第4話【蛍とホタル】

【ホタル】

時雨しぐれ様、どうして私のいる場所が分かったの?森はこんなにも広いのに。」


時雨しぐれ

「あぁ。それはね、ホタルに聞いたんだよ。」


【ホタル】

「えっ?どういうこと?私、何も言ってないわ。」


時雨しぐれ

「あ、すまない。ホタルはホタルでも、こっちの蛍に聞いたんだ。」


【ホタル】

 時雨しぐれは橋の上まで来て立ち止まる。すると、目の前に小さな黄色い光の玉が一斉に夜空に舞った。

その小さな光の玉達は、橋の下に流れる川を照らしたり、夜空に輝く星と共に夜空を舞ったり真っ暗な夜の世界をキラキラと輝かせた。


【ホタル】

「うわー!キレーイ!」

 

 時雨しぐれは、ゆっくりとホタルを背中から下ろすと二人で橋に腰かけた。


時雨しぐれ

「ここの橋は、皆から"螢橋ほたるばし"って言われてて、この時期には、沢山の蛍が見れるんだ。」


【ホタル】

「すごーい!とっても、綺麗!でも、どうしてかしら、どこか寂しい気がする。」


 

時雨しぐれ

「・・・蛍の寿命はね、成虫になったらたったの1週間なんだ。」


【ホタル】

「たったの一週間?」


時雨しぐれ

「うん。でも、一週間なら良い方で、強い雨に打たれたり、蜘蛛くも捕まったりして、平均すると、3日から4日の命らしい。」


【ホタル】

「なんて、儚い人生なのかしら・・・。」


時雨しぐれ

「・・・うん。確かに、蛍は儚い生き物だよね。結局、生まれた育った川の中から出ても、結局、一週間と絶たずにその生まれ育った川か、そんなに遠くない場所で死んでしまうんだから。でも、ほんの一時でもこんなに綺麗に夜空を舞えるなら、ワタシはそれもまた美しい一生だと思うな。」


 ホタルは、夜に舞う蛍達を見て思う。自分もいずれ死ぬ時が来た時、この夜空を蛍のように美しい人生だったと思えるだろうか・・・。思えるような人生にしていきたいとそう思った。


【ホタル】

時雨しぐれ様・・・。私、もう逃げるのは・・・やめる・・・。」


 もう、逃げるのはやめよう。この先、どういう結末が待ち受けているのかは、分からないけれど、それでも、きっと運命からずっと逃げて続ける人生よりも、それは美しいものになると思ったから。


時雨しぐれ

「うん?何から?」


 時雨しぐれは、不思議そうにホタルを見つめる。


【ホタル】

「ううん。なんでもないよ!」

 

 ホタルは、ニッコリと笑った。


【ホタル】

「それよりも、蛍に私の場所を聞いたって・・・。」


時雨しぐれ

「あぁ・・・。」

時雨しぐれは、何かを言おうとして、躊躇ためらっているようだった。


【ホタル】

「いいわ。時雨しぐれ様・・・。」


時雨しぐれ

「えっ?」


【ホタル】

「人には、言いたくないことだってあるもの。時雨しぐれ様が言いたくなった時に言ってくれれば、良いわ。」


 時雨しぐれは、照れ臭そうに頭をかいた。さっき自分が言ったことをそのままホタルにも言われてしまったからだ。



時雨しぐれ

「なんだか、格好かっこうがつかないや。」

時雨しぐれは、人が良さそうな笑顔を向ける。


時雨しぐれ

「・・・実は、生まれつき、動物の言葉が分かるんだ。今まで、家族しかこのこと知らなかったんだけど、里の皆だって、ホタルだって、家族なんだから、言っても良いよね?」


 時雨しぐれはニッコリと笑った。


【ホタル】

「動物の言葉が分かるの!?すごーい!ここにいる蛍達がなんて言ってるか、分かるの?」


時雨しぐれ

「まぁ、、ね、、。へへへ。あの葉にいるのは、お嫁さんを呼んでる。あそこにいるのは、こっちに良いエサがあるよって、他の蛍に知らせてる。それに、こっちにいるのは・・・。」


