第2話【二人の長】

東十朗とうじゅうろう

「やれやれ、五月雨さみだれ。困ったもんだ。こんなんでこれからのあずまは大丈夫なのか?」


  上段の間じょうだんのまに座る男が二人。一人は名を五十嵐いがらし東十朗とうじゅうろうと言い、二つの村からなる東の里の村の一つ、清流の村の長だ。そして、その東十朗とうじゅうろうの右隣に座るのは東五月雨あずまさみだれ。清流の村と共にある、元々の東の里で、今は、東の里を成す清流の村と共にあるもう一つの村、本流の村の長だ。東十朗とうじゅうろうは、自分の息子である一平いっぺいを見て、ため息をつく。



五月雨さみだれ

「やめておけ、東十朗とうじゅうろう。お前も人のことを言えた義理ぎりじゃないだろう。お前のガキの頃もまぁ、酷いものだった。」


東十朗とうじゅうろう

「言うじゃねぇーか、五月雨さみだれよ。お前も俺とどっこいどっこいだったろうが。」


五月雨さみだれ】 

「さてさて、お前達。何か言いたいことはあるのか?」


 五月雨さみだれは、不意に目の前に座る息子達に話をふった。


氷雨ひさめ】 

「父ちゃん!俺は悪くねぇーよ!一平いっぺいが俺にカエルを投げつけようとしてきたから、俺は、びっくりして泥沼に転んじまったんだ!だから、責任は全て一平いっぺいにある!」


 氷雨ひさめは勢いよく一平いっぺいを指差した。


一平いっぺい

「なーに、言ってやがるっ!オイラは、よく見えるように、と思ってカエルを捕まえて見せようとしただけだい!勝手に驚いたのはお前だろーが!それなのに、オイラを突き飛ばしやがって!コノヤロウ!」


 今にも殴り合いを始めそうな二人を、ネネとホタルはまぁまぁ、となだめる。


五月雨さみだれ】 

時雨しぐれ、お前はさしずめ巻き込まれ事故だったのか?と聞きたいところだが、喧嘩を止めようとして、喧嘩している二人をボコボコにしてはダメだ。二人の怪我は、ほとんどお前がつけたものだな?」


時雨しぐれ

「はい、父上。すみません。ワタシがやりました。」


 時雨しぐれは、神妙しんみょう面持おももちで、丁寧にゆっくりと頭を下げた。


【ネネ】

「、、結局、、、誰が一番被害を出したのか?と聞かれれば、、、。」


【ホタル】 

時雨しぐれ様、、、なのよね。」 


 ネネとホタルの二人は苦笑くしょうする。


東十朗とうじゅうろう

一平いっぺい。お前自分の名の由来を忘れたわけじゃあるまいな?東の里は、他国から幻の東の里と呼ばれるくらい良い雨が降る里だ。太陽を隠す雨は、他の国ならば普通は嫌われるもんだ。だが、この里に降る雨は、雨の龍である天泣様が降らせる雨。ずっと長い時間太陽を奪って雨を降らしたり、また、反対に何日も雨を降らさないわけでもない。毎日、作物が育つのに必要なぶんだけ雨を降らす。そして、この里で降る雨にうたれた作物は他の国の物とは比べ物にならないくらいによく育ち、この村の人々の暮らしを豊かにしてくれている。それだから、昔からこの村ので縁起が良いと、里の男には雨には雨名をつけた。時雨しぐれ氷雨ひさめが良い例だ。だが、お前にはつけなかった、分かるな?一平いっぺい?」


一平いっぺい

「分かってるよ!オイラのにぃーちゃんは、夜雨よさめって名前だったんだろう?それに、女はいずれ東の里以外のところに嫁いだ時に東の里の出身者だとばれないように、あんまり雨の名をつけないのに、父ちゃんは、ねぇーちゃんにも、雨花うくわって雨につなんだ名前をつけた。父ちゃんがそれほど、雨を大切に思ってるのは知ってる。でも、縁起が良いはずの雨にちなんだ名をつけた、にぃーちゃんとねぇーちゃんは、生まれてからずっと体が弱くて、全然外に出られなくて、やっと体が強くなってきて、始めて隣村に出られたと思ったら、どこのだれかも分からないやつに殺されちまった。」


