クロードの来訪・再

 ライアン子爵が帰っていった数日後でした。

 私がサリーとともに店番をしていると、また店の前に馬車が停まる音がします。いくら私が元貴族だからといってこのお店は貴族の方が来すぎではありませんか。私が追放される前はクロードやエリエ以外とはそこまで親交がなかったことを思うと皮肉なものです。


 店のドアを開けてやってきたのは今度はクロードでした。

 私は彼の顔を見た瞬間、それだけで嫌な気持ちになります。


「聞いてくれ、セシリア!」


 彼が開口一番本名で私を呼ぶので、ぎょっとして私は彼の元に駆け寄ります。


「話だったら店じゃないところで聞くから静かにして」

「……セシリア?」


 サリーが私の方を見て怪訝そうな表情になります。


「ちょっとこれには複雑な事情があるの。ごめん、ちょっと話してくるから店番を任せてもいいでしょうか?」

「は、はい」


 サリーは困惑しつつも私とクロードからただならぬ雰囲気を感じて頷きました。

 さすがにこれだけ次々と色んな人がくると、そろそろサリーにも真実を話さなければならないかもしれません。


 私はクロードを連れて奥の調合室に向かいます。まるで新たな男と結ばれた後にもう別れたダメな元カレが未練がましく追いかけてきた時の妻のような心境です。今の葉例えのつもりでしたが半分以上当たっていますね。


「……それで何?」


 周囲に誰もいなくなったところで私は尋ねます。

 するとクロードは興奮した様子で口を開きました。


「聞いてくれ! 実はカールとエリエの浮気の証拠を手に入れたんだ!」

「は? カール?」


 聞いたことのある名前だな、と思いつつも話の繋がりがさっぱり理解出来ません。


「あの、順を追って話してもらっていいですか? いえ、本心を言うと営業の邪魔なので早く帰ってもらいたいのですが」


 何が悲しくて自分に冤罪をかけた男と二人きりで会話しなければならないのでしょうか。

 が、クロードはそんな私の気持ちなど無視して話を続けます。


「そう言えばセシリアは知らなかったね。実はあの後、僕が病気になっている間にエリエは浮気したんだ!」


 クロードは許せない、というふうに言いますがそんなことを言われても困ります。そもそも私と婚約者同士でありながら浮気したのはどこの誰でしょうか。


「確かに浮気する人は最低ですよね」

「やっぱりそうだろう!?」


 クロードは私が同調したと思ったのかうんうんと頷いています。今の彼を見ていると自分の罪を自覚していないのが一番の巨悪ではないかと思えてしまいます。


「で、僕が調べさせた結果、エリエの浮気相手はカール・キンベルという男だったんだ!」


 なるほど、そこでカールが出てくるのですか。

 彼は私に媚薬を作らせようとしていましたが、もしかしたらそれはエリエに盛るためのものだったようです。普通に迫ってもエリエがクロードを理由に断ると思ったので薬で強引に既成事実を作ろうとしたのでしょうか。見ず知らずの人が私の薬で被害に遭うのは悪いと思って断ったのですが、そういうことなら作っても良かったのではないかと一瞬思えてしまいます。


 しかし見事なまでに登場人物全員クズです。


「それで何で私にそれを報告するんですか?」

「今更だけどお前に罪を着せたのは悪かったと思えてきたんだ。だから復縁しよう」

「……は?」


 前言撤回、全員クズですがクロードだけクズの度合いが他よりもさらに高いです。

 私が絶句しているとクロードはなぜか得意げに続けます。


「エリエは僕が病気で苦しんでいるのに何もしてくれず、しかも浮気までした。だから許せないんだ。それに例の事件も元々はエリエが全部仕組んだことだ。だから僕と一緒にエリエを告発しよう!」

「帰っていただけませんか?」


 何から言えばいいのかはよく分かりませんでしたが、この男に物事の善悪を理解させるのは難しいでしょう。

 私の言葉に彼はきょとんとします。


「あれ、話がうまく伝わらなかったかな? 僕は今からエリエが浮気した証拠を持って糾弾しにいくんだけど、ついでにセシリアの無実も晴らそうと思ってるんだけど。セシリアだっていつまでも冤罪を着せられているのは嫌だろう」

「だからその冤罪を着せたのはクロードも一緒じゃないですか!」


 ゴツン、と音がして拳に痛みが入ります。

 どうやら気づかないうちにクロードを殴りつけていたようです。殴られた衝撃でクロードは床に転びます。これまでの人生でこんなことをしたことはなかったのですが、それくらい怒りが大きかったのでしょう。

 クロードはしばらく頬を押さえながら呆然とした表情で床に転がっていました。


「い、今一体何を……」

「とにかくもう二度と来ないでください!」


 私が叫ぶと、ようやく彼は自分が望まれていないことを悟ったようです。


「く、くそ、せっかく冤罪を晴らす機会を与えてやろうと思ったのに! もういい、僕が一人でエリエの家に行く!」

「うち以外ならどこでも好きなところに行ってください!」


 捨て台詞を吐くと、クロードは涙目になって出ていくのでした。

 これでいくらクロードの頭がお花畑でももう再会することはないでしょう。


 その時はそう思ったのですが、この直後私は思わぬ形でクロードと再会を果たすことになるのでした。

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