 ホタルは、目を輝かせながら、時雨しぐれの話を聞いた。すると、橋の向こうから、人影が近づいて来た。



氷雨ひさめ

「おーい!時雨しぐれ!ホタルは見つかったかー?」


時雨しぐれ

「見つかったよー!」

 すると、氷雨ひさめは、慌てた様子で走ってくる。



氷雨ひさめ

「ホタル!どこ行ってたんだ?まったく、心配したんだぞ?」


【ホタル】

「・・・ごめんなさい。」


時雨しぐれ

「まぁ、まぁ、いいじゃないか兄上。無事だったんだから。」


氷雨ひさめ

「そういう問題じゃないだよ!何かあったらどうするんだ?熊が出たり、狼が出たりしたら!それに、皆だって心配・・・」


 氷雨ひさめの言葉を遮るように時雨しぐれは言う。


時雨しぐれ

「ほら、そんなことよりも、兄上、見てみなよ!」


 時雨しぐれは、氷雨ひさめの肩をポンポンと叩く。氷雨ひさめは、二人を探すのに夢中で気づかなかったが、時雨しぐれになだめられて、ゆっくりと辺りを見渡す。


氷雨ひさめ

「おぉー!スゲー!蛍だ!初めて見たぜ!本当にキレイだな!なぁ、ホタル、お前もそう思うだろう?綺麗・・・だなぁ・・・。」


 氷雨ひさめはホタルの方を見る。そうねと、ホタルは優しく笑う。どこか儚げな彼女の笑顔は、何千もの蛍達が織り成す光よりも、その時の氷雨ひさめには綺麗に思えた。

 

 氷雨ひさめも橋に腰かける。その夜沢山の蛍が夜空に舞った。その蛍達は、橋の下に流れる川を照らしたり、夜空を羽ばたいたり、また、橋の周りを飛んだりして、夜の闇に光を灯した。三人は時間を忘れていつまでもその光景を見つめていた。


 本家の前につくと、卯月うづきが玄関の前で腕を組んで待っていた。


卯月うづき

「あなた達三人!一体どこに行ってたの!!!こんな遅い時間まで!まったく、時雨しぐれ氷雨ひさめもホタルを迎えに行くって言って全然帰って来ないんだから!」


 卯月うづきの説教は長かった。本当に長かった。正座をして足が痺れて、もうパタンと倒れそうになった頃、卯月うづきの説教は終わった。


卯月うづき

「はい、ホタル。今日は、時雨しぐれが豚汁を作ってくれのよ。食べてやってね。」

 

【ホタル】

「はい!いただきます。」


 ホタルは、豚汁に口をつける。


【ホタル】

「・・・。うわー!」


 この時の味をホタルは、今でも覚えている。味噌と塩の入れすぎで、したしびれるほど辛く、まるで火が通っていないニンジンと大根は噛るとガリッと音を立てた。


時雨しぐれ

「ホタル、どう、美味しい?」

 

 ニッコリと笑顔で自分の味の感想を少年は、はたして自分で味見というものをしたのだろうか?



【ホタル】

「そうねぇ・・・。うーん・・・。」

 

 ホタルは涙目になりながら、自分の顔から血の毛が引いていくことか分かった。しかし、暗い森の中にいた時を思い出す。すると、今こうして、皆と豚汁を食べていることがなんだか幸せだなと思う。


【ホタル】

「・・・そうだなぁー。とぉっても、温かいよ!」


 ホタルは、嬉しそうにニッコリと笑った。


 


 暫くして、お風呂から上がった氷雨ひさめが、豚汁を食べようとやって来た。卯月うづきは、温めなおした豚汁を氷雨ひさめに渡す。氷雨ひさめは、それに口をつけた。


氷雨ひさめ

「うわっ。マッズ。ホタル、こんなもんよく食えたな。」


 そこへ時雨しぐれがやって来る。


時雨しぐれ】 

「あっ!兄上、お風呂から上がったんだね。どう味の方は?」 


 時雨しぐれは、ニッコリと笑う。


氷雨ひさめ】 

「お前これ、味見したか?」


時雨しぐれ

「あぁ。もちろん。」 


氷雨ひさめ】 

「そうか。なら、俺から言えることは一つだ。・・・、温かいよ。うん。本当に温かい。」

 

 氷雨ひさめは、何かを決意したように言った。



            【ホタルと蛍】終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る