東十朗とうじゅうろう

一平いっぺい、お前には死んでいった兄や姉の分もしっかり生きて、氷雨ひさめ時雨しぐれと共に協力して、東の里を守っていって欲しい。」


五月雨さみだれ

氷雨ひさめ時雨しぐれ、お前達もだ。氷雨ひさめ一平いっぺいに負けるのはまだしも、なぜ、弟の時雨しぐれに喧嘩で負けるんだ?そもそも、その弟に諭されているようじゃ、村をまとめていくなんて、無理な話だ。」


東十朗とうじゅうろう

「おい、五月雨さみだれ。、、、どうして、喧嘩に負けるんだ?って、今俺が皆で仲良くしろって言ったところ名のに、どーして、そういう流れにするかな、、、。」 


五月雨さみだれ

「お前には、誰よりも強くなってもらわねば、困る。」


氷雨ひさめ

「はい。ごめんなさい。」


 ホタルは、五月雨さみだれ氷雨ひさめの会話を複雑な心境で聞く。



卯月うづき

「とにかく、あの泥だらけの洗濯物は、自分達で洗いなさい!どれだけ、洗うのが大変か、分かるから!」

 

 卯月うづきは、五月雨さみだれの妻で、時雨しぐれ氷雨ひさめの母親だ。栗色の髪をし、優しそうな見た目とは違い、かなり子供達には厳しい。



如月きさらぎ

「まぁまぁ。卯月うづき。この子達も反省してるみたいだし、アタシも手伝うから、勘弁してあげなさいよ。」

 

 は、卯月うづきの姉で東十朗とうじゅうろうの妻、そして一平いっぺいの母親である。子供達に厳しく躾をする卯月うづきとは異なって、姉御肌な性格の割には、とても優しく、子供に甘い。



卯月うづき

「いいえ!ねぇーさん。泥だらけの着物を洗うのどれだけ大変か、ちゃんと知ることも大切よ!これだけは譲れないわ!」


如月きさらぎ

「あらら、、、。ま、そう言いうことなら、しょうがないわね。一平いっぺい氷雨ひさめ時雨しぐれと一緒に洗濯してきな。」


一平いっぺい

「えー!」


卯月うづき

時雨しぐれ氷雨ひさめ、今すぐ洗って来なさい。」


氷雨ひさめ

「えっ!母ちゃん!何、言ってるんだ!川に行くには、もう外は真っ黒だ!子供だけで行くのは、危険過ぎるぜ!」


卯月うづき

「誰が、川に行けって言った?井戸の水を使いなさい。」


氷雨ひさめ

「えー。マジかよ。時雨しぐれ、これは洗い終わるまで、えらい時間がかかるぜ。一体、何回水くめばいいんだ?」


時雨しぐれ

「仕方ないよ。兄上。諦めよう。ワタシ達がいけなかったんだよ。」


 結局三人は、ガックリした様子で、着物を井戸へと洗いに行ったのだった。


【ネネ】

「まったく、しょうがないわね。あの三人は。もう少し、しっかりしないものかしら?」

 

 ホタルは、ずっと二人をなだめながら、歩いていく時雨しぐれの背中を、見ながら言う。


【ホタル】

時雨しぐれ様は、、、。むしろ、しっかりし過ぎているわ。」


【ネネ】

「えっ?」

 

 ネネは、どうしてそう思うのか?と、ホタルに聞いたが、ホタルは答えようとしなかった。不思議そうにホタルの方を見るネネをよそに、ホタルはいつまでも井戸へ向かう三人の姿を見ていた。

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