農奴女の結婚【PW⑨】
久浩香
結婚の条件
賢くもなく、愛嬌もなく、手先が器用でもない私は、
物心──
その距離感に慣れて来ると、今度はその異性の中に、何故か気になって、目で追ってしまう人が浮かび上がってきた。その男の子は、司教様のように美しくは無いけど、私のぽっかりと空いた心の真ん中を埋めてくれる予感を感じさせてくれる人だった。同じ6人部屋に住む他の子達にその事を話すと、私の心をザワつかせる人には興味は無いみたいだけれど、それぞれがそれぞれに気になる異性はいるようだった。
私達が、たどたどしくも男の子達と話せるようになったのは、働き始めて2年も経った頃だった。
教会で、
『女性は20歳になるまで、不必要に男性と仲良くするのは好ましくありません。未発達な体が穢れると罪を引き寄せ、罪に侵された身体は、更に大きな罪と結合し、罪に塗れた女性は罪を孕んでしまうのです』
という説法を何度も聞いていたせいもあったけど、みんなでする作業や昼食の時には、私達が気になる男の子の傍には、20歳を過ぎたお姉さん達がいて、私達の横の椅子に座ってきたのは、年配のおじさん達だった。
お祭りの時期だけは、お姉さん達は着飾ってお昼前にはお出かけして、帰って来るのは、すっかり夜も更けてからだったので、その間なら、男の子達と一緒にお祭りに行く事もできると気が付いたのが、その頃だった。
19歳の時、同室の女の子が急にいなくなった。
私達の認識票は普段、農場管理人である婦長さんの小屋に隣接する倉庫の中にしまってあり、その認識票の中に私達の稼いだお金の残高もデータとして入っているので、それが無いと駅馬車にも乗れないし、街で食べ物も買えない筈なのに、認識票を残したまま帰って来なかった。
20歳になって最初のお祭りの夜。私は私が好きになった男の子とふしだらな事をした。
彼の横にいたお姉さんは、いつの間にかいなくなり、また新しいお姉さんが傍にいたりもしていたけど、このお祭りの前日は、彼の方から一緒にお祭りに行こうと誘ってくれた。同室の4人の子達も、それぞれ好きな相手から誘われたらしかった。
私達は夕食の後、婦長さんに言って倉庫の鍵を開けてもらい、それぞれの認識票を持って翌日に備えた。倉庫の鍵は婦長さんしか開けられないけど、認識票が差し込まれた機械から自分の認識票を抜き取るのは本人にしか出来なかった。
ふしだらな事をしたのは私だけではなく、きっと、みんながみんなそれをしたのだと思うけど、夜が明けても帰って来なかったのは1人だけだった。みんなで、よっぽどイチャイチャしてるんだろうと思っていたけど、その子は祭りの最後の日の朝食の後、私達がそれぞれの彼と出かける支度を始めようとしていた頃に、まるで幽霊の様に部屋に帰って来たかと思ったら、
「あたし、お嫁に行かなきゃなんなくなっちゃった」
と、へたりこんで泣きじゃくった。
なんでも彼女は、外に出たところで婦長さんに呼び止められ、簡単な用事を言い付けらてからの記憶が無く、目が覚めたのは、今迄眠った事も無いようなフカフカのベッドの上で、見知らぬおじさんに認識票と処女を奪われ、今迄ずっと監禁されていて、今朝になって返された認識票には、おじさんと婚約状態にあるというデータが入力されていたそうだ。
どうして結婚する事になったのかを知るのは、彼女が下腹の突き出たお金持ちそうな年寄りのおじさんと教会で結婚式を挙げてから五ヶ月後の事だった。
私は彼の子供を妊娠し、結婚の許可を得る為に、私と同じく妊娠した同室の2人や彼と彼女達の恋人と一緒に
私が、何故彼女が結婚できたのかを聞くと、
「その女性の夫となった男性は、彼女の分の結婚に必要な費用も出されたのでしょう。私は、夫婦となる男女の認識票と必要な費用を出して貰えれば、許可証を発行させていただきますので」
と、眉一つ動かさずに領家令様は仰った。
彼女はあのおじさんに、おじさんが生きている間の彼女の時間を買われたのだ。
私達は農場に一旦は戻ったが、私と妊娠した2人は荷物を持って、再び領家令様の元へ戻った。子供を産む場所へ連れて行かれるバスが来るのは月に一度だが、そのバスが来るまで、領主館の外壁の塔で待たなくてはならなかった。
私達は普通、徒歩や馬車で移動するのだけど、公的機関関連の場合は車を出して貰えるのだ。
私は出産した。
義務として、赤ちゃん達の乳母にならなければならないのだが、私のおっぱいを最初に含んだ子は、口の中の下の中央から歯が生えていた。それからも、私は赤ちゃんにお乳を与え続けたが、赤ちゃんは、殆ど毎回違う子供だったので、どの子が自分の産んだ子なのかは全く解らず、一緒に来て出産した子も、「解らない」と言っていた。
