第3話【宿命】

これは、一年前の出来事だった。ホタルはまだ六才で、今だってまだ七才のため、その時もそして今も難しいことはよく分かっていない。しかし、自分の父親と母親が、初めて遠くで見たことしかなかった本流の村で一番大きなお屋敷に自分を連れて行ってくれた日のこと、なんだかとっても偉そうな男の人と、その隣にいたとっても綺麗な女の人と大きな部屋で、父様と母様は真剣な様子で話し合いをした。あまりにも皆の話が長いから、ホタルはお屋敷の廊下で寝てしまった。しかし、暫くして、ホタルの父は部屋から出てきて嬉しそうに「お前は、大きくなったら氷雨ひさめ様のお嫁さんになるんだよ。」と、ホタルの頭を撫でながら言った。その時はまだ、ホタルは知らなかった。いずれ村の長になる村の子供と祝言を挙げるという未来がどれ程重い宿命なのかいうことを。


 それは、一人で麦畑で遊んでいた時のことだった。


 どこからともなく自分よりも、いくつか年上の子供達がやって来て、自分の周りを囲んだ。


強雨きょうう

「こいつ、家柄が良いってだけで、村長の家の息子の許嫁になったらしいぜ。」


豪雨ごうう

「お前、みたいな女が許嫁だなんて、氷雨様も可哀想だな。」


初子はつこ

「やめなよ!皆!ホタルちゃんの家は、代々巫女様をやってるのよ!巫女様って、妖術っていう、術が使えて、占いや易が出来たり、病気の人を治したりすることができるんだよー」


傘子かさこ

「すごーい!!ホタルちゃんのお婆ちゃんも、巫女様で、妖術を使って占いや、病気の治療が出来るんだよね?、ね、ね!そうだよね!ホタルちゃん!?」


【ホタル】

「う、うん・・・。」


 ホタルがそう答えると、二人の少女はニヤっと笑った。


傘子かさこ

「すごいね!ホタルちゃん家。ねぇ、ホタルちゃんも占い、出来るんでしょう?ねぇ見せてよ!?出来るよね?だって、由緒正しい巫女様の家の子なんだから・・・。」


初子はつこ

「そうだよ、ねー、はやく、見せてよ!」


【ホタル】

「え!?えっと・・・。」


豪雨ごうう

「何?出来ないの?」


強雨きょうう

「早く、やれよ!」


【ホタル】

「・・・まだ、出来ないの・・・。」


強雨きょうう

「ふーん。できないんだ・・・。巫女様の家の子なのにね。そんなこともできないんだ。」


豪雨ごうう

「お前、本当は、もらわれっ子なんだろ?ぜってぇーそうだよ!だから、占いも出来ないんだ!こんなやつが、氷雨様の許嫁か・・・。この村も終わりだな。」


【ホタル】

「私、もらわれっ子なんかじゃ・・・。」


強雨きょうう

「この村が、めちゃくちゃになったら、お前のせいだからな!」


【ホタル】

「私のせい・・・?・・・私・・・私・・・」


初子はつこ

「え?何か言いたいことがあるんだったら、言ってれば?本当にどうしてこんな子が氷雨様の許嫁なのよ・・・。」


【ホタル】

「私・・・私だって、許嫁になりたくて、なったんじゃないわ!」


 そう言うとホタルは、その場から、4人の子供を払いのけて、走り出す。氷雨の許嫁になってから、毎日こんな感じだった。後ろからは、ケタケタとの4人の笑い声が聞こえている。いつも、結局、四4人の言葉に耐えきれなくて、家に逃げ帰る。


 しかし、今日のホタルは家には逃げ帰らなかった。家に向かう代わりに山に向かって駆ける。山を抜けて違う村に行けば、もうこんな思いをしなくて済むと思った。自分を苛めるあの子達からも、自分にこんな思いをさせた両親からももう、逃れたかった。ホタルは、後ろを振り返ることもなく、山の奥へとどんどん入っていく。走って、走って、息が切れて、とうとう疲れて足がもつれて、木の根につまずいて転んでしまった。ホタルは、大きな声で泣いた。誰もいない山奥で、誰にも居場所をさとられない山奥で、ワンワン泣いた。



 自分は、何も悪いことなんてしていない。許嫁いいなづけの話しは親同士が、自分の知らないところで勝手に決められていた。巫女みこの修行もまだ始められる年齢じゃないから、妖術が使えない自分は占いも、病気を治すことも出来なくて当然。なぜ、自分はこんな目に合わないといけないのか?どうして、自分なのか?そう思った。


 父様には、村の長の妻として本流の村を、東の里を守っていって欲しいと言われるけど、こんなに辛いなら、逃げ出してやる。あんな村の将来なんて知ったものか。どうにでもなれ。と、そう思った。そんなことを考え、泣きつかれた頃、ハッと気付く。辺りはもう真っ暗で、来た道も分からないことに。


