ!?一体!」


時雨しぐれ

「あ!お帰り、兄上。こいつは小波さざなみ《さざなみ》。今日から家で飼うことにした。」


氷雨ひさめ

「飼うって、カラスをか?」


時雨しぐれ

「あぁ。怪我してるんだ。それに、行くところもないみたいだから、ずっとここにいたいって言っててるんだ。」


氷雨ひさめ

「ここにいたいって、、、。でもなぁ、、、。」


小波さざなみ

「カァー!」


氷雨ひさめ

「カァー!ってお前、ここにいたら良い雄ガラスも見つからないぜ?ここは人間の住む家だ。」


小波さざなみ

「カァー!!!カァー!!!」

 

 小波さざなみは、氷雨ひさめに飛びかかる。


時雨しぐれ

「兄上、小波さざなみは雄だよ。」 


氷雨ひさめ

「イタタタタタ!!!!や、やめろ!!!」

 

 小波さざなみは、氷雨ひさめの頭をつんつんつつく。


時雨しぐれ

「だ、大丈夫!?」


氷雨ひさめ

「あ、あぁ、、、大丈夫だ。」


時雨しぐれ

「傷口が開くから、兄上を攻撃してはダメだよ。小波さざなみ。」


【カラス】

「カァー!!!」


氷雨ひさめ

「カラスなのか!実の兄よりも、カラスなのか!時雨しぐれ!!!」


 そこへ、ホタルがやって来て、氷姿が頭をさすっているのを見て、小波さざなみ氷雨ひさめの頭をつついたのだと悟る。


【ホタル】

「どうしよう!大変だわ!!!大丈夫???」


氷雨ひさめ

「あぁ、、、。だいじょ、、、。」


【ホタル】

小波さざなみ、大丈夫?くちばし割れてない?」

 

 くいぎみにホタルは答える。


氷雨ひさめ

「おまえもか! おまえもなのか? ホタルさん!」


時雨しぐれ

「ん? 川柳せんりゅう?」


 

 氷雨ひさめをカラスがじっと見つめる。


氷雨ひさめ

「何、俺のこと可愛そう、みたいな目で見てるんだよ。」 


 すると、時雨しぐれが言う。


時雨しぐれ

「兄上、小波さざなみ、"みたいな"じゃなくて、実際、可愛そうって言ってるよ、、、。」


 時雨しぐれは、苦笑いをしながら言う。


氷雨ひさめ

「テメェー!コノー!焼き鳥にして食ってやる!!!!」


時雨しぐれ

「まぁ、まぁ、落ち着いてよ。兄上。か弱いカラスじゃないか。」


氷雨ひさめ

「テメー!時雨しぐれ、俺とこのカラスとどっちの見方なんだよ!」


時雨しぐれ】 

「そうだなぁ、、、カラス、かなぁ。」


氷雨ひさめ

「テメーふざけんなよ!」


時雨しぐれ

「冗談だよ。兄上。どっちも大切なワタシの家族だ。」


氷雨ひさめ

「答えになってねぇーよ。」


 こんな会話がいつまでも続いていた。こうして、東家あずまけに新しく小波さざなみというか弱く可愛いカラスが家族の一員に加わったのだった。


氷雨ひさめ

「可愛くねぇーーーーーーーーーよ!」

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