第2話 同じ顔の死者


「ねえ、さっきから何で俺ばっかりなの? バランスおかしくない?」


俺は外に出られなかった。一歩でも出れば、人だかりができてしまう。

その代わり、八坂さんには情報を集めてもらっていた。

記憶喪失という設定にして、自分のことを知っている人を探し歩く旅人になった。


先ほどから、登場するキャラクターデザインが八坂さんの関係者ばかりだ。

ログインしたプレイヤーの記憶を元にして世界を作っているようにしか見えない。


そうでなければ、身内の人間がキャラクターとして登場するはずがない。


VRってそういうシステムだったっけ。

別の装置を搭載して、記憶を再現しているだけとか?

俺が知らないだけで、科学技術が進んでいたのだろうか。


いずれにせよ、誰にも話していないはずの情報を握られている。

個人情報保護法はどこに行ったんだって話だけど。

これはある意味、非常事態だ。


個人情報がロクな相手に渡ってしまうと、何が起きるか本当に分からない。

これが現代社会の恐ろしさだ。顔の見えない相手に好き勝手にされてしまう。

明日の朝陽が見られない可能性だってあり得るのだ。


ちなみに、この世界の八坂さんはすでに死んでいた。


ドッペルゲンガーと言われても仕方がないし、家族が返ってきたと勘違いされてもおかしくない。死人が目の前に現れたら、誰だってびっくりするだろう。


先ほど拾っていた石ころは空から降ってきた銃弾で、それに当たったらしい。

それをこの世界の人々は「雨」と呼んでいる。


定期的に降っており、人々を襲っている。

天気予報で毎日発表されるほど、その頻度は高い。


銃弾は外の建物を破壊し、人を殺した。

生き残った人々は地下のシェルターへ避難し、生活基盤もそこへ移された。


俺たちもそこへ案内された。

ホテルの部屋のように、必要最低限の家具しか置かれていない。

誰でも寝泊りできるよう、準備しているらしい。


すでに俺の脳はパンクしかけていた。

どんな世界観だよ、空から銃弾が降ってくるって。

完全に人類を殺しに来てるじゃん。他の動物だって見かけないわけだよ。

こんな危険な世界でペットなんて飼えるわけがない。


何なら動物保護という名目で、ペットという概念すらないかもしれない。

他の惑星から侵略されているわけでもなさそうだし、地球で生まれた兵器と見ていいようだ。何でそんな物騒なもん、生まれちまったんだろうな。


そして、俺はこの町で英雄のような扱いを受けていた。

これが外出できない理由だった。


この世界の霧崎奈波は魔法使いと呼ばれ、虹色に輝く鍵盤を出して見せた。

この町から去る前日、流星群を降らせてみせた。

その流星群は天気予報でも発表されなかったことから、奇跡を起こしたとまで言われている。


この世界の俺、何者なの? 化け物か何かなの?

自分で自分を問い詰めたくなった。


銃弾によって亡くなった人たちのために、この町で葬式を開いた。

元々、葬儀屋のようなことをやっていて、演奏しながら各地を巡っているらしい。

宗教団体か何かに所属していたようで、八坂さんもその関係者だと思ってくれたようだ。


もちろん、俺はそんな知識なんて持ち合わせていない。

賛美歌ならまだしも、葬式を開けるほどの度胸もない。


「カギのソウダン」という団体名で、黒髪の男と二人で演奏していたらしい。

黒髪の男で、俺と演奏するような奴は永瀬花梨しかいない。


八坂さんの関係者があれだけ出てきたんだ。

こちらの世界のカリンだって、この町にいそうなものだ。

姿を見せないのは、俺が来ているのを知っているからか。


だだっ広い世界はどちらの記憶を元に再現しているのだろう。

あんな荒唐無稽な世界、見たこともない。


開発部の人間性を疑ってしまう。

俺たちの記録を暴き、捏造し、こんなひどい世界の放り込む。

どういう神経をしているんだろう。


「カギのソウダン……カギってなんだ?」


「カギは鍵でしょ。どう考えても」


「音楽隊とか合奏団とか、そういう名前をつけそうなもん……って、ああ。

そうだんってそういう奏団か。なるほどね。

じゃあ、鍵って何だ? どういう意味なんだろ?」


「あのさー、そっちの方には疎いんだぞ。俺は」


人を半目で見て、口をとがらせた。


「他に何か読み方ありましたっけ?」


「うっわ、マジで言ってんの? 小学校からやり直した方がいいんじゃない?

ケンバンハーモニカの書き方も分かんねえのかよ」


「ケンバン……鍵盤か。ってか、その鍵かよ。ややこしい名前だな」


「その鍵だよ、ボケが」


勝ち誇ったような笑顔を見せた。

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