【ホタル】

「く、暗いよ・・・。どうしたら良いの?」


 森の奥深く、誰もいない夜の暗闇の中にたった一人で、うずくまる。他の村に向かうにも、本当の村に帰ることも、もう真っ暗な世界では、選ぶことすら出来ない。転んだ時にひねった足首がジンジンと痛む。耳をすませば、周りからは、色々な音がする。風の音、その風が草木を揺らす音、カラスとフクロウの不気味な鳴き声。遠くからは、熊なのか、狼なのか分からない何か大きな動物の鳴き声。怖くて、怖くて、顔を上げることも、出来ない。早く朝になってくれと心の中で必死に祈った。遠くから、何かが近づいてくる気配がする。カサっカサっと草木を踏みつける音が段々と近づいて来る。怖くて、足が震え、体がこわばって動かない。


【ホタル】

「やめて!来ないで!!!お願い!!!」

そう、叫んだ時だった。


【???】

「ホタル?」


 聞き覚えのある声がして、顔を上げる。


時雨しぐれ

「ホタル!!良かった。皆、心配しているよ?さぁ、今日は、ワタシが母上に習って豚汁を作ったんだ。美味しいか分からないけど、ホタルも一緒に食べよう!」


 目の前に立つ少年は、優しく笑う。銀色の髪は、月明かりに照らされて、まるで流れ星が空から降ってきたかのように美しく輝いていた。


【ホタル】

時雨しぐれ様・・・。」


 時雨しぐれの顔を見た瞬間、緊張の糸が切れて、ぶわっと涙がこぼれる。自分が情けなかった。里が嫌で逃げ出してきたのに、結局、他の村に行くことは出来ず、引き返すこともできず、こうして誰かが迎えに来てくれて、心の底から嬉しいと思っている自分自身がどうしようもなく嫌だった。


【ホタル】

「ううぅ・・・ええーーん!」



時雨しぐれ

「ホタル・・・。大丈夫?どうしたの?」



【ホタル】

「う・・・。足挫いちゃったの・・・。」

 本当のことは言えなかった。


時雨しぐれ

「えー!!!それは大変だ!ワタシがおんぶするから、家に帰ったら、手当てしてもらおうね!」


 時雨しぐれは、手拭いを裂いてホタルのくじ左足に巻き付ける。


時雨しぐれ

「キツくない?」


【ホタル】

「うん・・・。」


 よし。そう時雨しぐれつぶやくと、時雨しぐれはホタルをおぶり立ち上がる。そして、山の出口を目指して歩き出した。山を下っている途中で、ホタルは意を決して時雨しぐれに問いかける。


【ホタル】

「ねぇ、ねぇ。時雨しぐれ様。あのね・・・。あの・・・。」


 暫く沈黙が落ちた。


時雨しぐれ

「・・・聞かないよ。」


【ホタル】

「え?」


時雨しぐれ

「ホタルが話したいって、思ってくれた時。その時に話してくれればいいよ!」


 時雨しぐれは優しい声音で言う。その後、時雨しぐれはホタルに何故、山にいたのかと聞くことは無かった。それから暫く山を降りて来ると、見覚えのある山道へと辿りつく。


【ホタル】

「・・・ありがとう。時様。・・・迎えに来てくれて。」


時雨しぐれ

「礼にはおよばないよ。里の皆はワタシの家族。家族がどこかで迷子になっていたら、迎えに行くのが普通でしょう?いつか、ワタシが長になったら・・・。あっ!」


 そこまで言って時雨しぐれは、言葉をつぐむ。


【ホタル】

時雨しぐれ様は、長になりたいの?」


時雨しぐれ

「え!?いや、その・・・。兄上には、内緒にしてくれるかな?僕は、次男だから、絶対に長には絶対になれないけど、でもね、長になれるか、なれないかじゃなくても、ワタシは里の皆には幸せでいていつも笑っていて欲しいんだ。だからワタシは誰よりも、強くなって、里の皆を守るよ!」


【ホタル】

「うん!ふふっ」


時雨しぐれ

「そんな、笑わなくても・・・。」

 

 時雨しぐれは、肩をすぼめる。


【ホタル】

「ごめんなさい・・・。時雨しぐれ様にも、夢があったんだね!」


時雨しぐれ

「う、うん・・・。」

時雨しぐれは、顔を真っ赤にさせながら呟いた。そして、


時雨しぐれ

「でも、これは内緒ないしょね・・・。誰にも言わないでね。」


 時雨しぐれは苦笑いをしなから言う。ホタルはうん。と頷きながら。時雨しぐれに聞こえるか、聞こえないかくらいの声で呟いた。私は、ただ自分の決められた運命から逃げたくて、逃げたくて、この森に来た。だけど、この人は、絶対に将来の望み叶わないと分かっていても、迷子になった私を探しにこの森に来た。この人は、自分の夢は追いかけてもつかめないという残酷な現実を受けて入れて、それでも自分に出来ることを探して、笑っている。どうして里を捨てようとした私なんかに、里を守るような大切な役目が与えられるの?どうして、こんなにも里を思う優しい人が、里の長になれないの?世の中は、どうしてこんなにも・・・残酷なんだろう・・・。


【ホタル】

「私も・・・時雨しぐれ様が、長になって欲しいな・・・。」


 思わず、口をついて出た言葉だった。しかしその言葉、森を作る小さな虫達の鳴き声や、風の音によって消されてしまう。


時雨しぐれ

「ん?ホタル、何か言った?」


【ホタル】

「えっ!?ううん。なんでもないっ!!」

 

 ホタルは顔を真っ赤にして、慌てて言う。そんなことを話ながら、二人は森と村をつなぐ橋まで来たのだった。

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