一緒に産院に来た筈のもう一人の子は、乳母の中にいなかった。確信は無いけれど、出産は命がけだ。
乳母の期間が終わった後、私は元の農場に戻れるものだと思っていたが、その農場では、もう人手が足りているから、と、別の場所へ送られる事になった。
「彼が待ってるから」
と訴えても、私と彼は夫婦ではないので、それは元の場所に戻るための理由にはならなかった。
新しい場所の農場では、知ってる人は誰もいなくて寂しかった。彼と抱き合っている時には、それまでぽっかり空いていた心の隙間が、少しずつ埋まっていくような気分になれたのに、それが根こそぎ無くなってしまった様な空虚を感じた。
食後。1人部屋を与えられていた私は、農場で働く男性を部屋の中に引っ張り込んだ。
子供を三人産む事は、私が結婚する為のお金と同様の価値があるのだそうだ。私が誘惑すると、男達は私を抱きにきて、何度も求めてきた。妊娠する為もあったけど、一人で寝ていると彼の事を思い出して寂しかったし、誰かと肌を重ねている間は、愛されているような錯覚で満たされた。
私とのセックスにのめり込み、ベッドの中で、私と結婚したい、と口走る男の子もいたが、彼がそんなお金を持っている筈もなく、私の心を少しだけ温かくしてくれたその子を傷つけるのもなんだか可哀想で、適当に相槌を打ちつつ、快楽とその場だけの充足を貪った。
3人目の子供を産み、乳母の仕事も終わる頃、
いくらでも若い子のいるこちらでは、私はもうおばさんで、恋人達を持つのはしんどくなっていたが、女っ気の無い軍人の妻になれるには、27歳の私は若く、下士官に昇進する人がいれば、その人と結婚相手として選ばれる順番は早いだろう、とも告げられたが、ようやく自分の結婚費用を賄えたというのに、どんな相手かも解らない男性に飼われて暮らすのは、あの無理やり結婚させられた彼女の事が過り、次の農場では、兎に角、子胤の為に誰彼かまわず関係を持った。
4人目を孕めば、『下士官の妻になる意志無し』と判断されるのだ。
6人目の子供を産み、乳母の仕事を終えた私は、夫となる男性の結婚費用も得た。でも、私の仕事は農奴なので、結婚した彼女の夫のように、私の夫になった相手を養う甲斐性は無い。かといって、35歳を超えた女を愛してくれて結婚してくれる相手なんていないと思った。
私はいつも、次の移動先には故郷を希望していて、ようやく今回、それが認められた。私は農場内の小屋に住んで働き始めた。出産する度、農場内の私に貸与される住処は、大きくなった。
私は、私と結婚してくれるのは彼だろうと思っていたが、彼は2年前に亡くなっていた。そして、失意の中で再会した、あの結婚した彼女は未亡人となり、夫の遺産の五分の一を受け取って、私達より10歳も若いハンサムな男性にお小遣いを渡して交際していた。結婚している間は地獄だったそうだが、旦那さんとの結婚生活は5年に満たず、子供も孕まなかったらしい。一年の喪の後、税金として遺産の五分の四を徴収されたが、今の恋人とは、彼が養護院を出てきた時から交際していて、遺産で結婚する費用までは賄えなかったので恋人のまま、なんとなく幸せなのだといった。
彼女が、
「私は赤ちゃんを産むのは怖いけど、あなたなら産めるんじゃない?」
と言ってきたので、私は彼を貸してもらい、彼の子供を身籠った。
私は赤子一人分の対価を得て、次の街へ向かった。もう私は働く必要さえなくなった。その新しい街で家を買った私は、青年の農奴にあった。その青年には恋人がいるらしいが、私は彼の農場の管理人にお金を渡し、認識票を持った彼を誘拐して監禁した。
婚約状態になった彼が、これを破棄する為には、彼が結婚するのに必要な費用を、結婚式の日までに私に返金するしかない。
そんな事が出来る筈もない彼は、認識票とリンクした、配偶者が死亡するまで誠実な夫であり続ける服従の首輪を司祭様にはめられ私達は結婚した。結婚した彼女から教わったその首輪は高価だったけれど、今の私にはそれを買える財力があった。
私の命令に従うしかできなくなった夫に、そんな難しい事をいうつもりは無い。私はただ、私だけを「愛してる」と言って抱きしめてほしいだけ。
農奴女の結婚【PW⑨】 久浩香 @id1621238
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
肌感と思考の備忘録/久浩香
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 24話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます