四月の愚者は願いと共に舞う

長月瓦礫

第1話 愚者どもは落ちる


フォール・オブ・フール。通称、FoF。


カミカゼというベンチャー企業が新しく開発したゲームで、リリース当初は一部のゲーマーもとい暇人がひっそり遊んでいた程度だったのが、口コミで徐々に人気を得たゲームらしい。


俺はゲームなんて全然やらないし、興味もなかった。

八坂さんの話を聞くまでは何のことかサッパリ分からなかった。


この度、カミカゼがFoFの続編となる作品を出すらしい。

タイトルはFall of Fool 1/4。ジャンルはRPG。

煽り文句は「何でも願いを叶えるゲーム」だ。


プレイヤーの思うままにゲームを楽しめる。魔法みたいな世界らしい。

正直、この手のフレーズは聞き飽きてしまった。

新たなゲームを見るたびに、この定型文を聞いている気がしてならないのだ。


偏見が過ぎると、八坂さんからは注意された。

ゲームに対する熱を帯びており、扱いが非常に面倒だ。


一番の注目すべきポイントは、仮想現実という技術を使っていることだ。

今流行りのVR専用のゴーグルとかいう箱メガネを装着し、両手にコントローラーを握る。現実感のあるゲームを楽しめるというわけだ。


最新情報をいち早く伝える役割に彼が抜擢された。

そこまでは分かる。


なぜ、そこに俺が加わるのだろう。客寄せパンダ的発想なのだろうか。

それとも、開発者側にアンチがいて、恥をかかせようとしているのか。


さすがに考えすぎか。

今回は公募でもプレイヤーを集めていたらしく、友人も応募していたらしい。

自分は抽選に外れたにも関わらず、俺は仕事としてそのゲームをプレイする。


友人からは「せいぜい八坂さんの引き立て役として頑張ってくるんだな」という謎のエールを送られた。八つ当たりなのかどうかも分からない。


最新情報は動画サイトで放送され、全世界に伝えられる。

カミカゼの開発部の人からゲームの説明を受けた後、ゴーグルを着けた。

その瞬間、世界ががらりと変わった。

コンクリートの道路が走っているだけで、草一本生えていない。


「……なんかすごいな」


背の高い建物がほとんどなく、地平線が見えている。

荒地を開拓し、サバイバル生活を送るゲームでもここまでひどくない。


灰色の道路だけで建物がないのだ。

コンビニどころか信号機や標識すらない。

植物も生えていない。乾いた地面が広がっている。


画集か何かで扉が固く閉じられた家々が描かれた絵を見たことがある。

この風景はそれに近いものを感じた。

人を拒んでいるというか、生きていることそのものを許さないような空気だ。


「てか、何すればいいの。俺ら」


荒地に男2人が放り出されても仕方があるまい。

ステータスのような表示はなく、設定画面もない。

丸投げもいいところだ。


八坂さんは隣で地面に落ちてる石ころを拾っていた。


「これ、結構重いね。何なんだろ」


小学生みたいにウキウキしている。マイペースに楽しんでいる。

端から見れば、しゃがみ込んで空気を掴んでいるのか。

何ともシュールな絵面だ。


「パパだ!」


突如現れた少女に抱き着かれた。


「よかった、雨に殺されたかと思ってた! 心配してたんだから!」


「八坂さん、アンタいつの間に浮気してたんですか!」


無言で頭をぶんぶんと振りながら、両腕でばつ印を作る。

もちろん、分かった上で言っている。浮気をするような人じゃない。


「おい、チアキ。急にどうした……って、ビックリした。

ドッペルゲンガーって本当にいるんだな」


チアキと呼ばれた少女を追いかけてきた母親らしき女性は、俺たちを見て自分の心臓に手をやった。八坂さんは絶句していた。

内臓が飛び出しそうなのは自分のほうだとでも言いたげだ。


自分の妻とうり二つの人が目の前に現れたら、誰だって驚くはずだ。


「ほら、急に飛びつくんじゃない。驚いてるだろうが」


「え……え? パパじゃないの?」


少女を無理矢理引き離す。


「全然違う。あんなふうに髪を染めるチャラ男じゃなかっただろ?」


ぐさっと心に刺さる音が聞こえた。

自分のことではないはずなのに、そこまで気にすることだろうか。


「こちらこそ、すみませんでした」


「いや、このご時世なんだ。気にすんなって。

それにしても、ひさしぶりだな。また会えて嬉しいよ」


今度はこちらを睨んできた。

だから、ゲームに私情を持ち込むな。


「いろいろ大変なのは知ってる。

けど、あんなことするような奴らじゃないってのは分かってるから、安心しな」


「またみんなで聞きに行きますね!」


母親に手を引かれ、少女はその場を去った。

俺は半笑いで手を振りかえした。それは何の話だ。

何かしたことあったっけ。


「霧崎君」


「はい」


「とりあえず、殴っていい?」


満面の笑みを浮かべ、石を投げつけてきた。

重みもあるからか、結構痛かった。


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