第5話 草葉の陰で見守る者
突然の質問に、少女は困ったように視線をさまよわせる。
心の傷が癒えていないのはすぐに分かった。
八坂さんは言葉を待っていたが、気が気でなかった。
どうするんだよ。母親に見られたら、ぶん殴られるどころの騒ぎじゃなくなる。
ゆっくりと呼吸しながら、一言呟いた。
「約束してたんです」
「ん?」
「誕生日にケーキ、買ってくれるって。
待っていたのに、全然帰って来なくて。朝見たら、これだけ残されてて……」
首から下げているペンダントを見せた。
銀色に光る鎖の先に、青い石が繋がっていた。
誕生日プレゼントが形見になってしまったわけか。
どう言葉をかけようかと迷っていると、本人が涙を流しているのに気がついた。
彼女もこうなるとは思ってなかったようで、若干、引いていた。
鼻水をすすって、話を続ける。
「そっか、いい人だったんだなー……俺なんて何も残せなかったんだ。
気がついたら、いなくなってたんだよ。あの時も、近くにいたのにさ」
そういえば、この人もこの人で自分のことは話さないんだよな。
核心的な質問も適当に答えて、逃げていることが多い。
気づいているかどうかは分からないが、おかげで変に謎めいている。
この話も多分、本人にしか分からないことだ。
「えっと……何か思い出したんですか?」
「うん、少しだけね。ずっと昔のことだけど、忘れられない。
自分でもびっくりするくらいなんだけど」
「そうなんですか?」
「パパのこと、今でも好きかい?」
「はい、今も大好きです」
「なら、いいんじゃない? それはそれで。
なんだ、愛されてんじゃんよー……こっちの俺」
両手で顔を覆って、天を仰いだ。
最近になってよく見る、尊いのポーズだ。
その数週間後に、鍵の奏団が来て、魔法を見せてくれた。
五線譜が飛び交い、葬式らしからぬ雰囲気だったようだ。
悲しさが見えないあたり、ある種のエンターテインメントに近い。
奇跡が起きたのも、その時の話らしい。
言われてみれば、天気予報でも流星群の話って結構上がるしな。
絶好の観測日和だとかなんだとか、言っているのを思い出した。
そう考えると、予報できないこと自体おかしいことなのかもしれない。
まあ、俺は本人じゃないから、何とも言えない。
大体、魔法なんて使えないし、期待されても困るというか。
輝くような視線をぶつけてこないでほしい。
「よく分からないですけど、お手伝いできてよかったです」
「本当に大切な思い出だったんだ。
おかげで助かったよ、ありがとう。また後でね」
少女は手を振って帰宅した。
見えなくなるまで、その姿を見送っていた。
「本当によかったね……こんなところでする話でもなかったけど」
「急にあんなこと聞くから、こっちはハラハラしてたんですけどね。
聞いたアンタのほうが泣き出すし、あの子も引いてましたよ」
「……今でもトラウマもんなんだけどね。夢に出てくるほどだし。
これで草葉の陰で泣いてる俺も、少しは落ち着いただろ」
うんうんと、一人で勝手にうなずいていた。
途端、画面が暗転し、一気に現実世界に引き戻された。
***
「これがお前たちのやり方か?」
黒い服をまとった男が静かに問うた。
その言葉に怒りが混ざっていた。
色素の薄い髪色、猫みたいな目をすっと細めた。
自分と同じ顔をした別人が目の前にいる。名前まで一緒だった。
男は彼らに見つからないよう、監視室でずっと見ていた。
実験という名目で、あの二人を連れてきたらしい。
異世界からの招かれざる客にしか見えなかった。
死者をもてあそび、混乱させるだけの無意味な行動だ。
何の意味があるのだろうか。
「これこそ、我々の持つ唯一無二の力だ。
流星群を起こしたお前にも、分かるだろう?」
皮肉にも、機械には魔法使いの持つ魔力を感知できないらしい。
全知全能だと思われていたロボットの弱点が浮き彫りとなった。
魔法使いたちが抵抗運動を始めたのは、言うまでもない。
「あの時のことはただの偶然だと、何度言えば分かるんだ。
俺の魔法にそんな力はない」
好き勝手に言い始め、誰も人の話を聞きやしない。
自分には天気を操るほどの力はない。
「本当にこんなやり方で、世界を変えられると思っているのか?
信じてくれている人たちを裏切ることになるんだぞ」
「それは、あの日の奇跡を見たからにすぎない。都合よく解釈しているだけだ。
お前はこの世界で生き続けろとでもいうのか。
いつ死ぬかも分からない、こんな恐ろしい世界で、生きろというのか?
平和な世界があれば、そこで生きたいと思うのが必然だ」
話は平行線をたどる。一点たりとも合うことがない。
キリがないと判断し、男は背を向けて部屋を出た。
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