事件

 クロードがお店にきてからまた数日が経ちました。

 カールの件と言いクロードの件と言い、私の関係ないところで何かが起こっている気配はありますが、だからといって私に何かが出来るという訳でもありませんしそもそもその三人の誰かを助けたいという気持ちもありません。

 そのため私はここ数日、お店の仕事に集中していました。


 が、そういう時にこそ事件は起こるものです。

 いつものようにお店の仕事をしていると、街の方が何か騒がしいです。しかも話している町人の雰囲気からしてあまり喜ばしい事件が起こったようには見えません。


「何かあったのですか?」


 私は店内にいたお客さんの一人に尋ねます。


「それが、実はカンタール伯爵家の息子が突然屋敷で倒れたらしいんだ」

「本当ですか!?」

「ああ、一命はとりとめたが重体のようだ」


 それを聞いて私は驚きました。カールとエリエ、もしくはクロードとエリエの間で何かが起こるかもしれないとは思っていましたが、まさかクロードが最初に倒れるとは。


「でも、それがなぜこの街まで伝わってきているんです?」


 普通貴族の御曹司が倒れても貴族の方々の間で噂になる程度であり、町人まで話が伝わることはあまりないでしょう。

 するとそのお客さんは神妙な顔で答えてくれます。


「実はその方はつい先日咳の病気で医者にかかったばかりで、病気も治っていたらしい。しかも年齢も若いのに急に倒れるなんてことがあるのか、てね。しかも直前にも婚約者に毒を盛られたとか、今も好きな令嬢が他の男と付き合っていて怒っていたとか色々きな臭い話があって、実は毒を盛られたんじゃないかと」


「ああ、すでに誰が犯人なのか色んな名前が挙がっているぜ?」

「俺はカールじゃないかと思うな」

「いや、前の婚約者が止めを刺しに来たんだろう」


 この話は恋愛関係のもつれにゴシップ性があるせいか、私たちの会話に他のお客さんも次々と入ってきます。そして皆で勝手にそれぞれ誰が怪しいかで盛り上がっています。


 他人が毒を盛られたことで盛り上がるのはどうかと思いますが、町の人々からすれば貴族の人々は自分たちとは別世界の存在です。良くも悪くも同じ人間のようには思っていないのでしょう。


 競馬でどの馬が勝つのかを話している時と全く変わらぬ様子です。


 もっとも、彼らもまさか私がその「前の婚約者」だと知ったら腰を抜かすでしょうが。

 私の視点だと犯人はカールかエリエですが、カールはエリエに盛る媚薬を探していただけなのでクロードに毒を盛ることはないような気がします。そう考えると私を嵌めた時も実際に薬を用意したエリエの方が怪しいような気がしますが、どうでしょう。


「そう言えば、セシルさんは薬屋だろう? 誰が犯人だと思う?」


 客の一人が私が当事者とも知らずに話を振ってきます。

 というか薬屋ではありますが、詳しい状況も分からないのに誰が犯人かなど分かるはずはありません。そういうのは探偵か政治通に訊いて欲しいものです。


「どうでしょうね……やっぱり幼馴染の方の方が怪しいんじゃないでしょうか」


 私は何となく答えてお茶を濁しておきます。


 その時でした。


 突然お店の前にばたばたと何人もの人がやってくる足音がしたかと思うと、どたどたと店内に鎧を着た衛兵たちが入ってきたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る