第6話 謎めいたまま幕は閉じる


放送が終わった後、特に何事もなく家に帰ってきた。

あの世界と現実世界の差がひどすぎて、生きた心地がしない。

ていうか、本当によく帰って来れたよ。


八坂さんもめずらしく、電車の中で終始無言だった。

あの重厚な世界観を見て、さすがに耐えられなかったようだ。


あれだけきな臭い話をしていたから、変に身構えてしまった。

スタジオにいる人たちにさらわれてもおかしくないと思っていたくらいだ。


コメント欄は前向きな意見が多く見られ、ゲームの発売を心待ちにしている人が多いことがよく分かる。

俺たちが見ていたものとは違うものを見せられているのではないかと、不安になる。


完全にあの世界の影響を受けてしまっている。

沈んだ感情を持て余したまま、自宅までのんびり歩いていた。

明日は我が身という言葉を体現したような世界だった。


『お前、何してた?』


永瀬から真っ先に連絡が来た。

何してたと言われても、「元気に仕事してましたけど?」としか言いようがない。


『一体何があった、事故でも起きたか?』


早口でまくし立てる。まあ、事故と言えば事故みたいなものか。

たった数時間とはいえ、異世界にいたわけだし。


アイツもアイツで、あの放送を見ていたらしい。

続編で何が追加されるのか、楽しみにしていた。

放送もおもしろいとか驚きなどの感情は覚えているのに、具体的な内容がさっぱり思い出せない。


発表されたはずのゲームの内容が記憶から消されている。

アーカイブは残っているものの、サーバーがダウンしていて確認のしようがない。

こんな偶然、ありえるのだろうか。


『どうなってんだ? 何があった? 何も見えないんだけど』


だから、その場にいた俺に連絡を入れてきたのか。

あの銃弾が降る世界のことを話せばいいのだろうか。

かといって、他に話せることもない。


「俺もよく分かってないんだけど、聞いてくれるか? 他の連中には黙っててくれ」


機密情報なんて言っている場合じゃない。

配信を見ていた奴らの記憶を消すとか、本当に何がしたいんだ。

営業妨害なんてレベルじゃない。


『もちろんだ』


こういうときにこそ、事情を知っている友人というのは心強い存在だ。


人類を殺す銃弾の雨が降り、建物という建物がなくなっていたこと。

同じ顔の別人がいて、八坂さんはすでに死んでいること。

二人で葬儀屋を営んでいて、各地を巡礼していることなど、思いつく限りを話す。


順番がバラバラになっても、大人しく話を聞いてくれていた。

FoFもプレイ済みのようで、八坂さんと大体同じような反応を示した。


『そんなハードな世界観じゃなかったはずなんだけどな……あのゲーム。

何があったんだ? いや、この場合は何かされた。ってことになるのか?

とにかく、よく生きて帰って来られたな』


「知らねえよ。悪運だけは相変わらず強いみたいだけど。

まあ、とんでもないことに巻き込まれたのは確かだな。

ていうか、現在進行形で起きてるんじゃないか?」


そもそも、参加者である自分たちの記憶は消さなかったのだろうか。

視聴者と情報を共有することもあるだろうから、違和感に絶対気づくはずなのに。


何なら、その世界をアピールする場を失ったも同然だ。

あちらの世界を覚えている人数をできる限り減らすことに、意味があるのだろうか。


『あのゲームのレビューでさ、変な噂は結構見てたんだよ。

サクラか何かだと思って無視してたんだけど……今回ばかりは洒落にならないんじゃないか? あの配信に関わった連中全員が何かしらの被害を受けているわけだし』


プレイヤーはワケの分からない世界に飛ばされ、視聴者は情報を消去された。

掲示板に載っている怖い話のほうがよくできている。


『向こうの自分とは会ったのか?』


「会ってない。でも、俺らがいるのは本当なんだろうな。

俺が魔法使いってことは、あっちのお前もそうなんじゃねえの?」


『魔法使いねえ……お前に言われても全っ然不思議に思えないのが怖い話だな』


「え?」


『昔からそんな感じだったろ。

気がつけばいなくなってるし、知らない間に帰ってくるし。

こっちは散々振り回されてんだ。別に不思議でも何でもないっていうか』


それに巻き込まれているアイツも変な目で見られていた。

不思議なもんで、一人になりたいときに限って構ってくるんだよな。


『俺がいうのもアレだけど、あの会社と関わらない方がいいんじゃないか?

そんだけすごいことやってんなら、絶対に目をつけられてるだろ」


「やっぱり、そう思う?」


『もう手遅れかもしれないけどな。

まあ、何かあったら避難先くらいにはなれるだろ。じゃーな』


そう言って電話を切った。


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